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この恋は上書き保存できない  作者: 永井一花
第五章 さよなら、運命の恋
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エピローグ

 あれから数年の時が経った。

 私は高校時代の同窓会に参加するため、久しぶりに地元に帰ってきていた私は、あの神社に向かっていた。

「なつかしいな……」

 今でははっきりと思い出せる。

 美宙のために神社で祈ろうとしたのに、急に怖じ気づいてしまった私。『別れるのが怖い』と言う美宙の言葉がもし現実になって、もし彼が別の人と結ばれてしまったら?

 でも、そのまま帰るわけにもいかず、寒さで身体が震えていた。

「光莉、何してんの? かえんねーのか?」

 買い物をしてきたのか、コンビニの袋をさげた大智がまっすぐにこちらに向かってきた。

「ちょっと……」

 言葉を濁すと、大智は突然私の鼻をつかんだ。

「きゃっ! な、何するの」

「鼻、すげー赤くなってるけど。いつからいたわけ?」

「別にいいでしょ」

「あ、おまえおばさんに怒られたんだろー! 一体何したんだよ!」

 にやにやしながら私の鼻をつまみ続ける彼。

「……怒られてないしっ! もう、いいからあっち行ってよ!」

「帰りにくいなら俺が一緒に行ってあげようか? そしたらおばさんも光莉のことうちにいれないわけにはいかないだろ」

「大智……」

 優しさに胸が打たれる。しかし、彼はすぐに、

「ま、その代わり何やらかしたか教えてもらうけどなっ」

「だから違うって!」

「じゃあなんでここにいるんだよ?」

 面倒くさい人に見つかってしまった。こうなったら、大智は私が帰るまでずっとからみ続けるんだろう。

 私は半ばやけになり、縁結びのことを話した。すると……。

「なんだよそれー。光莉、そんなん信じてんの? ガキだなぁ」

 案の定、彼はバカにしたように笑っている。だから言いたくなかったのに……。

「つか何、運命の恋って。光莉好きなやつでもいんの?」

「別に私は……他の子が好きな人がいるっていうから。その子を安心させたくて試してみようとしただけ」

 でも、これで帰ってくれるだろう。そう思っていると、なぜか彼はポケットから財布をとり出し小銭を出している。

「何してんの?」

「俺はそんなん全然信じてないしどうでもいいけど、それやらないと帰れないんだろ。だったら一緒にやろうぜ」

 そう言って、屈託のない笑顔を浮かべる大智。

 私はうなずき、寒さで震える手で財布から小銭を取り出す。

「じゃあ行くぞ……せーのっ!」

 私は小銭を放り投げた。

「俺に、運命の恋を教えてください!」

「私に、運命の恋を教えてください!」

 隣を見ると、大智は目を閉じ真剣に祈っている。私も目を閉じ、強く強く願った。

「じゃ、早く帰ろうぜ」

「うん……」

 大智はスタスタと歩いて行く。その背中を追いかけていると、彼は突然ふり返った。

「あ、これやる」

 袋から取りだしたものを、彼は放った。それは軌道を描いて、数歩離れた私のところに落ちてくる。私はあわててキャッチする。

「きゃっ!」

 反射的に落としそうになり、あわてて服の袖でつかんだ。それはホットレモンティーのペットボトルだった。

「あれ、大智、これ好きだったっけ?」

「コンビニ行こうとしたら、おまえが寒そうにしてるの見えたから」

「ふーんっ。そうなんだぁ。大智、やさしいじゃん」

 なんだかうれしくなって、にやにやしながら彼の顔をのぞきこむ。大智は顔をまっ赤にして、

「ニヤニヤすんなよっ。おまえが風邪引いたりしたら、俺がプリント届けなきゃいけないから面倒だっただけだよっ!」

「え、明日卒業式だけど?」

「うっせぇ!」

 わかりやすくうろたえて、ずかずかと歩いていく。

「ちょっと、待ってってばー!」

 私は追いかけながら、いつしか恐怖なんて全部なくなっていたことに気づいたのだった。

 大智くんは、あの時からずっと変わっていない。

 彼が記憶を失ってから、私は何度か大智くんを見かけた。彼は転校して遠くの学校に通っていたけど、地元が同じ私達はごくたまに一緒になることがあった。

 ある時は、おばあさんの大きな荷物を運んであげていた。

 ある時は、泣いている友達の隣で心配そうにしていた。

 またある時は――、知らない女の子に告白されていた。

 記憶がなくなっても、性格が変わっても、彼の根っこの部分は何も変わっていなかった。

 それを見るたびに、わたしの胸は喜びであふれ、切なさに胸がつまりそうだった。

 大智くんは、自分が生きてきたすべての記憶を失っても力強く生きていた。あの病室でのおびえた目をしていた大智くんはどこにもいなかった。

 大智くんが立ち直ったことはもちろんうれしかったけど、彼が私がいなくてもちゃんと生きているという事実を目の当たりにするのは少し辛かった。

 私はあれから大学に進学し、社会人になった。

 大智くんとは中学のときに同じ大学に通う約束をしていたけど、結局叶わなかった。

 ありがたいことに、何度か告白されることもあったけど、すべて断った。大智くん以上に好きになる人なんてありえないと思ったから。

 ――だけど、もしも。

 大智くんが誰かと結婚することがあったら、私もこの恋を諦めて前に進もう。

 それでも忘れられなかったら、独身で過ごすのもいいかもしれない。

 私は大智くんに、抱えきれないほどの大切な思い出をもらったから。

 私は目を閉じ、祈った。

(私に運命の恋を教えてくれて、ありがとうございます……)

 その時、ひときわ強い風が吹いた。

「あ……」

 コートのポケットから鍵が落ちる。風に運ばれてころころと転がって、ぴたりととまった。その先には、大きな白いスニーカーのつま先。

 その人は身体をかかめて、私の鍵を拾った。その人が立ち上がる。

 私は息をのんだ。手の中の鍵を――いや、水色とピンクのイルカのキーホルダーを食い入るように見つめていたのは、まぎれもなく私が大好きな――大智くんその人だったから。

 背が伸びて、髪もあの頃よりも伸びていた。快活な雰囲気はなくなり、落ち着いた大人の男性になっている。

「あの、ありがとうございます」

 声が震えてしまった。胸がつんとして、涙があふれそうになる。涙がこぼれ落ちて、大智くんは驚いたように目を見開いた。

「す、すみません。目にゴミが入ってしまって……それじゃ、どうもありがとうございました」

「あのっ!」

 大智くんの声に、私は足を止める。

「あなた、僕の病院に来てくれましたよね?」

 会ったのは一度だけだった。それも、大智くんは目覚めたばかりでかなり混乱していた。まさか私を覚えていたなんて。

「あ、うん、美宙の友達で……彼女が不安になっていたから、付き添いで」

「それ、嘘ですよね?」

「え……」

「あ、ち、違ったらごめんなさい……。でも僕、あなたを見ると何だかなつかしい感じがするんです。それに……これ」

 大智くんはポケットから鍵をとり出す。そこについていたのは、水色とピンクのイルカのキーホルダー。

「これ、僕の趣味じゃないし、ペアのはずなのにどうして自分で二つ持ってるのかなって不思議だった。でも、なぜか捨てられなくて……あなたが関係していたんですね」

「それは……」

「本当は僕、あなたに声をかけようか迷ったんです。でも、病院で……彼氏と一緒だったから……迷惑かと思って……」

 彼氏? もしかして、楓ちゃんのお見舞いに来ていたから、凪くんのことだろうか。

「彼氏じゃないです」

「本当ですか!?」

 大智くんの瞳が輝く。でもすぐに悲しそうにふせられ、

「あ、でも、今は……」

「今もいないです」

「よかった……」

 彼は安心したように目尻を下げた。

「あの、私、目黒光莉っていいます」

「あ、はい、僕は渡会大智です」

 私は息を吸いこんだ。そして、あの時彼が私に向けてくれた笑顔のように、彼に会えてうれしいのだと伝わるようにと願いながら笑った。

「初めまして、渡会さん。よかったら私と――お話ししませんか?」

 大智くんは目を大きく見開いた。

 そして、あの頃よりもちょっとだけ大人びた、でもあの頃のように澄んだ笑顔で笑ったのだった。


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