心の切り替え
「あ~暇だなァ……皆どっか出掛けちまうし、瑠璃と豊姫は直海のとこだしなァ……」
紅哉は自室に帰ると、椅子に座りくるくると椅子ごと回り始める。
ニルとヴリトラは冷房が効いたこの自室で紅哉の家から持ってきたマンガ本を読んでおり、二人とも彼の言葉に耳を傾けようとは思っていない。
「…………」
反応がない二人に心の中で舌打ちする。
椅子の回転が弱まり、自然な速度で落ち着くと紅哉は何となく自室から見える海を眺めた。
しばらく眺めているとやがて彼はぽつりと一つの言葉を漏らした。
「暇だ…」
この後彼は寝る事にするのだが、その決断に至るまで軽く1時間は過ぎた。
「これが炎道家の秘密よ。世間に公開していない炎道家の闇」
場所は移り変わり、ここは直海の部屋。
瑠璃と豊姫は直海の部屋を訪れていた。最初は他愛のない話をしていたが、少し前から直海による炎道家の秘密を打ち明けられていたのだ。
それは二人が本当にこの先一生紅哉の下から離れないと誓った上での話しだ。
直海が二人に話したのは舞香の感情がなくなったあの悲劇の事件についてだった。
「私、四条麗華と四条クロフィードも昔は紅哉に嫌われていたわ。直海と雅文の研究を知っておきながら止めなかった罪人としてね。でも、セレナは別だったわね。余りこういう事は言いたくないけれど、セレナが紅哉の師匠になっていなかったら、今こうして紅哉と繋がりを持てるものは何もなかったはず。だから、紅哉と復縁するなんて不可能に近かったわ」
「理由を知って欲しかったけれど、彼自身ずっと聞き耳を持たずに跳ね除けるばかりで、セレナがいなかったら私たちは一生紅哉の顔を見る事すら出来なかったはずなの」
直海と麗華による炎道家の真実を聞く度に紅哉という男がどんなに過酷な人生を歩んで来たか理解した。
「あの子は観察眼が優れすぎている。子供の頃から大人の顔色を見てきたからこそ疑い、最後まで気を許す事はない」
「そうね。私達のパーティーに呼ぶ人達のほとんどは私たちの莫大な資産目当ての人が多かった。それを紅哉は見逃さず、最後の最後まで観察し続ける。それが紅哉という人間を形成して行ったのでしょうね。きっと……心から気を許している人は舞香、瑠璃さん、豊姫さんだけでしょう」
「ふふっ。紅哉、あなた達と接する時だけ無防備に感情を表に出しているときがありますからね。他の子と接する時はどこか一線を引いているはずなのに、あなた達だけは別だった」
「そうだったんだ……紅くん…」
「だから私たちもあなた達に真実を話そうと思ったのですよ。紅哉が心を許している相手ならばこの話しをしても問題はないだろうと麗華と話していたのです」
そこで直海はにっこりと笑った。
自分の母親とそう変わらない年齢をはずなのに直海は少し年上のお姉さんのように感じた。
「それで二人とも紅哉とキスはしたの?母親としてそこは気になるわ」
「え!?」
「ふえ!?」
「そうねそうね!いまお菓子を持ってくるわ!じっくりそこらへんの話を聞かせて貰うわよ!」
「ま、待ってくださ―――」
「あ!私は紅茶を用意するわ!ねぇ瑠璃さんと豊姫さんは何を飲むかしら?色々あるのよね~」
やはりその手の話題はどんな年齢層でも盛り上がる話題なのだろうか。
ウキウキで紅茶を淹れる直海を見ている二人はこれから根掘り葉掘り聞かれるのだろうと思うと、がっくりと肩を落とした。
「あっつ……」
「まだ7月なんですけどね……」
「………」
直人、美波、癒理の3人は別荘の周辺を歩いていた。
ここは都会からかなり離れた位置にある別荘であり、車の走る音や、人々が忙しなく歩く風景など微塵にも感じられないほどのどかだった。
近くの海は炎道家が運営するウォーターアイランドがあり、この丘の上からでも人々が楽しそうに遊んでいるのがよく見えた。
「紅哉先輩ってなんで苗字違うんっすかね」
「あ、私もそれ気になってた!この別荘を貸してくれた人が紅哉先輩のご両親なんですよね?でも、あの人達の苗字は炎道だし……どういう事なんだろ…」
「………」
この中で唯一全ての事を知っている癒理は沈黙を保った。
彼がどんな想いであの家と別れたのかを。
「結構謎が多い先輩っすよね。瑠璃先輩辺り知っているんすかね~」
「舞香先輩も感情が読めないって言うか……いつも冷静な人だよね」
「直人君、美波。余り詮索するものじゃありませんよ。師匠にも事情があるのです。それを興味本位で探っていいものじゃない」
「そ、そうだよね……」
「そうっすね……」
「師匠が私たちに話してくれるその時まで待ちましょう」
癒理の言葉に二人は強く頷いた。
しばらく歩いていると、突然直人は盛大なため息をついた。
「ど、どうしたの?」
「あ~……海行きてぇな~って……俺達明日から修行スタートじゃん?もう遊んでいられないんだな~って…」
「当たり前です。私達の立場上それは仕方のないことですよ」
「この事知っているのは私達だけ。だから、私たちだけで何とかしないといけないんだよね」
「言っても信じてくれる保証がありませんからね」
「はぁ……海行きたいっす……」
落ち込んでいる直人の肩を美波は叩いた。
「バハムートを倒したら思いっきり遊ぼうよ!」
「そうですね。未来の私たちはバハムートに勝利している。必ず勝てるはずです。そうしたら、皆でここに来て思う存分遊びましょう」
その言葉に直人は顔を上げた。
笑顔を浮かべる美波と無表情ながらもどこかその奥に優しさがある癒理の顔を見たら、なんだか涙がこみ上げてきたのだ。
「な、直人君!?ど、どうしたの!?」
「わ、分からない!でも!俺は今猛烈に感動している!美波ちゃんと癒理ちゃんの水着を見るためにも俺は頑張るっすよ!」
「な、なんでそうなるの!?わ、私の水着!?」
「はぁ……あなたがそれでやる気を出すのならいくらでも水着を見せますよ」
「えええ!?癒理さんいいの!?」
「ん?何か問題があるのですか?水着くらいいいでしょう」
「え!?美波ちゃん俺に見せてくれないの!?」
「そ、そういうわけじゃ……でも、恥ずかしいし……」
ズキューン―――!!
顔を赤らめてもじもじしている美波を見た直人は心を打ち抜かれた気がした。
『か、かかっか……可愛すぎるだろ…』
「林間学校では普通に水着を着ていたじゃないですか。どこに問題が?」
「え、えっと……なんでだろ………直人君に見られるのは恥ずかしいなぁって…」
「はぁ……私にはよく分かりませんが……でも、そこで震えている直人君は残念そうにしていますが」
「わわ!ジ、ジロジロ見るのはダメだよ!ちょっとだけ!ちょっとだけなら…いいよ……」
「ふふふふふ……」
「え!?なに!?」
「直人君がこの暑さで壊れましたか」
「ううううっしゃあああああああ!!俺はやってやるぜ!美波ちゃんと癒理ちゃんの水着のためにも俺はバハムートを倒す!!」
「動機が不純……まぁ直人君のやる気ゲージがマックスになったのは良い事ですね」
「うぅ……なんだかダメな約束しちゃった気がする…」
直人の雄叫びは海の波音にも負けないほど山に響いた。
「熱血先輩~追加のアイスです~」
「おう!サンキューな!」
チリーンと風鈴が心地の良い音色を出す駄菓子屋の前のベンチに座っているのは、俊介と凪咲だった。
二人のパートナーは炎そのものと炎の魔神なので暑さにはめっぽう強い。だが、それでも夏を味わいたい二人はアイスを貪り食う。
「やっぱ俺は棒アイス派だな……手が汚れないし」
「同意見です~。熱血先輩も分かっていますね~」
びりびりとアイスの袋を破るなり早速口に運び始めた二人は、これで何本目か分からない。
とても安い値段で買えるので二人の手は止まらない。
「8月1日か……」
「あ~バハムートですか」
「あぁ……あと1ヶ月もない。気を引き締めて行かないとな」
「凪咲もですね~。あと1ヶ月以内にエヴォルトを習得しないといけませんし~」
「お前達が一番辛いかもな。俺は炎を蓄えれる量を増やさないといけない」
「熱血先輩も大変そうですけどね~。私は手伝えなくなっちゃいましたし、誰とやるんですか~?」
「確かアイリさんのパートナーが手伝ってくれるそうだ」
「何のパートナーで?」
「朱雀だとさ」
「あ~それなら問題はないですね~。神獣ならそれなりの純度の炎を持っていますし~」
「お前のイフリートには負けるけどな~」
「そんなことないですよ~。神獣も立派な神の炎を受け継いでいます。先輩の修行は大丈夫そうですね~」
「楽観視は出来ないけどな。大体やる事は分かった。後はひたすら炎を受けるだけだ」
俊介はアイスの木の棒ごと噛み砕いた。
そして勢いよくベンチを立ち上がると、凪咲を見る。
「凪咲」
「なんですか~?」
「アイス買って来る!」
「…………いってらっしゃいです」
気の利いたセリフ一つも言えない先輩に凪咲は一瞬言葉を失った。
「まぁ……それが先輩のいいとこですけどね~」
『俊介に惚れたか?』
「ち、違うです!今のは尊敬の意味です!全然違う!」
『くっくっくっく。そんなに否定されたら認めていると勘ぐってしまうではないか』
「このクソ魔神!ガスコンロにでもなっていればいいんです!」
『いやはや、人間は面白い』
「なに勝手にまとめてんですか!出て来いです!そのドヤ顔ぶん殴ってやるです!」
「凪咲どうしたんだ!?お、おい!なんでそんなに怒っているんだ!?」
駄菓子屋から出て来た俊介の顔を見た凪咲はイフリートの言葉を思い出した。
すると、自分の顔が真っ赤になっていくのを感じ、口元がわなわなと震える。
「う、うっさいです!元はと言えばアンタが悪いんです!このこの!」
「いて!ぐへッ!?おま、お前!いま顎狙っただろ!俺の意識狩りに来ただろ!?」
「うっさいうっさい!」
「ぎゃああああ!股間がぁあああ!俺の息子があああああ!」
とても見てはいられない光景がそこにはあった。
手で股間を抑えてうずくまっている俊介に対し、凪咲は顔を真っ赤にしながら踏みつけている光景を見た地元の小学生は、静かにその場から立ち去って行った。
なんだか色々2828してしまう展開になりましたね。
どうも、更新が遅れてしまったまた太びです。
月日の流れはあっという間ですね。気が付けばいつの間にか5月が終わっていたりと、なんだか代わり映えしない日常を過ごしているなぁと感じています。
こんな小説のような日にちを実際に過ごせたらどうなるんでしょうね?主人公補正はともかく、毎日が忙しく、そして楽しい日々を過ごせたらそれはそれで楽しいのではないでしょうか。




