真由子4
真由子ちゃん視点に戻ります。
「まゆこ・・まゆこ」
「やあっ・・」
「やっぱダメだあ!まゆこおおおおお!!!」
「きゃああああああ!」
ガン!と大きな音を立て、突然引き戸が叩きつけられるように開いたので私は思わず叫んだ。
よし兄にキスをされ理性を飛ばしていた私は、突然の大声で我に返った。慌てて声のした方をみると、なんと死んだと思っていた葛西が顔を血まみれにしたまま立っている。
「い、生き返った・・・?」
「違うから。死んでねーから。つうか俺もやばいけど、お前の兄貴はもっとやばいぞ!ずっと盗撮されていたんだお前!俺がこのまま黙っていたらお前そのストーカー兄貴のいいようにされちまう!そんなのやっぱ耐えられない!目ぇ覚ませ真由子!」
えっ?死んでなかったの?というか葛西は何を言ってるの?混乱するあまり何も言うことが出来ない。
「クソが、おとなしく死んでろよ。余計な事言うな、社会的に殺すぞ」
「よし兄なに言っているの?!」
「真由子の好きなヤツってこの兄貴だろ?ごめん、ショックだろうけど、この兄貴は変態だ。このタイミングで現れたのだって盗撮カメラみてたからだぞ!ほらこれ!」
そういって葛西はよし兄がくれたぬいぐるみを差し出す。破けたぬいぐるみのお腹からバッテリーのようなものが覗いていて、何故ぬいぐるみにそんなものがはいっているのかと思わず兄をみた。
兄はものすごく気まずい顔で、私の視線を逃れて横を向いたまま葛西に怒鳴る。
「うるさい!余計なこと言うなっていっただろが!もう少しだったのに邪魔しやがって!」
「よし兄ぃ!本当に何言ってるの?!盗撮ってどういうこと?!」
私が叫んだあたりでよし兄が葛西を殴り飛ばした。
「いってえ!俺けが人なんですけどお!へんたいこわい!助けて真由子!」
「自業自得だろうが!勝手に上り込みやがってお前こそ変態だろうが!」
「やめてえ!」
「うるせええええええええええ!」
突然ドアが開いて第三者の声が乱入してきた。
あまりに驚いたため、よし兄も葛西も私も固まってしまった。ドアの前にはお隣の住民が怒りの形相で私たちをにらんでいる。
「あっ・・お隣の・・・」
「なんなの?アンタんとこ常に修羅場なの?アパート全体に声響き渡ってるよまじで。・・なにこれ三角関係のもつれ?」
「ち、違います!兄です!あっちの血まみれは元彼ですけど。あの、ほんとすみません、もううるさくしませんので」
私がそう言うと、訝しげな顔をしながらも隣人さんは『次は本当に警察呼ぶからね』と言い残して帰って行った。よし兄も葛西も第三者の登場で頭が冷えたのかすっかりおとなしくなっている。
「・・・」
「・・・」
二人とも沈黙したまま動かないが、こうしていても仕方がないので私は二人に話しかける。
「えーと・・聞きたいことは山ほどあるけど、とりあえず葛西は病院行こうか」
私の言葉に逆らうことなく、二人は諾々と従ってきた。よし兄が車で来ているというので近くの救急病院に葛西を連れて行く。車内はもちろん全員無言。もうなんなのこの状況。
葛西の怪我は出血の割には軽傷だったようで、一針だけ縫って治療は終了だった。
帰り道、さすがにこのまま何事もなかったかのように帰ることはできないので、車から降りたところで二人に問いかける。
「葛西はなんで私の家にいたのよ?まさか合鍵をまだ持ってるとかじゃないでしょうね?そしてよし兄は盗撮しているってどういうこと?」
「ごめんなさい、まだ持ってました。未練がましいけど真由子が好きなんだ。俺変わるからもう一回やり直してほしい」
「おいなにどさくさに紛れて告白してんだ。真由子は俺の事が好きなんだからもうお前の出る幕ないんだよ。―――真由子!盗撮じゃないんだあれは。あれは・・防犯用の監視カメラ的なアレだ!」
真由子!と言いながらどんどん迫ってくる二人を見て、あれ?私なんでこいつら好きだったのかなと急激に冷めた。
浮気しておきながらいけしゃあしゃあと好きだと嘯く葛西も、ぬいぐるみに仕込んだカメラを盗撮じゃなく防犯カメラだとわけのわからない事を言う兄も、冷静になってみれば二人とも最低だなとしみじみ思った。
「・・・二人とも嫌い。もうどっちも最低」
「「まゆこおおおおお!!」」
叫ぶ二人を残して私は家に帰った。明日鍵屋さんを呼んで鍵換えてもらおう。あのぶんだとよし兄も合鍵を持っているかもしれない。
部屋にはいると、ラグには血がついているし、例のぬいぐるみは綿がはみ出た状態で床に転がっている。
さっきよし兄とキスをした事を思い出して複雑な気持ちになった。あんなに好きだと思っていたのに、今は夢から醒めたような気分だ。理想のお兄ちゃん像が崩れた生身の兄貴は変態ストーカーだった。
それでも好きだ!と言えないのだから、しょせん私の恋心なんて憧れにすぎなかったのかもしれない。
「・・・あの場でうっかりヤっちゃわなくて良かった・・そこだけは葛西に感謝だわ」
あの時、冷静さを失っていた私は流されるままによし兄と関係してしまったかもしれない。非日常に放り込まれると人間て正常な判断が出来なくなるんだな、いい勉強になったと思い、キスしてしまった事は人生の教訓にしようと決めた。耳なめられてアンアン言った事実は墓まで持っていく。
その日私はベッドの中で羞恥に悶えてじたばたしながら夜を明かした。
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それからどうなったかというと、なんとも不思議なことに葛西とよし兄がなぜかタッグを組んだようで、訪れるときは必ず二人でという訳のわからない状況になった。あの後どういう話し合いをしたんだお前ら。全く意味が分からない。
ちなみに今は二人で台所に立ち、夕飯の準備をしている。
「お前、じゃがいもは丸ごと茹でるだろ普通」
「うるせーな、色々こまけーんだよインテリストーカーは。なあ真由子」
「・・・二人とも仲好さそうでいいね」
「「よくない!!!」」
息ぴったりじゃん。もうこの二人で付き合ったらいいんじゃないかな。
ちなみに今日の夕飯のメニューは生姜焼きとポテサラらしい。なんなの?バカなの?誰に向けてのモテテクなの?
とはいえ、私もなんだかんだ言って二人一緒に来られるとなんとなく断りきれず家に上げているし、私もどうかしていると思う。
もう葛西とよし兄は私そっちのけで言い争いをしている。
呆れた思いで私は仲良くケンカする二人をぼんやりみていた。
・・・夕飯まだかな。
おわり
百年の恋も冷める時は一瞬だよね!というお話でしたー。
登場人物みんなどうかしてるな。きっと私がどうかしてるんだと思います。
最後まで読んでくださってありがとうございました!