紅哉の特訓相手
朱音は混乱していた。
『え……なにこれ…どういう状況なの…?』
時間帯は午前3時。
まだ外は暗く、海から聞こえる波の音がよく聞こえてきた。
そして自分と言えば何故か紅哉のベッドで共に寝ている。
紅哉の隣ではニルが彼の腕を枕にして寝ており、自分は紅哉の枕を借りて寝ていたようだ。
『あれ…ここ数日の記憶がない……』
カケルから薬を貰って寝たところまでは覚えている。
しかし、そこから全く記憶がないというか、何故自分が紅哉達の別荘に来ているのか分からない。
『ゲオルギウス!!起きて!』
『なんだ……っと、身体が戻ったようだな』
『戻った?』
『実はだな――――』
ゲオルギウスから一通りの説明をしてもらった朱音はやっとこの状況を理解した。
どうやら幼い頃の自分は瑠璃と豊姫と寝るよりも紅哉と寝る事にしたそうで、この状況が出来上がったらしい。
『あれ…お父さんって寝相が凄く悪いんじゃ…』
未来の瑠璃と豊姫からよく聞いていた話を思い出したその時だった。
「ひっ!」
紅哉が寝返りを打ったのである。
元々2人用のベッドじゃないため、鼻と鼻が触れるギリギリの距離にまでなってしまい、朱音は思わず息の飲む。
『ど、どうしよう……お、お父さんが近いよォ……』
眠気などとっくの昔に吹き飛んでしまっている。
「おいマスター……アイス買ってこい…」
その時ニルが幸せそうな顔をして紅哉の背中を蹴った。
するとどうなるか。
「う、わ…!こ、紅哉君……」
朱音に抱き付く感じになってしまった紅哉は蹴られても寝ている。
セレナによるとニルの寝相の悪さが原因で紅哉がベッドから落ちているそうで、ちょっとやそっとの衝撃では起きないほどに耐性が出来ている。
手頃な抱き枕でも見つけたと思ったのか、紅哉は朱音を強く抱きしめた。
「ふぁ……お、お父さんダメ…!」
朱音の理性が限界に達した時、朱音の髪色が群青色へ変化する。
辺りにオーブが浮かび出し、間違って龍の遺伝子の力を解放してしまったようだ。
「わわ……ま、間違っちゃった…!え、えとえとそのその、どうしよう」
朱音はその後朝になるまで自分の理性と格闘し続けた。
「身体が無事戻って良かったな」
「うん……そうだね…」
「ん?なんだか凄い疲れているようだが」
いつものメイド服に着替えた朱音は酷く疲れた様子で紅哉と話していた。
「そうだね……今すっごい疲れているよ…」
「疲れているなら部屋まで送ろうか?薬の影響がまだ抜けきっていないかもしれない」
「わわわわ!だ、大丈夫!わた―――じゃない!あたしはもう大丈夫だから!紅哉君は何もしなくていいからね!ね!?」
「そ、そこまで拒否反応しなくてもな…」
紅哉が朱音の手を引いて部屋に連れて行こうとした時、紅哉も驚くべき速度で朱音は部屋の隅まで移動した。
顔も真っ赤にしており、紅哉はその反応に若干傷ついた。
「ご、ごほん!ところで皆はもう特訓開始しているの?」
「あぁ、そうだよ。今この別荘にいるのは俺と朱音さんだけだ。カケルさんはクロフィード達といる」
「そっか。それじゃ、あたし達も始めようか」
「ん?俺の特訓相手は朱音さんなのか?」
「厳密的に言えばあたしじゃないけど、まぁあたしにしか出来ない事だからね」
紅哉はニルとヴリトラを連れて外に出て行った朱音の後を追った。
「ここならいいかな」
「で、一体何をするんだ?」
「まぁ見てて――――ドラゴンブラッド!」
龍の遺伝子を解放すると朱音はアスカロンを抜いた。
「改めて見るとその姿はホント瑠璃に似ているな」
「えへへ。だって私は紅哉君と瑠璃ちゃんの娘だからね」
照れる朱音に紅哉は微笑む。
「Set!おいで!ファーヴニル!」
朱音は黒いオーブを大剣に纏うのではなく、叩き斬った。
オーブから黒い突風が巻き起こり、紅哉とニルとヴリトラは腕で顔を覆う。
「まさかこの龍の波動は!?」
黒い突風が収まると、そこにはニルとよく似た少女。というか本人そのものが立っていた。
髪は白いが。
「ニル、ほら、行っておいで。ずっと会いたかったんでしょ?」
褐色の少女は走り出すと紅哉に勢いよく抱き付いた。
「マスターァ!ずっと会いたかった…!」
「ニル…?」
紅哉の背後にいる今のニルも目を見開いて驚いていた。
「マスター愛してる!」
「えッ!?ちょ!んッ!?」
「まぁ、これはこれは」
「おい!!貴様!オレと同じ顔で何をしている!」
ニルとは思えないほど無邪気な笑顔で紅哉に唇を重ねる。
それを見ていたヴリトラは口をあんぐりさせて、ニルは無理やり紅哉と白いニルを引きはがした。
「何をする。オレとマスターの再会を邪魔するか、弱いオレ」
「ほう?貴様、今オレを弱いと言ったか」
「あぁ、弱いと言ったぞ。黒いの」
ガンッ―――!と額をぶつけて睨みあう二人に紅哉はどうすればいいのか分からず朱音に視線を投げた。
「ごめんね。こんな事になる事は分かっていたんだけど、未来の世界だともう紅哉君は死んじゃってるから、この世界に来た時にどうしても会いたいってニルが」
「そうだったな……」
喧嘩を始めた二人を紅哉はなだめに行く。
「おい、いい加減喧嘩するのやめろよ…」
「マスター!こいつがさっきから弱い弱い言うのが気に入らんのだ!」
「ふん、事実だろう。未来のオレに力で勝てるわけがない。マスターそれよりも一緒にゲームをしよう」
「いや…これから特訓だし…」
「マスター!何故こいつに甘いのだ!オレとこいつは全く別の龍だろう!?」
「何を言っている。オレとお前は同じだ。だが、黒いのと違う所が一点だけある」
「言ってみ――――ってまた何をしている!!」
紅哉に甘えるようにくっつく白いニルに黒いニルは怒りを露わにして引き剥がす。
「おい、マスターとオレのスキンシップを邪魔するな」
「マスターが迷惑しているだろうが!未来のどうなったか知らんが、マスターはオレのだ!未来のマスターが死んだというのであれば、そこまでの男だったということだろうが!」
その時白いニルが紅哉にもはっきりと聞こえるほど大きな歯切りをした。
「お前、もう1回言ってみろ……。マスターがそこまでの男だっただと?お前にッ!お前に何が分かるッ!」
白いニルは龍化すると黒いニルを殴り飛ばした。
本気の一撃に紅哉は唖然とした。朱音は暗い表情をしているだけだし、ヴリトラは興味深そうに見ているだけ。
「よくもやってくれたなッ!」
土煙の中から龍化した黒いニルが飛び出して白いニルを逆に殴り飛ばした。
「マスターが!どんな思いで死んでいったと思っているッ!平和ボケのお前には分からんだろうなァ!未来の世界のことなど!」
「全く興味がないわッ!貴様の一方的な感情をオレのマスターにぶつけるなッ!」
「あ、朱音さん!どうすればいいんだよ!?」
「うん…どうしようか。あたし今アスカロンも召喚出来ないからね」
「何故!?」
「このニルを召喚する技はゲオルギウスを触媒にして行っているものだから、今のパートナーはゲオルギウスじゃなくてニルなの」
「アタシに任せなさい。ニルの話しを聞いているのも面白いけれど、このままじゃアタシ達にまで被害が及ぶわ」
ヴリトラは面倒臭そうに髪を掻いてから龍化すると、雄叫びを上げた。
そして黒いニルと白いニルの足元から小さな黒龍が次々と現れて2体の龍を拘束していく。
「邪魔をするなヴリトラ!!こいつがオレが倒さなきゃ気が済まない!」
「ヴリトラァ!今すぐプリズンホールドを解除しろ!さもなくばこいつを倒した後にお前も同じ目にあわせるぞ!」
「やーねーこの邪龍。で、紅哉、どうするの」
「はぁ……とにかくやめてくれ……お前らが争っている姿なんてみたくないんだよ。ニルも白いニルも現在だろうと未来だろうと俺のパートナーなんだろ?とりあえず言う事を聞いてくれ」
困りきった顔をした紅哉を見た2体の邪龍は渋々矛先を収めて龍化を解いた。
「ごめんね、紅哉君。ホントはリア達も紅哉君や舞香ちゃんと会いたかったんだけど、代表してニルが出てくることになったの。喧嘩するのは目に見えていたんだけどね」
「今日の所はマスターに挨拶をしに来ただけだ。特訓の相手はオレじゃないしな」
「お前じゃないのか?てっきりエヴォルトの扱い方を教えてくれると思ったんだが」
「オレではない。それに過去の自分に教えることなど何もない」
「貴様…!」
「だからやめろってば!もう、どうすればいいんだこれ」
「これは諦めた方が良いわよ。完全な同族嫌悪でしょうし、死んでも治らないわ」
「朱音、交代だ。王に代わろう」
「もういいの?」
「あぁ、気は済んだ。余りオレがでしゃばってしまっては特訓の時間が短くなるからな。ではな、マスター」
「おう。朱音さんに許可貰ったらいつでも遊びに来いよ。相手してやるからさ」
「……うむ!」
目を輝かせた白いニルは元気に手を振って消えて行った。
虚空から現れたアスカロンは地面に突き刺さり、朱音はそれを抜く。
「んじゃ、紅哉君の特訓相手を紹介するね。Set!おいで!バハムート!」
黄金のオーブを切り裂くと、白いニルとは違った強烈な威圧を感じる。
思わず逃げたくなるような龍の威圧に耐えながら突風が消え去ると、そこには仁王立ちする覇龍王の姿があった。
紺色の鱗は太陽に照らされて輝き、大きな翼には装飾が施されている。
捻じれた2本の角の先端にもシャランとアクセサリーがついていた。
何より目を引いたのは腰に2本の剣を携えている事だった。龍族は剣も使うのだろか。
「久しいな、ファーヴニル、ヴリトラ。そして龍人紅哉」
今回は本編についてです。
遂に現れたバハムート。朱音が制御しているので味方ですが、これから彼が紅哉の特訓相手を務めることになります。
バハムートの技はどれも軽く地球を破壊してしまうほど強力ですが、もちろん使用はしませんよ。まぁ、龍の里最期の時は神と天使相手に使いましたが。
しかし、そんな攻撃すら涼しげに受け止めるグランベスの全盛期は恐ろしいものだと書いていて思いましたけど。




