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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
六章:一時休戦、初恋戦線
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ほろ苦あっぷるぱい

「さて、そろそろいいかな」


 リビングでお茶を飲んでいた時だった。

 セレスタイトさまが手に分厚いミトンを装着して、ゆっくりと立ち上がる。そして外していたエプロンを歩きながら付け直して、青い姿は壁の向こうへと消えた。


「……あ、アンディさん!」

「わかってる!」


 一瞬ぽかんとした私たちは、慌てて立ち上がって後を追いかけた。

 不揃いな厚みになったりんごと格闘し、生地を敷いた器に盛り付けささやかな装飾を施した後にオーブンへと入れてから、すでに結構な時間が流れた。

 気づけばほんのりと甘い香りが漂い、キッチンに近づくほどそれは強くなる。

 私はセレスタイトさまの横から、彼が覗き込んでいるオーブンを見つめた。そこには私がよく見知ったパイが、つややかな焦げ色を晒している。

 ほわほわとしたりんごとバターの甘い香りが、一気に食欲をかきたてた。


「ね、簡単だろう?」


 りんごを切って、少し火を通して。

 それをパイ生地を敷いた器に並べて、余った生地を細く切り格子状に乗せるだけ。

 ざっくり言うと、そんな作業だけをこなしたと思う。

 でも、簡単だろう、と言われたらそっと首を横に振りたくなった。私、しばらくはスープとかの焼くだけ煮るだけの料理で練習したい。こういうのは、まだ早すぎたと思う。

 まずは包丁をちゃんと使えなきゃ……。


「ちょっと焦がしちゃったけどまぁ許容範囲かな。あとは適当な大きさに切り分けて、お皿に乗せて……トッピングはないし、ひとまずはこれで完成だよ」

「こ、こんな感じでいいのか」

「貴族令嬢相手ならお話にならないだろうけど、ルナなら逆にこれくらい素朴で普通な方が食べやすいんじゃないかな。どうせ高級なお店に誘って断られたり半泣きにさせただろう」

「……」


 どちらかに覚えがあるのか、アンディさんは黙って目をそらした。

 そういえばダンスの練習がどうとか言っていたし、アンディさんって、もしかして本人が気づかないところで外堀をせっせと埋めているのかしら。だとしたら意外と策士、なのかも。

 だけどルナさんにはあまり伝わっていないし、前途は多難の様子。

 私からすると、いきなり知らない世界に連れ込まれたらとても困惑するから、心と身体が慣れるまでは、どうかゆっくりやってほしいと思うかもしれない。

 例えば今すぐ夜会に引っ張りだされたら、緊張で倒れてしまうかも。

 ……本当に、私は貴族らしからぬ生活をしていたと、思う。

 もう貴族ではないし、関係ないけれど。


 さて、作ったら次は食べて味を確認しなければ。

 パイ生地はセレスタイトさまお手製だし、味に問題はないと思う。

 それにパイ料理の場合、大事なのはやはり中身。しかしその中身を担当したのは、この通り料理に不慣れな私と、おそらく飲み物を用意するくらいしかしたことがないアンディさん。

 切り分けた断面は問題ないように見える。

 ……あ、でもやっぱり厚みがバラバラでちょっと見栄えがよくないかも。

 食べてしまえば同じだけど、うぅん。

 やっぱり料理は難しい。見えないところも気を使わなければ、おいしくならない。次にこういうものを作る時は、今回の経験をちゃんと活かして、より上手にやらなければ。


「それじゃ、初めての甘味、いただこうか」

「はい、いただきます」


 さく、と音を立ててフォークを入れる。

 うっかり崩れないように気をつけながら、一口分を切り出した。

 断面をまたしばらく眺めてから、口の中へ。

 よく噛んで、よく味わって、私は息を吐いた。


「……おいしい、です」


 デザートで食べる生のりんごとは、また違った味がした。

 ううん、噛めば確かにりんごの味を感じることができるけれど、火を通したことでなんだか違う果物のような風味になっている。できるだけ薄く切って、火も通ったのにどこかまだしゃくしゃくしているように思う不思議な食感は、生地のサクサク感と合う感じがした。

 少しだけ酸味があるのは、そういうりんごだったからなのかしら。

 だけどそれ以上に甘みがすごい。

 でも生地に少し塩気があるのでちょうどいいかも。


「これ、ミートパイ用にって作っておいた生地だから、ちょっとサクサク感や甘みが足りないかもしれないね。甘味を作るならもっとこう、それに合うように作っておいたんだけど」

「私にはこれくらいでもちょうどいいですよ」

「そう? ならよかった」


 だけど今夜の食事はメニュー変えないとな、と考えこむ。

 確かにこのあとパイ料理というのは、少し困るというかお腹に入らない可能性を感じてしまうというか。私の思いつきのせいで、思わぬ影響が出てしまったらしい。

 手伝い、がんばろう。


「生地も、あれこれ変えなければいけないのか」

「こだわるなら、ね。でも今の君なら、それほど気にすることではないと思うよ。それよりも気にするべきは具材――今回ならりんごについては、それなりに考慮するといいかな」

「考慮……?」

「使うりんごの種類によって、仕上がりや味も変わる。流石に食えればいい派の僕ではそこまで細かいところを教えられないから、それこそプロに意見を聞くといいんじゃないかな」

「……そう、か」

「せいぜい頑張るといい。人間、胃袋を掴まれるとお手上げなんだから」


 ねぇ、とセレスタイトさまが私を見る。

 ……知りません。

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