塩対応
私にとってアンディさんは、苦手というか怖い人だ。
ルナさんがいると気を使うのか、あまり強く言ってこないけれど、彼女がいない時は本当に怖い。先生みたいだと思う。何をしてもダメなところを指摘してくる感じで、怖い。
だけど私が間違っているのだから、あまり反論できないのも事実だった。
例えば二人が来てしばらくした頃に、私は寝坊してしまった。前日、ちょっと張り切って読書していたら、ついつい夜更かししてしまったからだ。
慌てて一階に降りて行くと、すでにお茶は用意されていた。
用意したのはルナさんで、私にできるのは飲み終わった後の洗い物くらい。いや、それこそ私の仕事だと張り切ろうとしたら、ルナさんは当然のようにカップを回収して去ってしまう。
最初から私に仕事をさせる気のない動きに、私は何もできなかった。
『ルナはお前の召使ではないぞ』
そこに飛んできたのが、アンディさんのこの一言。
読んでいた本にしおりをはさみつつ、彼は私をじろりと睨みつける。
『仮にも貴様はここの家主の妻だろう。そして僕とルナは客人だ、わかるか』
『はい……』
『客人に茶を用意させるとは、随分とお高く止まった奥方だな』
『も、申し訳ありません……』
頭を下げている間、アンディさんは延々とあれこれ苦言を漏らした。
やれ態度が悪い、やれもっとキビキビ動けないのか。料理も作れないのか、魔術もまともに使えないのか、家の掃除くらい自分で何とかできないのか、その他諸々。
それぞれ、大なり小なり気にしていることだったので心にグサグサ刺さる。
料理はゆっくりできつつあるけれど、魔術は全然。魔力を使う、ということは何とか人並みにこなせるようになってきたけれど、それを魔術にすることだけがうまくできていない。
なので魔術で動かす掃除用具はぴくりとも動かず、セレスタイトさまに任せっぱなしだ。
できることとできないことの明暗が分かれ始めた今日このごろ、アンディさんの、他の人では絶対に言ってくれない苦言は、わかっていてもやはり耳にも心にも痛く響くものだった。
朝からの説教に耐えた私は、そのままリビングのソファーに沈む。
『朝からお疲れ様』
そこにやってきたのはセレスタイトさま。
彼は私の横に腰掛けると、ぽんぽんと叩くように頭を撫でてくる。
『あまり気にしなくていいよ、あれは彼女がやりたくでやったんだから』
『だけど』
そうは言っても、お茶の準備は、お湯をわかすところから淹れるところまで、最初から最後まで私一人でできる数少ない家事だった。むしろ、私でもできる、と言ってもいいと思う。
それをこなせないなんて、しかも夜更かししたせいで、と思うと気分は沈んだ。
それじゃあ、と私の様子を見ていたセレスタイトさまが笑う。
『申し訳ないと思うなら、謝るより相手が好きなことをすればいいんじゃないかな』
『ルナさんが、好きな……?』
『好きなものを作るとか、好きなことを一緒にやるとか。ルナが何を好むのかは、流石に本人に聞かないとわからないけどね。でも謝られるより相手も嬉しいし、いい方法だと思うよ』
大丈夫だよ、と微笑む姿に、私の表情も緩んでしまった。
あの時、私はその言葉にとても救われた気持ちになった。
あたしは妹さまと一緒ならそれでいいです、と言われた時は、複雑だったけれど。
なぜなら、ルナさんと一緒にいるとなんだかこう、アンディさんの雰囲気というか、言い方がかなりきつく聞こえてしまうから。普段から厳しい彼が、その時は数割増しで厳しくなる。
理由はわからないけれど彼はお姉さまを嫌っているようだから、妹の私が、妹弟子のルナさんと一緒にいるのが気に入らないのかもしれない。
無理やり引き離そうとしないのは、ほかならぬルナさんがここに居たがっているから、なのだろうか。アンディさんはあれこれ口に出すのに、妙にルナさんに対しては甘い感じがする。
兄が妹を甘やかす感じ、というか……。
「甘い、とは違うと思うけどね」
城へ報告に向かった二人がいない、昼過ぎのリビング。
私が淹れたお茶を啜り、セレスタイトさまは言う。
「ある意味では『甘い』とは思うけど、単にアンディ・エルテがヘタレなだけだよ」
「へたれ?」
「いざという時、急に逃げ腰になる感じの人かな。ルナにあれこれ口を出すくせに、いざ彼女からそれを嫌がるような素振りが変えると、急にしゅーんとなって何も言えなくなる感じ」
「……すごくアンディさん、ですね」
今朝の『ワンピース事件』もそう。
なんで、と言われた瞬間、あれだけきつい言い方をしていたのが消えてしまった。ルナさんが自分の提案を受け入れない、とわかった瞬間、彼の主張が消えてしまったようにも思う。
私はそれを『甘い』と思ったのだけれど、セレスタイトさまは違うらしい。
「ま、放っといていいと思うよ」
「そうでしょうか……」
「ああいうことは当事者が自覚するか、主張しないとね」
僕らが言っても意味ない、と呆れたように言うセレスタイトさま。
私にはわからない、少し難しい話。だけど彼が放置しても平気というなら、もう少し様子を見ても問題ないのだと思う。実際、揉め事などにはなっていないわけなのだから。
ただ、私への言い方ももう少しこう、柔らかくしてくれたらいいのに……。




