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運び屋勇者、誕生

回想から始まります。

 先日の、王様との謁見を思い出す。


 不思議な魔道具に表示された俺のステータス「筋力S・耐久S」を見て、王様は飛び上がった。

「これは素晴らしいぞ! お主は剣を振るうか? 盾を持つか?」

 と満面の笑みで手を握ってくる。微妙に生暖かくて、気持ち悪い。


「剣とか振ったことないし。戦いはプロに任せた方がいいと思います」

 にべもなく断ると、騎士団長っぽい人が目を見開いて、王の側近はヒソヒソと何かを言い合い始めた。


 魔道具を操作している人が「魔力は底辺、平民並みですね」と告げる。


 急にテンションが低くなる王様たち。

「・・・勇者が戦えぬとは。では、そなたには何ができる?」


「荷物、運べます」

 沈黙。

 いや、俺は真剣だ。

 トラック一筋の二十数年。大型免許で日本中を走り回った。

 ・・・まぁ、それが異世界で何の役に立つかって言われたら、俺にも分からない。


「・・・ならば、せめてもの仕事を与えよう」

 そう言われて、渡されたのは、魔導具仕込みの頑丈な木製の荷車だった。

 召喚されてから三日・・・まあ、よく用意できたものだ。


 俺は荷車勇者、もとい--運び屋勇者として、異世界で仕事をすることになった。



 ・・・表面上、落ち着いてやり取りをしたけど、正直ムカついてる。

『役に立て』だと?


 どの立場でそんなこと言ってるんだか--怒鳴りたい気持ちはある。

 ・・・でも、ここは我慢しておこう。

 何がどうなってるのか、状況がまだよく分からない。

 こんなときに下手に動いて失敗するのは、経験上よくあることだ。


 まずは、自分の身の安全を最優先に考えること。


 ラノベでよくある「異世界召喚のダメなパターン」ってやつだ。

 だからこそ、警戒を解かずに、まずは自分を守れる場所を確保しないとな。



 この謁見のあと、俺は王宮の客室から使用人棟に移った。

 桜はそのまま、貴族用の客室を使うらしい。

 権力者に利用される危うさを教えてやるべきかとも思ったが--きっと言っても聞かないだろう。むしろ、口うるさいと煙たがられるだけだ。

 荷車を見てあんな顔をしたくらいだから、使用人棟に喜んで来るとは思えない。


 ・・・未成年の子どもを見捨てるようで、少し気が咎める。

 大人として最低限の責任は果たすべきかとも思うが――正直、今の俺にそこまでの余裕はない。

 それに、自分が高校生の頃、大人のアドバイスを素直に聞いていたかというと・・・どちらかといえば、逆らってた方だしなぁ。


 喜んで謁見室を出て行く姿を見て、水を差すのも無粋かと俺は沈黙を選んだ。




 初任務は、一週間かけて辺境の砦への補給物資の輸送。  

 同行するのは、真面目すぎて眉間にシワが定着してそうな若き騎士・クライドさん。


「護衛は私が務めます。勇者殿は輸送に集中してください」

「ありがとよ、騎士さん」

 ぬはははは、騎士さまに護衛されてるよ、俺。すげー。


「いえ、自分は騎士ではなく、騎兵です。騎乗しますが、あくまで兵士です。」

 失礼、違ったらしい。

 ・・・もしかしたら、俺の「監視」も兼ねているのかね。



 道中は森と丘と、延々と続く未舗装の街道。


 あちこちぬかるんでて、トラックが恋しくなる。

 エンジンひとつで、こんな泥道なんて鼻歌まじりで越えてたな。

 あの振動、あの音。文句も言わず、きっちり仕事こなすヤツだった。


 だが、この荷車も頑丈だ。手押しでも転がりは悪くない。


 そして、不思議なことに騎乗の兵士と、徒歩で荷車を引く俺の速度が同じなのだ。

 クライドも目を丸くしていたから、普通ではないようだが。

 魔道具の威力なのか、勇者の底力なのか・・・もう、よく分からん世界だ。



 二日目、道端の木陰で休憩を取っていたとき、事件は起きた。

 ガサッ。  茂みから現れたのは、黒くてぬめった体表の、いかにも敵っぽいモンスター。  

 獣というより爬虫類に近いフォルムのそれは、目にも止まらぬ速さでこちらに飛びかかってくる。


「勇者殿、下がって!」

 クライドが剣を抜くが、俺の背後にいたもう一体には気づいていない。  

 思わず手にしたのは――荷車の脇に刺していたスコップだった。

「うおらぁああああッ!」

 バッティングセンターの要領で振り抜く。  

 ズドン、と重たい衝撃と金属の打撃音と共に、モンスターは地面にめり込んだ。


「勇者殿・・・」

 クライドの視線が、まとわりついた。


「・・・あなた、本当に勇者なのですね」

「一応、そういう話だな」

「だったら、前線に出てモンスターぶっ倒すとか、そういうの・・・やらないのですか?」

 優司は手にしていたスコップを土に突き立て、軽く肩をすくめた。

「俺が戦場で暴れたって、誰かが飯食えなきゃ意味ないだろ。荷が届かないと、戦えねえんじゃね?」


 兵士は苦笑いしつつも、どこかもどかしそうな顔をして、くしゃりと自分の髪をかいた。

「・・・いや、わかってるんすけど。もっと『勇者らしく』活躍できんのになって。

 もったいないなって--」


 優司は空を見上げ、うっすら笑う。

「そっちは、お前らに任せた。俺は・・・運ぶ方が、性に合ってるんでな」



 元の世界でも、荷下ろしの最中に積み荷が崩れかけたときは、とっさに支えるか、身を引くか――一瞬の判断がものを言う。

 腕力だけじゃなく、反応の速さや判断力も問われる仕事だった。


 だから、きっと戦士になる道だって、選ぼうと思えば選べた。

 でも俺は、運ぶ方がいい。

 力や判断力は、人を傷つけるよりも、誰かの役に立てる形で使いたいんだ。

 ・・・それが許される、平和な世界で生きてきたんだよ。



 五日目の昼前、峠道のカーブを抜けたとたん、前方の道に丸太が転がされていた。

「・・・わざと、だな」

 クライドが馬を止めた瞬間、左右の林から男たちが現れる。


「兵士ひとりに従者がひとりか。しかも荷車持ちだ。いただきだな!」

 木陰から現れた粗暴な男たちは、笑いながら近づいてきた。


 スコップを握る手に、力がこもる。


 だが、先頭のひとりが荷車の取っ手に手をかけた瞬間――電流のようなものが走った。

 魔道具である荷車は、持ち主に対する害意に「拒絶」の反応を示す。


「・・・なんだコレ、っ痛ぇ・・・っ!?」

 驚いた隙を逃さず、兵士が一人を押さえ、従者――優司がスコップで一撃を叩き込む。

 あっという間に三人の山賊は捕縛された。


 昼になったので、縛った山賊を木陰に転がし、ふたりはパンと干し肉をかじる。

「さて、こいつらどうする? 砦に連れてくん?」

「めんどくせぇですけど・・・でも解放するわけにも――」


 そのとき、背後の茂みが割れ、巨大な影が現れた。

 ぬるりと伸びた舌が、山賊をひとり、あっという間に丸呑みにする。


「・・・決まったな。急いで逃げよう!」

 クライドは水筒を腰にくくりつけ、手早く馬の手綱を握った。


 優司はパンを急いで咀嚼してから呟いた。

「成仏してくれよ」

「ジョーブッ・・・?」馬上でクライドが聞き返す。

「俺の国で、『恨まずあの世に行ってくれ』って祈りかな」


「ここじゃ、『死者を縛る言葉』と誤解されかねないぞ」

「人前では言わない方が良いか?」

「死霊術士と間違われたくなかったら、な」

 そういうジョブもいるのかぁー。

 ファンタジーだな、マジで異世界だ。



 辺境の砦に着いた頃には、クライドとかなり打ち解けていた。あれだけ共闘すれば、当然か。


「ユージ、あんたは・・・本当に運ぶことに誇りを持っているんだな」

「誇りってほどじゃねぇけどな。預かったものを責任持って届けるだけだ。

 ・・・ありがとうって言ってもらえるのは、やっぱり気分がいいよ」


 食料、薬、補修資材。  誰かが運ばなきゃ始まらない。  

 俺の仕事は地味だが、確かに誰かの命を支えてる。



 まずは、砦の補給長の元へ案内された。

 現場の兵士たちに最も近い補給管理役で、砦の中では中堅ポジションだそうだ。


 荷車の荷台から麻袋を降ろすと、補給長が手早く中身を確認しながら、小さくうなずいた。

「干し肉、保存水、矢筒に油壺・・・ありがてぇ。これなら最前線に届けられるな」

 日焼けした顔に深い皺を刻んだその男は、荷物を検める手を止めずに話す。


「・・・王様は『魔王討伐のための召喚』って言ってたらしいな。あんた、信じるか」

 優司は口を引き結び、少し考えてから首を振った。

 この国の軍の一員ということは、王様の手先だ。余計な疑いは持たれたくないが、情報はほしい。


 補給長は荷袋を括りながら、ふと声を低めた。

「魔王なんて、海を渡った先の遠い国の話だ。実際にやり合ってんのは向こうの連中で、こっちにはあまり関係ねぇ。

 俺たちが構えてるのは、もっと現実的な『ごたごた』さ」


「・・・隣国との揉め事、か」

「察しがいいな。三つの国と接している国境沿いじゃ、どこでも小競り合いが絶えねぇ。

 あんたみてぇな異世界の客人を呼ぶってのは、『国内の不満』を外に向けるのにも都合がいいってわけよ」

 優司は息をついた。思っていた以上に、随分と都合のいい駒扱いだ。


「道中、気をつけて、また運んでくれや」

 背中に響く手のひらは重かった。補給長は最後にぽつりと加えた。

「・・・荷物の中身に、興味は持たんほうがいいぜ」


「いや・・・配る先を確認するために中身は見るよ」

「それもそうか、がははは」

 笑ってはいたが、その目は笑っていなかった。


 ・・・中身を見ないですむように、宛先を書く木札でも作るか。



 次は、砦内の別の建物に移動する。


 神殿の一角に療養所が作られて、そこに数名の神官が控えていた。


 負傷者のための薬や衛生用品を手渡す。

「包帯・薬草・聖水・・・ああ、この薬は傷の深い方から順に使わせていただきますね」

 物が半分も入っていない棚に、もう一人の神官がいそいそと並べ始めた。



「物資が届かないのか?」

 戦争の影響なのか、辺境だからなのか・・・?


「・・・そうですね。勇者様もここまで苦難を乗り越えて届けてくださったと思います。

 そこを乗り越えられない方々もおられますので。

 運が良ければ手に入る、悪ければ諦める。そんな暮らしでございます」


 不意を突かれたように心が揺れた。

 この砦の人々は、「届かないこと」に慣れている。



 反射的に、届くのが当たり前――そんな世界にしたいと思った。

 だが、俺は一人しかいない。

 そんな生活の基盤を、異世界から来た男一人がなんとかしようとするのも、何だかおかしい。


 ・・・実力の伴わない正義感は身を滅ぼす。

 年を重ねる中で、そのことを思い知った。

 

 せめて、自分の届ける分くらいは、ちゃんと届けよう。 

 ああ、なんだ。それなら、元の世界でしていたことと同じだな。



 その夜、クライドと酒を酌み交わした。

 思えば、こんなふうに誰かとゆっくり飲むのはいつぶりだろう。


 ここ数年、若いやつはあまり職場に入ってこなくなったし、コロナ禍もあって、気軽に飲みに出かける機会はめっきり減った。

 同年代の同僚たちは、酒が弱くなったり、医者に止められたりで、自然と誘い合うことも少なくなった。

 だからかもしれない。クライドと飲んでいる今が、妙に心に染みる。


 初めはこいつも、どこか俺を警戒してた。勇者なんて肩書きが、いかにも胡散臭く見えたんだろう。


 正直、俺も「勇者です」なんて名乗るのは照れくさいを通り越して、もう恥ずかしいの一言だった。

 でも、他に名乗れる肩書きもない。いっそ「異世界人でぇす」とでも、言ってみるか。


 でも今は違う。こいつは、俺をちゃんと『ひとりの人間』として見てくれるようになった。それが嬉しい。


「これが、ウズラダの漬け魚だ。匂いは強いが、いけるぞ」

 勧められた皿には、香草と発酵した何かで味つけされた焼き魚が載っていた。

 見た目は正直クセがありそうだったが、恐る恐る口に運ぶと、意外とまろやかで、少し甘みもある。

 白身に近い味で、日本の干物にどこか通じるものがあった。

「・・・うまいな、これ」

「だろ? 初めてのやつはだいたい顔をしかめるんだが」

 ふたりして、声を立てて笑った。


 酒も、食い物も、言葉も違う異世界だけど--この夜は確かに、『昔よくあった、あの飲みの時間』だった。

 久しぶりに、楽しく酒を飲んだ。胸のどこかが、少しだけあたたかかった。


 そして、その後の一週間ぶりの風呂とベッドは、まさに天国だった。



 こうして俺は「運搬勇者」として最初の任務を完遂し、正式に荷物を届ける仕事に就くようになった。

 基本は国からの指示だから、兵士が護衛につく。

 クライドやその同僚が順番につき、こちらの世界にも顔見知りや仲間ができた。



 一度目の砦とは違う砦に物資を運んだときのこと。

 砦の門をくぐると、空気が血の匂いを運んできた。

 俺が荷車を止めると、武骨な兵士たちがこちらをちらりと見た。

「勇者様が荷運びとは・・・」誰かがぼそりとつぶやく。だが皮肉にしては声に力がなかった。

 干し肉、矢束、火打ち石、薬包――どれも命の綱。無言で受け取る手が、それを物語っていた。

 礼などいらない。誰かが今日を生き延びる、その一端を担えるなら、名ばかりの勇者でも構わなかった。



 山中の神殿の分院に行ったこともある。

 霧が立ち込める山道を登りきった先、小さな鐘の音が優司を出迎えた。

 青い衣の神官が深く頭を下げる。「お疲れさまでした、勇者さま」

 荷台には薬草、聖水、包帯、祈祷用の布。

 火傷した巡礼者、言葉を失った子、脚をひきずる男――神に仕える場は、同時に人の痛みを受け止める場所でもあった。


「・・・ここにも、召喚されて捨てられた人がいましたよ」

 シスターの言葉は過去形だ。優司は何も言えず、ただ箱を奥へ運ぶ。

 捨て駒にされないよう、立ち振る舞いに気をつけろという警告・・・ありがたく受け取った。



 大水で被災した農村に行ったときのことは、忘れられない。

 ヘドロと化した土の匂いが鼻をつく。倒れた納屋、壊れた柵、泥水で使えない井戸。

 かつて村だった場所に、わずかに残った人影があった。

 俺が荷車を止めると、泥だらけの少年が駆け寄る。

 挨拶を交わした後、少年が振り返って「勇者だって!」と声をあげた。

 周囲が静まり返る。荷車と勇者の組み合わせなんぞ、想像を超えているだろう。

 優司は言葉を返さず、重い小麦の袋を担いで、崩れかけた倉に運ぶ。


 だがそこにも泥が入り込んでいた。

 兵士が数人、無言で泥を掻き出すのを手伝い始める。

 感謝などいらない。ただ、生きる糧になるものを届ける。

 それが俺にできる、唯一のことだった。

 どうかその糧が、生きる気力を奮い立たせてくれ。



 隣国との共同検問所に行ったのは、別の意味で忘れられない。

 国境沿い、監視塔とテントが並ぶ中立地帯。

 兵士たちが鋭い目で互いをにらみ合う中、優司は荷車を進めた。

 積んでいたのは、王印入りの絹布、瓶詰めの酒、香草――戦道具ではなく贈答品だ。


「まさか、勇者が使い走りとはな」

 隣国の兵士が乾いた笑いをこぼす。

「勇者を動かしたってだけで、国王は『誠意を見せた』ことになるらしいぜ」


 荷を降ろして、優司は無言で空を仰ぐ。

 虚しさが胸をよぎる。これは立派な騎士様が届ければよかったんじゃねぇか?

 名ばかりの肩書きが、一人歩きを始めていた。「勇者」って何だ?



 荷車に空きがあるときは、こっそり料金をもらって荷物を運ぶようになった。

 考えてみたら、俺って衣食住は提供されてるけど、給料もらってないんだよな。

 ・・・いや、これ、普通におかしくないか?


 兵士たちは事情を察して、俺の小遣い稼ぎを黙認してくれてる。

 ありがたいけど、逆にモヤモヤする。

 いっそ誰かが密告でもしてくれたら、堂々と文句のひとつも言えるのに。

「勇者様に給料も出さずにコキ使ってんじゃねぇよ」ってな。



 そんな小遣い稼ぎで、王都の裏通りの孤児院に行った。

 王都の華やかな街並みを外れ、裏路地に入ると、石畳はぬかるみと煤にまみれていた。


 古びた扉を叩くと、小柄な老婆が顔を出す。

「あんたが『運搬勇者』かい。物好きだねぇ」

 荷台から降ろすのは、地方の商人に依頼された古着、古びた本、湿布薬に干した果物。


 子どもたちが戸口からこちらを見つめていた。無言のまま、大人の顔色をうかがう目。

 優司は、かける言葉が見つからず、少しだけ視線を落とす。

「食べるものは・・・足りてるか?」

 老婆は笑わず、「足りたことなんて一度もないさ」と答える。

 依頼人の名を告げると涙ぐみ、「うちの出世頭だ」と震える声で言った。



 そんな日々を重ね、王国でもようやく、「運搬勇者」が国中に物資を運ぶことが評価され始めた。


 最近では、興味を持って好意的に話しかけてくれる貴族も、ちらほらいる。

 依頼の相談を受けたときは、一応「国を通してほしい」と返しているが・・・本当にそこまで義理立てする必要があるのか、正直迷っている。


 王宮を出て、街で荷車を調達すれば--もしかすると、自分ひとりでもある程度やっていけるのかもしれない。

 だが、街の治安や王家との関係を考えると、軽はずみに動けない自分がもどかしい。


 貴族の中には、口では称賛しながらも、荷車を見る目に蔑視が混じる者もいる。

「労働すること」自体をどこか見下しているのか--それとも、ただ見慣れないものへの拒否感なのか。

 まあ、そんな人たちとはあまり接触しないように暮らしていける仕事に、感謝だな。



 ふと、日本にいた頃を思い出す。

 好景気に沸いたバブルの頃は、肉体を使う仕事や現場の技術職は、『3K(きつい・汚い・危険)』とまとめられて、少し距離を置かれる時代だった。

 真面目に働くこと自体を軽んじる空気も、どこかにあったように思う。


 俺の同級生には大工や電気工、整備士がいた。

「お友達価格」で助け合って、みんな案外、心地よく暮らしていたんだ。

 離婚をきっかけに地元は離れたが、次の職場ではまた、同僚の「お友達」にずいぶん助けられた。

 そんな暮らしをしてきたからこそ、この世界の平民とも自然に馴染めるのかもしれないな。



 ある夜、配達先の宿舎の裏で、俺はぼんやりと空を見上げた。

 星座も、きっと全然違うんだろな。元々詳しくないから、比べられないが。


 さて、今日も荷車を布で拭くか。

「・・・ふっ、これをデコったら、どんな風になるのかね」


 そう。俺の夢は、デコトラだった。

 じいちゃんのトラックは金ピカで迫力のある絵が描かれていた。

「俺もいつか、自分だけのド派手なトラックで走るんだ」と言ったら、じいちゃんが頭をなでてくれたっけ。


 ああ、次のボーナスでデコトラに手が届いたのになぁ。  

 今は燃料代も高けりゃ、運送業もギリギリで走ってる。デコトラに金かける余裕なんて、なかなかない。  

 それに、派手なのは「社用車ではNG」って会社も増えてるから、俺が勤めている会社は「社用車OK」でラッキーだと思っていたんだ。

  じいちゃんみたいに、全面に絵を描いてもらったり内装をグレードアップするのは無理だろう。

 けど、ちょこっとペイントするくらいの金が、もうすぐ貯まりそうだったんだ。



 こっちにペンキとか塗料とかあるんだろうか。

 ・・・で、肝心の神絵師はいらっしゃるのか?

 この荷車を新たな相棒にすると決めて、夢のデコトラにしようと思いついたとき、最初にぶち当たった壁がそこだった。



「次は、塗料と画家探し・・・ってとこか、くくくく」

 何をやっているんだろうと、思わず笑ってしまう。


 どこにいても、俺は「俺」らしい。

 異世界でも見る夢は同じなんて・・・いや、ワケの分からない異世界だからこそ、夢を手放さずに抱えていくべきだろう。

 自分がワクワクできる環境を、恥ずかしがらずに萌えを追究するのは自分の幸福のためだ。



 そして元気に働けば「ありがとう」の一言がもらえる(もらえないことも多々あるけど)。

 この一言が、最高に人生を輝かせる。  


 勇者かどうかなんて、もう関係ない。

 戦わなくても、ちゃんと世界を支える一員なんだ。

 誰かの「日常」を守ってると胸を張ろう。


 その思いを胸に、俺は明日も荷車を引く。

 ちょっとだけ、ペンキの匂いがする未来を夢見ながら。


早々に「勇者どうでもいい」宣言が出てしまいました。

でも、心意気は「勇者」らしくなっているのでは・・・と思います。

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