初変身に余計な手出しは無用って話。
一宮弍乃は怠惰をこよなく愛する人間である、故に変化を望まない。
最低限の義務と最大限の自由で生きていきたい、別に刺激的なイベントとかなくていいからいつも通りの日常が続けばいい。そんな思想の持ち主である。
今日も今日とていつも通り高校に通い、授業を受け、適当に友達と駄弁ったりして時間を潰しながら下校時刻を迎え、特に部活にも入っていないのでそのまま帰る。我ながら理想の1日だ。
いつもの時間、いつもの帰り道、いつもの光景。
人々が行き交い、活気に溢れて、日がゆっくりと沈んで。
時計が止まり、空が割れる。
……うん、最後2つに関してはぜんっぜん理想でもないしいつも通りですらない。いやある意味いつも通りではあるか。
「全く最近は毎日毎日連続出現記録更新ね……これで何日連続だったかしら?」
『今日で15日連続の出現となる。余程此方側で確保したい物があるのかただ単に我々を疲弊させるためかは分からないがな』
「どっちにしろ面倒だわ、結界内部では時間経過がないとはいえ事後処理が面倒だもの……準備いいわね、そろそろ出てくる」
『無論だ、着身はいつでも実行できる』
写真を撮影するかのように自然な動作でスマホを取り出すのと割れた空から「それ」が降ってくるのはほぼ同時。
地響きと共に着地し、重苦しい機械音を立てながら起動する巨大な機械仕掛けの獣。「相棒」が機獣と呼称するそれは無機質な瞳を赤く輝かせて行動を開始した……今回は犬型か。
「テルス、他に開いたゲートは?」
『観測結果は此処を含めていつも通り3、対処可能な範疇だ』
「ならさっさと終わらせましょう」
周囲の民衆が慌てて逃げ出し奴の出現と同時に現れた見えない壁に困惑する中、私は1人流れに逆らって機獣へと歩き出し、片手間でスマホ……に見えるデバイスを操作する。機能的には大差ないのだからスマホと呼称してもいいのだけど。
「1体に割ける時間は最大5分ってとこかしら……行くわ」
『そうしよう、いつも通りの事だが時間がない』
さながら誰かに電話をかけるようにデバイスを耳に当て。
「変身詠唱、ユノ」
よくあるアニメのようにキーワードを詠唱、デバイスを核に発生したフィールドの内部で私の衣服が変わっていく。
「あら、相変わらずね。こういう時間は手出し無用よ?」
妨害でもしたいのか機獣は此方に向けて爪を振り下ろすがそれは甲高い金属音と共に弾かれる。昨今は貫通される事も割と多い変身バンクだが私のそれはしっかりとバリアフィールド、これを含めて今まで何回か妨害されることもあったがこの通り支障はない。
日本人らしい黒髪は銀に、学生らしい制服は黒いドレスに。最後に最低限の機械的な鎧を身に纏って。
『ユノ、着身完了』
最後に手を振り払う動作と共にバリアフィールドを解除、これで立派な魔法少女の登場シーンである。別にやって何か得があるという訳ではないが損もないのでやるだけやっておけの精神、相棒……さっきからちょくちょく聞こえる電子音声からは意味を求められるが別にいいだろう、ルーティンみたいなものだ。
「二重詠唱、錬成、浮遊」
変身完了と同時に速攻で呪文詠唱。今回は武器生成の錬成と飛行能力の浮遊、魔法少女という割には可愛さの欠片もないシンプルな呪文である。まあシンプル故恥ずかしくなくて助かるのだが。
「あのねぇさっきも言ったじゃない、こういう時間は手出し無用だっての」
錬成が実行途中なのに攻撃しようとしてくるメカ犬を片手間で蹴り飛ばし、生成された得物の柄を握りヤケクソで放ってきた光弾を弾く。相変わらずお約束というものを知らない無粋な輩だ、ニチアサ履修してから出直してこい。
『錬成完了、大鎌』
まあ此方も大鎌なんて物騒な代物を得物にしてる時点で人のことは言えないのだがこれに関しては色々試した結果1番性に合ってたので許して欲しい。程良いリーチと破壊力なのだ、ほんと。
「見た感じ材質に変更は無さそうか」
『いつも通りの量産品だ、いつも通りやればいい』
「そうしましょう、かっ!」
性懲りも無く物騒なお手をしてきたメカ犬を踏み台にし跳躍、錬成と同時に詠唱した浮遊の力でそのまま空へ。
「いつも通りの物をいつも通り送ってもただゴミ箱に捨てるような物だと……」
いい感じの高度まで上がって浮遊を解除、落下しながら大鎌を振りかぶって。
「いつになったら、気付くのかしらねぇ!」
ジャンプの姿勢に入っていたメカ犬の頭部に一閃、勢いのまま振り抜き両断。
「はあぁ……ほんっとうに嫌がらせ目的なのかしらね。テルス」
『分かっている、いつものだな』
「二重詠唱、結界、圧縮」
火花を散らして爆発しそうなメカ犬の残骸を結界で隔離、ついでに圧縮で小さくして被害を極力最小限に。
「見てるかどうか知らないけど言っておくわ。私はね……」
此処が終わってもまだ2つ残っているのだ、後始末が終わり次第急行できるように大鎌を背中に背負い次なる呪文詠唱の準備。
「ゴミ処理業者じゃないのよ、廃棄物処理は自分でやりなさい」
圧縮した上でそこそこ大きな花火となったメカ犬の被害は軽微、これなら後始末も楽だろう。
「な、何!?ドラマの撮影……?」
「それにしたって……」
「あの子、助けてくれた……?」
「……はぁ」
とはいえ後始末というのは物理的被害だけじゃない、こういうのもだ。
「忘れなさい、その方が気楽に生きれるわ」
「四重詠唱、修復、忘却、追跡、転移」
修復で先ほどの戦闘による被害を修復、忘却で目撃者の記憶から私とメカ犬の事を消去。
『後先考えているのか?心配無用とはいえ四重詠唱は負担がかかるだろう』
「時間がないと言ったのは貴方でしょう?こうした方が面倒じゃないわ……次、行くわよ」
そのまま追跡で次の結界位置を捕捉し転移で瞬間移動。追跡は必須という訳でもないがないと稀に転移先が変になるので念のための保険だ、面倒は少ない方が良い。
「次はサル?だったら最後はキジかしらね……あいつらも日本の童話とか読むのかしら?」
『さあな、少なくとも言語体系は同じようだが』
「そう、ねっ!」
次の結界内では中学生くらいの女の子に飛び掛かろうとしていた猿型メカを回し蹴りで吹き飛ばすところから始まった。盛大にビルにぶつかりクレーターを作ってしまったので後始末はさっきより面倒だ。
「え、あ……」
「行きなさい、あれは私がどうにかするから」
「は、はいっ!」
女の子が逃げていくのを横目で確認してから大鎌を引き抜き前屈みで跳躍、蹴った感触だとあれの装甲はメカ犬より脆いので浮遊は必要ない。
「事案になりそうな絵面はさっさと終わらせるに限るわね!」
今度は落下ではなく回転で勢いを付けクレーターからようやく身を乗り出したメカ猿を縦に両断、無論両断後に結界と圧縮は忘れない。
「……またやってしまったわ。別に直せるからいいとはいえ……」
『どうせ直せるから好き勝手やる、ではないのが君の良い所だな。それが遅延に繋がることもあるが』
「性分よ、なんにせよ面倒は避け「あのっ!」……うん?」
また次の転移に向け大鎌を背負い直した所で先程助けた女の子が話しかけてきた。さっき逃げたんじゃなかったのか?
「た、助けてくれてありがとうございます!」
「……どういたしまして、と言っておきましょう」
「えっと、その、貴女は何者「でも」……へ?」
「世の中には忘れた方が気楽に生きれることもあるわ、思い出しても夢だと思いなさい」
「え、それってどういう」
「文字通りよ」
……心意気は感心するけどこれは知らなくていい、ううん、知ってしまえばこれが新しい日常になってしまうもの、だから忘れた方がいい。
「最後、行くわテルス」
『了解』
再び四重詠唱、礼を言ってくれた彼女の記憶も消して最後の1体を処理するべく次の結界へ。
「……居ない?」
『いや、反応はある、何処に……む』
「テルス?」
……最後の結界の中はあちこちクレーターができていた。機獣が暴れていたのは間違いない、だが今何処に?相棒も妙な反応を『ユノ』……
『機獣の他に反応だ。これは……第二世代型のデバイス!?』
「第二世代って……ディーデバイス!?でもあれは……」
『ああ、だが……』
……この姿、魔導士になるためには変身デバイスが必要になる。私が使用しているのは第三世代のカオスデバイス、そして今テルスが感知したのは……第二世代のディーデバイス。
「……様子を見に行くわ。この様子を見るにそれの適合者は機獣と戦っているんでしょ」
『了解した、念はいるか?』
「ええ、呪文詠唱、潜伏」
一体誰がどんな理由でディーデバイスを使い戦っているかは分からない、最悪此方と敵対する可能性だってある。細心の注意を払って潜伏で姿を消し、反応の方へと歩を進める。
『……2年ぶりか、ディーデバイスを目にするのは』
「ええ、何処の誰が……居た」
周囲を見渡すべく壁を駆け上がってビルの屋上へ、耳を澄ませば聞こえる戦闘音から他の魔導士を探辿ればすぐに見つかった。
「思うままにディーデバイスを使って!できるから!」
「で、できるったってどうやって!?」
「君は呪文の使い方をもう分かってる!デバイスを開いて!」
「開いてって……ああもう、適当にやってみる!」
「呪文詠唱019、灼熱!」
まだ戦闘に不慣れであろう彼女は羊のぬいぐるみのような何かの指示で慌てながらデバイスを開き、番号を入力して放った炎を鳥型の機獣にぶつける……なんだあれ、マスコット?
「……あれ何か分かる?」
『私に記録されたデータを捜索しよう、少々時間はもらうが確実だ』
「分かった……また面倒事が増えたわね」
声を聞くにあのディーデバイスは羊が持っていたと見ていい。けどデバイスは元々機獣を送り込んできた世界で開発された物、一体どうやってそれを手に入れた?
「今だ!」
「うん!必殺詠唱!」
などと言っている内に必殺技の時間だ、どうやら私の出る幕はなかったらしい。にしたって……
「ニチアサね……」
私の纏う衣装とは違う如何にもなファンタジードレス。初々しくて元気いっぱいな適合者、ついでのようにいる羊、役満だ。アニメ的な話になるのならこれからどんどんメンバーは増えていくしあいつらとの本格的な戦いも始まるのだろう。
えっそうなると……これまでの戦いは前哨戦って事?ざっけんな今まで幹部3人くらい相手してきたのに、それはちょっとやだなぁ。
『照合が完了した』
「早いわね、それで?」
『あれは地球でもあちら側でもないもう1つの世界「オリンピア」に生息する魔法生物だ。どうも我々の戦いが終わってからタルタロスが侵攻を開始したらしいが……ああ、これはあの時奪取したデータの中に入っていたようだ、元々侵攻する予定だったのだろう』
「つまり?」
『あれはオリンピアから逃亡してきたと見ていい。ディーデバイスを所持していたのもくすねたからで説明が付く』
「なるほど……」
うん、確信した。
「や、やった……?」
「凄いよ三葉!君はその姿……魔導士ミネルヴァとしての才能がある!」
「……ええっと、ひとまずこれで大丈夫なんだよね?」
「大丈夫だけど……この瓦礫まみれをどうにかしないと」
「あっ」
思いっきり機獣を爆発させて後始末に悩んでるあの子は間違いなくニチアサの主人公だ。完全にニチアサだ。
『どうするユノ、接触するか?』
……決めた。
「いいえ、しばらくは静観する。下手に刺激したくないもの」
『そうか』
あの子達には極力関わらない、というか正直あれこれ全部任せたい。
「いいのテルス?貴方としては色々情報を仕入れたいんじゃないかしら」
『私は適合者の判断に従う、それに基本例外はない』
「じゃ、行きましょうか」
間違ってニチアサ展開に巻き込まれてみろ。確実にいつも通りの日常はなくなるし人付き合いだって増える、それは実に面倒だ。だから……
「呪文詠唱、転移」
可能な限り自分でなんとかしてくれ主人公、私は名も無きモブAでいいんだ。




