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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
六章:一時休戦、初恋戦線
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微笑ましく、それはとても眩い

 二人でお茶を飲み始めたアンディさんとルナさんを置いて、私とセレスタイトさまは再び二階の書斎へと身を潜めた。会話はそれほど多くないけど、なんだかいい雰囲気だったから。

 物音を立てずに出てきたけれど、気づかれたかもしれない。

 一瞬、ルナさんが私の方をちらりと、見たような――気がしたので。

 でも何も言ってこなかったのは、きっとアンディさんと一緒にされるのが嫌じゃなかったからだろう。セレスタイトさまは、僕らこそ気を使われたかな、と言っているけど……。

 簡単なお茶とお茶菓子も持ち込んで、こちらも優雅にお茶のひととき。

 パイと比べると控えめな甘さを持つ焼き菓子の、香ばしさとサクサク感がたまらない。


「二人がうまくいきそうで、よかったですね」

「まぁ、これで僕らへの当たりが柔らかくなれば更によいのだけどね」

「それは……そう、ですけど」


 そういう期待をしなかったわけではないけど、果たして期待通りにいくのだろうか。

 柔らかい態度のアンディさん、というのはなかなか想像しがたい。初対面の頃からあんな感じだったのもあって、想像もできないというか……ルナさんに向けるそれとは違うと思うし。

 これはこれで怖いような、そんな気がする。


「ま、以前のように当たり散らしてくることはないさ。彼だって自分だけでは『今』がなかったことを認識できる頭は持っている。相応の礼儀は伴ってくれるだろう。僕が聞いているエルテ家の当主夫妻、つまりあの子の両親の噂が、真実で正しい内容であるならばね」

「噂、ですか?」

「あぁ。社交界でも有名な良き夫婦さ。よくある政略結婚だったそうだけど、彼が一人っ子であるのが不思議なくらいだとね。とはいえ魔術師は子どもに恵まれない傾向があるから、そう珍しいことでもないな。わからないのは、一般人な貴族どもだけさ」


 何でも、魔術師が保有する魔力の強さのせいで、子どもがお腹に宿る前に天へ還ってしまうことがあるらしい。自身に与えられる魔力に、生まれる前の子どもが耐えられないのだと。

 最近はそれを緩和するため、一時的に魔力を下げるお薬が開発されたらしい。

 ただ、それは本当にごく最近のことで、アンディさんが生まれた頃にはなかった。

 なのでアンディさんは一人っ子で、セレスタイトさまによると『最初は妹ができた感覚だったんじゃないかな』とのこと。そこからだんだん、好きになっていったのだろう、と。


「だけどアンディさまは、その……どうして、ルナさんを好きになったのでしょう」

「ヴィオレッタは、好きになるのに理由が必要って考える方?」

「そういうわけではなくて、ただ、身分も違いますし……私でも、彼の恋が万人に受け入れられるものではないということは知っています。貴族はそういうものだって、知っています」


 物語の中ではよくある、身分を乗り越えた恋愛。

 それは物語ゆえに成就して、祝福され、幸せになれる。

 でもいくら私でも、現実がそういう風になるとは思っていない。貴族という立ち位置の重さを私はよく知っている。主人公たちのように、簡単に捨ててしまえるほど軽くないことも。

 もし捨ててしまえるならきっと、お姉さまは率先して私に捨てさせただろう。

 お姉さまの心配事は、社交界では生きていけないだろう私のことだったはずだから。


「そうだね、確かにそうだ。いくらエルテ家の縁者が後見にいても、ルナの出自は貴族ではないからね。間違いなく反対されて、引き離されてしまうだろう」


 二人が結ばれようと、結ばれまいと。

 アンディさんが不器用にも育てている感情が、未来に繋がることは、きっと。


「それをわかっていて、その上で彼はできることをしようとしているだけさ」

「できること?」

「例えばエルテ家は魔術師の家系だ。ルナが優秀な魔術師になれば、その線から結婚を許される可能性もある。……これがノア家なら、もっと楽だっただろうけどね」


 貴族はだから面倒だ。

 セレスタイトさまはそう言って。


「だからといって諦めてしまえるほど、あの子は大人じゃない。できる限りのことで、彼女と生きる未来を手に入れようとあがいている。……眩しいねぇ、若いっていうのはいいことだ」

「……セレスタイトさまも、まだお若いですよね?」


 たしか、お姉さまと変わらないくらいだったはず。

 二十二歳、だったかしら。確かにもう子どもという年齢はとうに通りすぎているけど、どう考えても若さを羨むほど高齢ではない。まだまだ若くて、羨まれる側の人だと思う。

 でもセレスタイトさまはもう若くないと言って、肩を揺らして笑っている。


「僕だったら、彼みたいな行動にはもう出れないよ。現実が見えきっているからね。その愛を貫いた先に何もないとわかっていて、そこで諦めてしまうのが『大人』なんだ。僅かな可能性を寄る辺に歩き続けられるのは、きっと若さの証拠なのだろう。……僕には、もう無理だ」

「セレスタイトさま……?」

「ヴィオレッタは『諦め』を覚えてはいけないよ。時にそれは肝心と言うけれど、どうか何かをやむなく諦める時は、正しくそれを諦められるように……こんな諦観を知らないように」


 僕はもう手遅れだから。

 もう、骨の髄までそれを思い知ってしまったから。


 笑って、泣くような顔で、セレスタイトさまはお茶を飲み干す。

 その姿に、その横顔に手を伸ばそうとして、だけど私はそれをしなかった。

 私は彼の何も知らない。どうしてそんな顔で笑うのか、彼が何を諦めたのか。私は、それらを知らないのだから。知らない人の慰めなんて、ただ苦しくて、重いだけなのだから……。

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