セルゼルノ、降臨。
「雷? 雷神?」
「否、断じて否! 我名はセルゼルノ! この新世界の神となりし者なりっ!!」
「――――は?」
セルゼルノは辺りを見回し他に誰もいないことを確認すると、少女に詰め寄り声を潜めた。
「だから、神なんだって。この世界の」
「……あんたが?」
少女は不審がるように目を細め、身を引く。
「そう、俺が」
言って、セルゼルノは胸に手を当て恰好つけて見せる。
「ごめんなさい私、宗教とか興味ないんで……」
「いや新手の勧誘じゃねぇよ」
言いながら、踵を返して去ろうとする少女の襟を掴む。
「ちょっと、放してよ」
それを振り払うと、少女は面倒臭そうに向き直り、セルゼルノの目を正面から見据えた。
「警察呼ぶわよ」
「え? ……それは、困るな」
あらぬ言葉が口を突いて出てしまい、セルゼルノは気を取り直すように頭を振った。
「あ、いやだから、俺は神なんだって」
「……」
「お前、じゃなかった御主。信じておらぬな? 今『頭大丈夫かなコイツ』と思っただろう」
「え? なんでわかっ……あっいや、その……なんでもないっす」
「まぁ良かれよ。それより、この世界の歴史を記す書物を持っておらんか?」
「歴史を記す書物? ――――さっきから何言ってんの」
訝しみながらも、少女はなぜか賽銭箱の前に落ちていたカバンを拾い上げチャックを開ける。
「……もしかして、これのこと?」
かかってきた髪を耳にかけ、まさかなと思いつつも、カバンから歴史の教科書を取り出し、セルゼルノに見せた。
「ん? ちと見せろ」
「あんた、さっきから何か言葉変じゃない? ……まぁ、見せるのは別にいいんだけどさ」
言って、少女は歴史の教科書を差し出す。
「えぇっと……これ、なのか……ん?」
「どうかした?」
「あの、こういうんじゃなくてもっとこう、紙の束にびっしり文字が書いてあるような奴ない?」
文書にあまり馴染みのないセルゼルノにとって、この教科書は〝本〟であり、〝書物〟とはやや異なるものなのであった。例えるなら腕時計と置時計くらいの差だ。
「口調の方は諦めたんだ……」
「ん?」
「……何でもない。それで、えぇっと、紙の束だっけ? ……メンドくさいな」
少女は肩にかけたカバンをガバリと開くと、手探りで中をまさぐる。しかしなかなか見つからず、一旦地面に置いて、両手を使って本格的に探し始めた。
「あったか?」
「ちょっと待って!」
急かされて、少女は焦り出す。突如現れた謎の外国人風の美青年を逃すまいと。
『ここで諦めたら、もう二度と会えないかもしれない!』
そんな気持ちが自らをはやしたて、返って探すのを手間取らせる。
『私は玉の輿になるんだ!』
この少女にはなぜか、イケメン外国人=金持ちという謎な偏見があった。
今の彼女にはもはや大豪邸の庭で四六時中はしゃぎまわっている光景しか頭になく、そばで所在無さげに小石を蹴っているセルゼルノなどまるで目に入っていなかった。
時折手元さえ危うい。
「なぁ、まだかぁ」
セルゼルノが退屈そうにぼやくが、少女はまだ名前さえ知らないというのにご都合主義展開からの〝ザ・眩しすぎる未来〟に想いを馳せ、まるで聞いていない。
「ま、これでもいっか。ちょっと借りてくぞ」
痺れを切らしたセルゼルノは、言うが早いか地面を強く蹴り上げ天高く飛翔した。
それは悦子がやっとの思いで探し出したノートを取り出し顔を上げたのとほぼ同時であった。
「え!? ちょっ、ちょっとぉー! 困るんだけど――――!!」
悦子がそう叫んだのは、セルゼルノが、空の彼方へと消えた後だった。




