一日目の終わり
カツン―――カツン―――カツン―――と、晩御飯の食卓にはスプーンが皿の底に当たる音しか響いていなかった。
初日という事もあり、皆の顔には疲労が見えていた。
こんなにもうまいシチューを食べているのに言葉一つも出ない紅哉は、テーブルの中央に置いてある炎道家特製のパンを手に取る。
パンを千切ってシチューにつけて口に運ぶだけの作業。腹が満たされていく事を感じながら食卓の時間が過ぎて行く。
紅哉は右に座っている豊姫を見た。
彼女は先ほどから考え事をしているような、心ここに非ずと言った所で、椅子に座っても『いただきます』しか言わなかった。
瑠璃も同じような感じだった。
唯一喋っていると言えば俊介と凪咲、そして直人と美波くらいだろうか。
俊介と凪咲は同じような修行内容だったのか、俺の方が熱いだの、凪咲の方が熱いだのよく分からない議論をしている。
直人と美波は、会話と言っていいのか分からない。
先ほどから直人は眠いのかスプーンを持ったまま機能停止していたりするので、危なく顔から倒れそうなった瞬間に美波が声をかけて起こしている。
「直人君……やっぱり部屋に戻ろう…?」
「すまねぇっす美波ちゃん……」
シチューとパンを食べきった直人は美波の肩を借りて出て行ってしまった。
それを視線で追っていた瑠璃が紅哉と豊姫だけに聞こえる声でぼそぼそと言ってきた。
「なんだか最近直人くんと美波ちゃん距離近くない…?」
「あ、そうなの…?」
「ですよね……紅哉くん気付いてなかったの…?」
「いや…俺そういうの鈍感だし…」
「あぁ…紅くんに言ったのは間違いだったか…豊姫ちゃんは気付いてたよね…」
「はい……美波さんと買い物行ったりするとき、最近オシャレに気を使うようになってきたので、気になって聞いてみたら……案の定…」
「顔を真っ赤にしたと……」
「当たりです…」
「うわぁ…なんだか凄いかも…」
これがいわゆる女子トークという奴なのだろうか。
紅哉は目を白黒させながら瑠璃と豊姫の会話を聞いていた。
「くっついちゃうのかな…?」
「かもしれません……」
「きゃー…面白そう…!」
「お前ら人の恋路を面白そうとか……」
「ねぇねぇ紅くん……ここって祭りとかないの…?」
「ん?どうだったか……確か7月の10日らへんに海で花火大会あったはずだな」
「行っていいよね…?ダメ、かな……やっぱり遊んでいられる時期じゃないよね…」
「いや、夜行く分には構わないはずだ。皆の特訓時間を見たところ6時間から5時間ぶっ通しみたいだし、午後から軽い仮眠を取って夜行けるはず」
その時瑠璃と豊姫の目が輝いた気がした。
「豊姫ちゃん…!紅くんとダブルデートだよ…!それに今回はティアちゃんがいない…!」
「はい…!うわぁ…紅哉くんとデートかぁ……嬉しいな…」
「俺も二人と一緒に行けるなら嬉しいよ」
「絶対に行こうね…!」
「紅哉くん、絶対だよ…!」
「あぁ、分かっている。だから、特訓も頑張ろうな」
その様子を俊介と凪咲は死んだ魚のような目で見ていた。
「あぁ…今日もラブラブですね~」
「だなぁ……俺達には眩しいぜ…」
「凪咲は紅哉先輩に憧れて翡翠に入ったんですけど~、これはちょっと予想してなかったです~」
「俺はあいつの初めての友達だからよ、1年の頃から知っているんだが、豊姫さんは予想していた。だけど、まさか瑠璃先輩と更にくっついての二股とは一体誰が予想していただろうか!」
「癒理さんは涼しげな顔でご飯食べてますけどね~」
「あぁ、癒理さんは紅哉の事を尊敬しているらしい」
「はぁ、恋愛感情はないと」
「そうらしいぜ?」
「本当にそうなんですかね~」
「ん?どういうことだよ」
「さぁ、凪咲には分かりませんけどね~」
凪咲は紅哉達の姿を見るに堪えなくなったのか、食器を片づけて出て行ってしまった。
彰も既にいないし、一人男残された俊介もため息を一つ吐いて凪咲の後に続いて行った。
胃の中も消化された午後22時頃、紅哉はパーカーと動きやすい運動着に着替えて準備体操を癒理としていた。
「行くか」
「はい!」
「やけに嬉しそうだな」
「い、いえ!そんな事は決して…」
これから食後のランニングといったところで、ニルとヴリトラは紅哉に着いて来ておらず部屋に置いてあるテレビでゲームをしていた。
夜はとても涼しかった。
心地よい海の風と適度な湿気が紅哉と癒理のランニングを捗らせる。
「夜は涼しいな。昼間とは全然違う」
「良いランニングになりそうです」
「そう言えば直人は大丈夫だったか?」
「ええ、美波が言うには疲労のようです。今はぐっすり眠っていると」
「そうか。今後の特訓に支障をきたさなければいいが」
「大丈夫でしょう。直人君はまだ短い間ですが、私たちと同じメニューを師匠の家でこなして来ています。すぐに慣れるかと」
「だといいがな。どうも神経質になっているみたいだ」
「無理もないです。バハムートが来ることを知っているのは私達だけ。それに対策を練る事が出来るのも私たちだけ。エヴォルトに至るのも綱渡りをしているようなものですし、やることだらけですよ」
「どちらかと言えば糸渡りのような気もするがな」
「あ、師匠。実は誰にも言っていませんでしたが、第二段階に進めるようになりました」
「ホントか!?」
思わず足を止めてしまい、癒理も足踏みをしながら立ち止まる。
「やったじゃないか!凄いぞ癒理!」
「あ……いえ、それほどでも」
思わず紅哉は癒理の頭を撫でてしまった。
癒理はくすぐったそうに顔を赤らめて紅哉から視線を外す。
「おっと、ランニング途中だったな。行くか」
「あ……はい!」
紅哉の手が頭から離れると一瞬残念そうにした癒理だったが、すぐさまいつもの表情に戻って紅哉に着いて行く。
「んじゃ、後はエヴォルトした自分との勝負か」
「玲奈さんと師匠の聞いていた限りではそうなりますね」
「ここからが大変だと思う。気を引き締めてな」
「もちろんです。師匠の期待に応えれるよう頑張ります」
癒理は微笑んで紅哉から貰ったマフラーを握りしめた。
「そのマフラーいつも着けているよな」
「あ、はい……これがないとなんだか落ち着かなくて」
くいっと口元までマフラーを上げる癒理は恥ずかしそうだ。
それを見た紅哉は懐かしそうに口元を緩ませて癒理に話した。
「それ、実はセレナから貰った奴なんだよな」
「セレナさんのですか?」
「あぁ、クロフィードがロシアの土産で買って来たんだが、男用で長いし、セレナが着るコートの色と合わなかったそうでさ。そこでマフラーも持ってない俺にくれて、そこからお前に渡ったわけだ」
「なんだか師匠から受け継いだ物みたいですね」
「お、そういえばそうだな。セレナの師匠はクロフィードで、俺の師匠はセレナ。そんでもって俺の弟子は癒理と来る。面白いもんだな」
「では、いつかこのマフラーも私の弟子にあげなくてはいけないのでしょうか」
悲しそうにマフラーを握る癒理を見て紅哉は笑う。
「やめとけって。そんなボロボロのマフラー貰って嬉しい奴がいるかっての。それはずっとお前のもんだ」
何度か編み直した後があるマフラーを見て紅哉は答える。
『お前のもんだ』と言われた瞬間に癒理の顔が緩んだ気がしたが、気のせいだろうか。
「結構丈夫に出来ているんだな」
「あぁ、それは私が魔術を使って物質強化を行っているからです。私が他の魔術を使う事が出来ないのはコンバットタイプだけでなく、このマフラーにあるからなんです」
「お前…そこまでしてマフラーを…」
「いえ、気になさらないでください。私は元々魔術の才能はありませんし、出来ても物質強化くらいのサポートしか使えません。座学ではそれなりに点数は取れていますが、実技では赤点ギリギリです」
「そうか…」
マフラーを握る癒理の表情は晴れやかなものだった。
紅哉としては何となくあげたつもりのマフラーが彼女を立ち直らせるきっかけを作り、今では魔術師としての才能を殺すようなことまでしてでも、マフラーを大切にしている。
紅哉があれこれ言う必要などもうどこにもなかった。
「ありがとな」
「え?何故師匠が礼を言うのですか?」
「いや、そのマフラーを大切にしてくれてさ」
「………はい!」
一瞬きょとんとしていた癒理だったが、紅哉の照れくさそうな表情を見て、満面の笑みで答えた。
「よし!あそこの自動販売機で少し休憩したら折り返すぞ」
「了解です、師匠」
紅哉達の修行は始まったばかりだ。
1日目終了ですね。いえ、2日目とか全部書いていくわけじゃありませんよ?
これはとりあえずこれから皆がどんな修行をしていくのかを大雑把に描いた程度のものでして……え?俊介君が書かれていない?まぁ彼はいいでしょう(遠い目)
そろそろ舞香ちゃんを出そうかなと考えているのですが、話の方は全く考えていませんのでこれからこれから、と。
最近お気に入り登録と評価してくださる方が増えてわたくし感激のあまりCCレモンを一気飲みしてしまいました(大嘘)。
本当のところは、ただスーパーで麦茶をいつも買うところをたまにはいいか、程度で購入しただけですが、本当に登録していただく方には感謝の言葉しか出てきません。
アクセス数や登録者数を見て『あぁ…こんな話でも見てくれる人はやっぱりいるんだな』と感じてその見ていただける人たちのためにもどんどん書いていこうと執筆意欲が増すわけです。
やっぱり嬉しいですね。まだまだ全然駆け出しの者ですが、自分の書いた作品を色々な人たちに見て貰ってお気に入り登録してもらえる。なんだか言葉にはできない感情が溢れてくるわけです。
あ、結構あとがきダラダラ書いてしまってました。
えと、最後に!外伝シリーズの氷山の奇跡が遂に完結しました!なんぞそれは?という方もきっといるでしょう!いや、いない方がおかしい!ですので、気が向いたらこんな話もあったなぁ程度に見てください。
お気に召していただければ書いたかいがあるってものです。
では、ここいらでペンを置かせていただきます。皆さん!次の後書きで会いましょう!




