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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
五章:赤い毛糸玉現象
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パシり、パシられ、パシる

「よぉ、新婚夫婦」


 不意に聞こえた声。

 勝手知ったる自分の家、という態度で現れたのはクゥリだった。

 実に数日ぶりに姿を見せた彼に、ヴィオレッタは笑顔を花開かせる。体調の悪化などを心配していたのだろうと、その表情からありありと伝わった。

 自分が病弱なせいなのか、病、というものにヴィオレッタはひどく敏感である。

 そこで事故や事件を連想しないあたり、病への恐怖心の強さが滲んでいた。


「クゥリさま、お久しぶりです」

「お嬢さんも元気そうで何よりだ」

「はい、いろいろありますけれど、私もセレスタイトさまも元気です」


 お茶を淹れてきますね、とヴィオレッタは立ち上がり、リビングを出て行く。

 お湯から沸かさなければいけないだろうから、すぐには戻ってこない。

 駆けていく背中を見送ったクゥリは、当然のようにセレスタイトの前に座ると懐から手のひらに乗るほどの袋を取り出した。小さい皮を縫い合わせただけの、簡素な作りの袋だ。

 頼まれものだ、と差し出されたそれをセレスタイトは受け取ると、紐を結わえて閉じられた口を軽く開いて中身を確かめる。少し目を細めると、再び結び直して自分の懐へ入れた。

 それから彼は、薄く苦笑を浮かべ。


「うまい具合に結界にトラップ仕込んでたようだね、あの子」

「流石にエルテ家が関係しているとは思わず、ついつい油断しちまった」

「そうだね、僕もエルテ家の関係者については、無意識に可能性から排除していた。これは僕のミスでもあるから、気にしないで。これはこれで少しはやりやすくなったから」

「そうかい」


 前向きだねぇ、とクゥリは言う。

 間近で監視されている状況で、何がどうやりやすいのかはクゥリにはわからない。

 ただ、アンディに呼びだされた時にも思ったが、彼は典型的な貴族のお坊ちゃまで、セレスタイトなら手のひらで転がすように扱えるお子様なのはわかっている。

 そういう意味では、確かに目の届くところにいる方が『やりやすい』だろう。

 もっとも、そんなセリフをこの状況で吐けるのは、セレスタイトくらいだろうが。

 自分ならそもそも、前提状況の時点で何も考えられない、とクゥリは思う。たった100日でできることなど、あったとしても手を付けるかどうか。そこで何の躊躇いもなく実行に移しつつあるこの男、友人を、今ほど恐ろしく感じたことはなかっただろう。

 まぁ、常から『こいつ頭おかしい』とは思っていたが、比較的いい意味で。


「一応エメレにも話を通したから、近いうちになんやかんやあるかもな」

「どうだろうね。エルテ家が長く有言実行している『絶対中立』には、一族内でもいろいろ思うところがあるようだし、これを気に政局を引っ掻き回す側にまわるかもしれないよ?」

「ほぉ……」

「連中は、貴族でもない魔術師の一族――まぁ、ノア家のことだけど、そこが表立って政を手を変え品を変え、裏から表から、あれこれ動かしているのを『羨ましい』と思っている」

「貴族だからこそできることだから、ってか」

「そう。でも魔術師の一族にとって、本家並びに当主、中枢が出した方針は、たとえ国の法に反しても『絶対遵守』すべきもの。魔術師にとって家名とは、それだけの価値がある」

「……魔術師は、ある程度なら『家の名前』で食えるもんな」


 例えば有名な一族の出身と言われれば、そしてそれが証明されれば、本人のあれこれは度外視されることも多い。見目の特異さもあって、魔術師とは人とは違うものである、という世間一般の認識も幸いしたのか災いしたのか、セレスタイト程度の奇人では何の問題もない。

 流石に犯罪的な主義主張をすればその限りではないが、魔術師としては平均的な思考の持ち主であれば、名家の名前を持つことは一生どころか末代までの糧になるとされる。

 もちろん城で働く、となれば実技の方も求められはするが。


 ともかく、魔術師にとっては家名とは何よりも大事なものなのだ。多少不満があっても、家名の前なら迷いなく膝をつき頭を垂れるものが少なくないくらいには。

 そうやって『管理』と『運営』がなされてきたのが名門であり、その筆頭が話題にも上がっているエルテ家である。かの一族が政に必要以上に関わらないのも、一族を守るためだ。

 政争には常に勝者があり、敗者がある。

 歴史を紐解けばどんでん返しなどそう珍しいものではなく、確実に勝てるとは限らない争いに首を突っ込んで一族の栄光を潰すより、勝者となった誉を彼らはリスクとして捨てたのだ。

 例えるなら蝋燭の灯ではなく、常にある太陽がエルテ家の欲するものなのだろう。


「お前は基本的に、家名の類には興味ないよな、昔から」

「だって養子だしね、ノア家に飼われてなければクゥリとそう変わらない立ち位置だったさ」

「つまり?」

「上にパシられる有象無象の働き蟻」

「言うねぇ……」

「でしょ? まぁ、それを言えば『国王以外』はみんな、いてもいなくても変わらない存在だけどね。少なくとも上にいる連中にとっては。だからあんなことを言い出した王子さえ、それを支持し庇護するものがいる。例えば国王夫妻だとか……ミオリアだって、そうさ」


 ミオリアさまね、とクゥリはつぶやく。

 クゥリは、セレスタイトのすべてを知っているわけではない。例えば王子やミオリアとの関係についても、幼なじみであるということしかわからない。三者がとても仲の良い幼少期を過ごしたのだろうことだけを、セレスタイトの口ぶりからうっすらと感じ取るくらいである。

 だからこそ、クゥリを含めは周囲はわからないのだ。

 王子フレンディールが突然見ず知らずの少女を祭り上げたこと、その元婚約者ミオリアが故郷に残している妹を顧みないような糾弾に出たこと。残されたその妹ヴィオレッタを、今こうしてここに縛り付けていること。あぁ、特に三番目が一番理解できない。

 思えば、彼ら三人の『やったこと』には、何から何まで謎しかなかった。


「お前は、俺たちの知らないミオリアさまの何を知っちまったんだろうな」

「秘密」


 幼なじみの特権さ、とセレスタイトは笑う。

 こういう時、腹の底ではまた違った感想を抱え込んでいるということ。それを例え看破された上に指摘されたとしても、このセレスタイトは口を割らないということを。

 クゥリは、よく知っていた。

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