死角の桜
短編「トラック運転手は悪くない」でラブコメ風に仕上げた作品を、連載にしました。
ただし、ラストはまったく違う結果になります。
短編のラストでモヤッとした読者様にもスッキリしていただけるよう、そして初見の方には楽しんでいただけるよう、書いていきたいと思います。
交通事故の描写があります。苦手な方は、申し訳ありませんが、ページを閉じてください。
二〇二五年、春。桜吹雪の中、俺はトラックでいつものように走っていた。
学生の通学時間帯は過ぎた。いつ飛び出してくるかヒヤヒヤする子どもたちも、今ごろは教室で机に向かっているだろう。
今年の新入生たちは、桜が少し盛りを過ぎたくらいの入学式で、なかなか映える写真が撮れただろうな。
心持ち、ほっとした---そのときだった。
制服姿の女子高生が、赤信号を無視してこちらへ走ってくる?!
まるで、わざとぶつかりにくるみたいに―――。
避けなければ―――!
ブレーキだけじゃ間に合わない!
反射的にハンドルを切った。
「うおおおおお!? おい、バカやめろ止まれえええええええ!!」
怒鳴り声とともにブレーキが鳴き、焦げたゴムの匂いが立ちこめる。
十トンの鉄塊が横滑りしながら縁石を乗り越え、ガードレールをねじ伏せていく。
―――なんとか飛び出してきた少女は避けられた。
そう思った、次の瞬間だった。
ガッシャァァアアアン!!
鉄とガラスが砕ける、凄まじい音。
そして、何かが切れるような感覚だけを残して、世界は真っ白になった――。
「……気がついたかの?」
しわがれた男の声がした。
頭に冷たい感触。なぜか大理石のような、平らに研磨された石の上にいる。
アスファルトじゃなく、トラックの中でもない。病院でもない。
見えるのは白い天井、神殿めいた柱。
……いや、いやいや待て待て、どこだここ!?
「お、おい、俺は……人をひきかけて……うわ!?」
顔をのぞきこんできたのは・・・あの女子高生だ。制服のまま、無傷で。
「大丈夫そうね。よかったわ。……で?」
腕を組んで仁王立ち。・・・見えるぞ。
「…『…で?』」
とは? 事情が全く分からん。
取りあえず上半身を起こす。
「なんであんたが来てんのよ!? おかしいでしょ!? 転生するのは私だったのよ! なんであんたみたいなおっさんが召喚に巻き込まれてんのよ!」
・・・ああ、はいはい。ライトノベルの定番の、あれね。
おっさんだけど、ラノベも嗜んでますよ。
―――って、自分で言うのはいいけど、女子高生に言われると凹むわ。
「おっさんで悪かったな? トラックの運転手に年齢制限はねぇよ!
というか……お前、信号も見ずに飛び出しただろ!! あれじゃ避けきれねぇって!」
大人として、「二度とするな」と説教すべきところだろう。
「そ、それは……だって、トラックにひかれたら異世界転生するって、そういうルールだって聞いたもん!」
え、わざと? わざとなの? そういえば最初からそれっぽいことを言っていたか。
でも、まさか、と思うじゃん。頭が理解するのを拒否してたわ。
トラックにひかれて異世界転生って作品あるけど・・・フィクションだって分かっていても、心臓に悪いんだぜ。
「誰だそんなルール教えたのは!? お前のファンタジーに他人を巻き込むな!」
「え、でもでも・・・それで逆ハーレム作ってチート能力手に入れて……そういう流れじゃん……」
泣きそうな顔で、彼女はつぶやいた。
ああ、いる。こういう、自分を主人公だと思ってる勘違いヒロインもどき。
ハーレムってさぁ、読んで楽しむもんで、実際にやるもんじゃなくねぇか?
・・・子どもの遊びにつきあってられねぇわ。
床にあぐらをかいていた俺は、両手で顔を覆って、これ見よがしに大きなため息を吐いた。
はぁぁー、これから、どうしよう。
俺は、中原優司。
四十五歳、バツイチ。
アラフィフって言ったら、同い年のパートさんに「アラフォーです!」って怒られた。四捨五入じゃないのか?
運送業界に入って四半世紀以上。今も現役のドライバーだ。
結論から言やぁ、飛び出してきた相手に過失があって、こっちが法定速度守ってたから――俺に刑事罰はつかねぇかもしれない。
けどな、それでも事情聴取は受けるし、トラックぶっ壊してりゃ会社の損害だ。
場合によっちゃクビだし、業界に名前回ったら再就職も苦労する。
「悪くない」って判定されても、仕事中の事故はな、心にも財布にも傷が残るんだよ!
「……で、何? 召喚のためにお前をひきそうになって、俺まで召喚されちまったってことか?」
「そうよ! 神様が『あなたの命を守った者に感謝なさい』って! そんなの聞いてない!」
こいつは何を嘆いているのだろう。一人が二人に増えて、何か不都合があるのか?
完全に巻き込まれ事故の俺に、詫びの一つもないとは・・・。
「ああ!? お前が勝手に飛び出してきたんだろ!?」
「私の異世界人生がああああ!!」 彼女は地面に突っ伏して泣き出した。
なんという理不尽な言いがかりだ。むしろこっちが泣きたいわ。
それに、俺は神様と「お話」なんかしていないぞ。
同時に召喚されるのに片方とだけ交渉するなんて、不公平じゃないか?
「で……俺は? 今からどうすりゃいいんだ?」
取りあえず、こいつ以外から話を聞かないと、状況が分からん。
召喚陣らしき円の上に座ったままの俺に、ひとりの神官っぽい男が近づいてきた。
タブレットのような石版をかざして、ふむふむと頷きながら読んでいるようだ。
「どうやら、勇者召喚の枠はこの方に移ったようですな」
しわがれた声ではっきりと宣言する。
―――少女の「嘘でしょぉぉー」という絶叫が響いた。
「待って!? 勇者って言った!? 無理だって、俺トラックの運転しかできないから!」
ほんと、マジで。自慢できるの、愛車と安全運転の腕だけだから。
「荷物を運ぶ勇者、というのも新しいかもしれませんね」
適当こと言うな!
じいさん神官はニマニマしてるけど、後ろにいる役人っぽい奴ら騒然としてるからな?
「フォローになってねぇよ!」
ひとしきり騒ぎが収まってから分かったことだが、俺は緑の髪で二十代後半から三十代前半の体に変わっていた。ああ、これはアラサーというやつだ。
少女がそのままの姿だったから、てっきり俺もそのまま召喚されたのかと思っていた。
鏡を差し出されて、マジびっくりしたわ。
髪の毛は深緑に染まり、目の色も薄くなっていた。平凡な日本人が、まあまあカッコいい感じに変身してる。
ああ、だから少女は「ずるい」と喚いていたのか。
状況を整理すると、一度死んだ俺は緑の髪の青年に転生して召喚され、生きていた少女はそのままの容姿で召喚された・・・ということね。
神殿で立ち上がりながら、俺は思った。 ――俺は死んだのか。
もう、元の世界には戻れねぇんだな、と。
召喚から三日。
俺はこの国の王様と謁見し、ステータスを測られ、「筋力S・耐久S・幸運E」という謎の診断を受けた。
幸運E・・・だからこんな世界に来たんじゃねぇの?
王は「素晴らしい能力だ」と笑顔で言ってきたが、剣や魔法は全く使えないと知ると、何やら急にテンションが下がった。
戦力外、期待外れで、どーも。っつーか、何やらせる気だったんだよ。
そして渡されたのは、馬車ではなく、木製のごつい荷車だった。
「・・・なぜ荷車・・・」
動力は俺の足、ですかね。地球に優しいエコロジー・・・? 再生可能なエネルギー?
「それでも私よりマシじゃない!」
例の少女――名は桜と言うらしい――は、俺の後ろで未練たっぷりに叫んだ。
「私、魔力F・魅力D・存在価値『召喚の媒介』って出たのよ!? どうしてこんな仕打ちなの!?」
「そりゃ、自分の命をゲームみたいに使おうとした罰じゃねぇの?」
悪い子には、お仕置きだべぇ。
「ぐ……正論だけど、むかつく……」
・・・こいつ、何がやりたかったんだ? 魔力があるなら、魔法を学べよ。
このときはまだ知らなかった。
道路が整備されず、モンスターがはびこる異世界で、荷物を無事に運ぶということがどれだけ難しく、危険なことなのか。
そして、この「スキル」が、世界の勢力図を変える可能性を秘めていることを。
桜はふてくされたままだ。自分が主人公じゃない世界なんて、想定外だったのだろう。
ご機嫌をとるように、王様が魔力で何ができるかを熱心に説明していた。
・・・やはり、魔王討伐だの隣国との戦争だのという単語が聞こえてくる。
それを横目で見ながら、俺は、心の底から思う。 ――戦うスキルではなくて、本当に良かった。
そしてもう一つ――
「俺の愛車はクラッシュしたのに、また荷物を運ぶことになるとはな……」
そのとき、老神官がにたりと笑った。 「運命とは、意外なところで繋がっているものですよ」
これは、俺――運送勇者・ユージが、再びハンドル(じゃなくて取っ手)を握る、ちょっと変わった異世界冒険の始まり・・・かもしれない。
舞台を今年(2025年)に設定したのは、構想を練る中で、道路交通法の改正や運送業界の規制緩和といった現実の動きが物語に関わってきたためです。もし事実誤認などありましたら、お手柔らかにご指摘いただければ幸いです。
トラックの描写など、一部の描写には生成AIを活用しています。表現上、不自然な点などあればお知らせいただけると助かります。
現代社会とリンクしつつもフィクションとして楽しんでいただけると嬉しいです。