プロローグ
天蓋つきの馬鹿でかいベッドがある。
絹の敷布は肌を撫でるように滑らかで、枕は沈み込むほど柔らかい。
一見するとやや目元が荒んだ美少女にも見える少年、緒方深月はそこに寝転がったまま、房から捥いだ果実をしゃくりと齧った。甘い果汁が喉を落ちていく。
「んー……。極楽極楽」
両側から涼やかな風が送られてくる。
右手にレーベ。左手に倉木。二人がかりで、大きな葉扇をゆったりと動かしていた。
「深月様。風は強すぎませんか? 」
「ちょうどいい。でももうちょい弱くしてもいいかも」
「かしこまりました」
恭しく答えるのは、深月からもらった(?)学ランを胸元を大きくはだけさせ着込んだ長身の美女。
名をレーヴァイア。神話の時代に原初神アイネロウスが自ら生み出した最強格の一体、三神獣ベヒーモスその人である。二万年を生きる神獣が今は、主の額の汗を気にしながらせっせと団扇を振っていた。
「深月ちゃん、はい、あーん」
「いや自分で食えるから」
「まぁまぁ、そう言わずにー」
左からは、剥いた果実を差し出してくる美女。
倉木蘭。日本にいた頃の幼馴染にして、この世界で不死の王となった存在である。
触れるだけで生命を奪い、周囲を死の領域に変える災厄が今はにこにこと果物の皮を剥いている。
窓辺の日だまりでは、金色の猫耳を持つ美女が丸くなってうとうとしていた。
聖獣バステト。この国が二万年崇め続けてきた守護神であり、深月が名付けた元・子猫のノエル。国を救った英雄は任務から解放された途端、一日の大半を昼寝に費やす生活へ入っている。
そして。
「ンー、キモチイー!」
ざぶん、と派手な水音。
奥の院の一角に、いつの間にか巨大な水場が出来上がっていた。神殿の神聖な石床をぶち抜いて掘られた、立派なプールである。そこで赤髪の美女と、巨大な蠍の下半身を持つ少女が豪快に水しぶきを上げていた。
砂漠の覇者、ギルタブリルのネル。冒険者の間では「見かけたら息を殺して即逃げろ」と伝えられる存在だ。その覇者が今、水面をばしゃばしゃ叩いて実に楽しそうにしている。
仮にも信仰の源である神殿の最奥でプールを作っていいものなのか。
「まぁ、メンフィスもお好きにどうぞって言ってたし、いっか」
深月は果実の種を吐き出しながら、誰にともない言い訳をする。
ナラシンハ討伐から、数日。
深月たちはこの大神殿の奥の院を丸ごと貸し切り、すっかり骨抜きにされていた。
「深月さまー」
軽やかな蹄の音とともに、扉が開く。
入ってきたのは、上半身が少女、下半身は見事な白馬のケンタウロス。アイリスである。一応パーティの常識人にして、深月の足として砂漠を駆け抜けた功労者だ。今は書類の束を器用に抱えている。
その後ろから、白い髭を蓄えた老人が続いた。大神官メンフィス。この国の信仰の頂点に立つ人物である。
「深月様の銅像を広場に建てさせろ。っていう陳情がまた来てますよ」
「またかよ……。絶対許可すんなよ! 絶対だぞ!」
「ですが、御使い様」
メンフィスが困り顔で髭を撫でる。
「神殿前の広場に建造することは、確かに我らで止められます。ですが、それ以外の場所に信者が自発的に建てるものまでは防ぎようがありませぬ。……すでに、いくつか建ち始めておりまして」
「マジかよ……」
「壊すのも忍びなく。バステト様信仰から続く偶像崇拝を今さら禁ずるわけにも……」
「ぐっ……」
深月は言葉に詰まった。
好意で作ってくれているものを、わざわざ壊させるのも気が引ける。そもそもこの国は聖獣を崇め、像を建てて祈りを捧げてきた文化なのだ。よそから来た人間がそれを否定していいはずもない。
「……わかった。もうできてしまったのはしょうがない。ただ、なんとかこれ以上増やさないようには言っといてくれ」
「善処いたします」
善処という言葉の信用のなさを、深月はこの数日で嫌というほど学んでいた。
「それと別件ですが」
アイリスが書類をめくった。
「マンドラゴラーズたちが『邪危宇場を作れ』と騒いでいます。どうしましょう?」
「野球場か」
深月の目が輝いた。
「いいな。どっかいい場所ないか調べてくんない?」
「そっちは乗り気なんですね……」
「いいじゃんかっ! ぜってー、この国の人たちも気に入るって!」
薄紫色の、三頭身の謎生物たち。頭に葉っぱを生やし、独特すぎる喋り方をする不思議生物が、この異世界に持ち込んだ球技、『邪危宇』。深月にとっては、地球の記憶と繋がる数少ない娯楽である。
「畏まりました」
メンフィスが恭しく頭を垂れる。
「行政官に連絡を取り、許可と場所を検討するよう伝えましょう」
「やった!」
深月が歓喜の声をあげる。
御使い様のご要望である。この神殿において、それは天の声とほぼ同義であった。
「御使い様。失礼いたします」
そこへ、若い神官が入ってきた。端整な顔立ちのアムテプ。かつては深月を胡散臭い余所者として警戒していた男だが、今やその面影はどこにもない。
「王家および各名家より、お手紙と面談の申し込みが届いております」
「……またか」
深月はベッドに沈み込んだ。
悪魔退治の事後処理を口実に、ここまで全部断ってきた。だがそろそろ限界だろう。
――ノエルだけ行ってくんねぇかな。あいつ、猫被るの上手いし。
窓辺の元凶は深月の切実な願いなど知る由もなく、日だまりでぷすぷす寝息を立てている。
「それと、こちらを」
アムテプが山のような封書を差し出した。
「これは?」
「簡単に申し上げますと、お見合いの申し込み書にございます」
「お見合いぃ?」
深月は露骨に嫌そうな顔をした。
「いらないいらない。受け取ったら断るのもめんどくさいだろ。返しといて」
「えー、ちょっと見せてー」
横から蘭が、無遠慮に封書を一通抜き取った。開封し、中身に目を落として。
「……ぷっ」
「なんだよ」
「あっはっはっはっ! ちょっと、見てみて深月ちゃん、これ!」
腹を抱えて笑い転げる幼馴染。ここまで笑われるとさすがに気になる。
深月は身を起こし、その紙を覗き込んだ。
見事に輝く頭頂部。立派に蓄えられたダンディな口髭。
こちらを見つめる渋い笑み。
「なんだよこれ!?」
どこからどう見ても、恰幅のいい中年男性の肖像画である。
深月は蘭の手から封書の山を奪い取り、次々に確認していく。
若い令嬢。厳つい武人。品のいい老婦人。まだ幼さの残る少年。そして、また立派な髭のおじさま。
老若男女、実に多彩な顔ぶれがそこにはあった。
「なんで!? いちおー、これっ、ボクへのお見合い写真だよね!?」
「?」
アムテプが、心底不思議そうに首を傾げ。
「ああ、なるほど!」
得心したとばかりに、ぽん、と手を打った。
「御使い様は、性などという些細なことを超越なされた御方。いかなる迷い人であろうと、その大いなる愛をもって受け入れてくださる。……そう、このアムテプめが無知なる民をしっかりと啓蒙しておりますゆえ!」
「お前のせいかいっ!!」
「ありがとうございますっ!!」
飛んできた深月の蹴りを、アムテプは恍惚の表情で受け止めた。
この男、いつからこうなってしまったのか。
「これ以上ややこしい噂が流れたら、どうすんだ! ええ!? ただでさえ、もう手遅れ気味なんだぞ!」
変態鬼畜テイマー。ヒモ。そして今度は性別を超越した愛の体現者。
深月の評判はこの世界で、順調に迷走を続けている。
「あっはっは、もうやだ、お腹痛い……」
「笑ってんじゃねぇ蘭!」
「深月さん、いますか?」
またも奥の院の扉が開いた。
白い剣を提げた青年が、部屋に一歩踏み込み。
四つん這いのアムテプを蹴り続ける深月と、床を転げ回って笑う倉木、そして巨大プールで水浴びする蠍の少女を見て、そのまま固まった。
「…………」
「…………」
沈黙。
深月は、そっと足を下ろした。居住まいを正し、髪を撫でつけ、何食わぬ顔でベッドに座り直す。
「……よぉ、アレン。どうした?」
「……いえ」
『優者』アレン・ルクランシェ。冒険者ギルド最高峰のAランク冒険者は色々と疲れた顔で、一つ咳払いをした。
「ギルドマスターの、時間が取れました」
部屋の空気が変わる。
蘭が笑うのをやめ、アイリスが背筋を伸ばす。水音が止み、日だまりの猫耳がぴくりと動いた。
「音声のみの通信となりますが。深月さんから直接、今回の報告を。それと」
アレンが、まっすぐに深月を見る。
「次のクエストについて、お話があるそうです」
やっとこのときが来た。
深月は果実を置き、ゆっくりと立ち上がった。
ストックがないので、また書き貯めつつゆっくり更新になると思います。
前回、初期から追っていたや、何年も待っていたなどの暖かい感想、メッセージを頂き、また書き始めてよかったなと報われました。何よりも嬉しかったです。
今後ともよろしくお願い致します。
また更新が止まっていた時に細々書き貯めていた
『敵の最強兵器を「うちの新型です」と言い張って星間戦争を無双する 〜アラサー無職の俺にしか動かせない美少女兵器、無表情のくせに好意が駄々洩れなんだが〜』
という作品も投稿し出しましたのでよかったら応援してください。
お陰さまでSF宇宙の日刊5位というありがたい評価を頂けました。




