第四十八太陽系(4)
<誘導ビーコン補足。進路修正、L0.2、⊿Rv、0.3、Σ4.2>
<タグボート誘導、減速準備>
<了解。各タグボート推進器停止>
<T-12番、遅れているぞ。反転急げ>
<オーライ、オーライ。進路そのまま。減速準備>
<了解、各タグボート逆噴射準備。ベクトル反転時の衝撃に備え>
今、ギャラクシー77は、第四十八太陽系の第四惑星と公転軌道を共有する、大型ドックへの繋留作業を行っているところだ。宇宙船のドックと言っても、巨大構造物であるギャラクシー77を覆えるはずもなく、クレーンや工作機械が取り付けられたレール設備が三本長く伸びていて、その端に工場区と資材区が接続された、一見バラックのような設備だった。
だが、ギャラクシー77の巨大な船体を取り込むには、その大きさでもギリギリであった。当然、繋留操作も慎重に行わなければならない。
<コントロールより、ギャラクシー77へ。繋留最終段階に入る。制動時のショックに備えたし>
「こちら、ギャラクシー77。了解」
「機関室、ブリッジ。突発的な衝撃を補正するための、推進器起動に備えよ」
<こちら機関室、了解。補助推進器、内圧臨界。いつでも起動よろし>
「船外作業員は、繋留ワイヤーの固定準備。誘導を開始」
<こちらコントロール。ドッキング、十秒前。各員、衝撃に備え。五、四、三、二、一、ドッキング>
ガクンと衝撃が走り、船体は、ドック構造物に接続された。
<相対速度、ゼロポイントまで減速。……違うちがう。ベクトル反転じゃない。まだ、合ってないぞ>
<こちらコントロール。歪は後で調整する。兎に角、ドッキング位置で固定だ>
<船外作業員は、船体固定作業に入れ>
<えー、未だふらついてるぞ。いいのか?>
<構わんから、ドッキングアーム出せ。衝撃吸収ダンパー、最大出力でホールド>
<3番アーム、ハイドロ来てないそ。油圧くらい調整しとけよ>
<ユーティリティーケーブル、コンジット。電源ケーブルは電圧と極性に注意せよ>
<機関室、補助動力停止準備。緊急補助バルブ、ドックとのコンジット急げ>
「ギャラクシー77、情報伝達ネットワーク、ドックと有線接続。プロトコル、銀河標準仕様C規格」
<ネットワーク、接続。銀河標準C規格、レイヤー3、ネゴシエーション。……オンライン>
「補修データを、ドックのネットワークに同期。マスターファイル、バックアップ」
<こちらコントロール、ネットワーク構築完了。PINコード、“0036128572”にて接続されたし。アドレス確認。IP発行。初期登録のため、アドミンでログインせよ>
<こちら、機械室。アドミンでログインされたし。作業IDの登録開始。終了後に再起動>
<了解。セグメント、30~192で、IP発行。参加ドメインは“GRMENTEST”>
「コントロール、ブリッジ。了解。システム同期。これより、資材リストを送る」
「作業員、工作機械の受け入れ準備、急げ。測定器の搬入を優先する」
<補修作業員、第三分隊から七分隊は、ドック第七会議室でブリーフィングを行う。繰り返す、第三分隊から七分隊は、ドック第七会議室でブリーフィングを行う。もれなく出席のこと>
「各作業長は、安全管理部とミーティング。スケジュール確認せよ……
ブリッジとドックの中央制御室とは、補修開始のための準備で慌ただしかった。
その頻繁な通信は、操船室でもモニタ出来たが、茉莉香にはその意味がさっぱり分からなかった。
「あ~あ。もう、ドッキングは終わったし、船は停止しているのに、未だ開放されないのかなぁ。暇だぁー」
<ブリッジ、機関室。補助推進器、シャットダウン開始。内圧低下。シリンダー温度1200Kから350Kへ>
<機関室、ブリッジ。そのまま、シャットダウンを続行せよ。機関冷却後、オーバーホールに入る>
<こちら機関室、了解>
「あ、機関室、今、忙しいんだ。あたしも、ESPエンジンが動いている間は、ここを離れられないし。と言っても、もうやることないんだよな。……まだ、帰れないのかなぁ」
茉莉香は、時間を持て余していた。そんな時、通信が入った。
<パイロット、ブリッジ。ESPエンジン、メンテナンスモードへ移行されたし。主機関の管理権限を機関室へ移譲せよ>
「ああ、っと。ブリッジ、パイロット。了解。ESPエンジン、メンテナンスモードへ移行開始。権限を機関室に移します」
<パイロット、機関室。受け取った。これ以降の主機関の保守を、機関部主導で行う>
「機関室、パイロット。了解しました」
<パイロット、ブリッジ。操船室は、補修のために一時閉鎖する。データバックアップの後、システムをシャットダウンせよ>
「ブリッジ、パイロット。了解しました。これより、バックアップ開始します。……ふぅ、やっと終わる」
茉莉香は、コンソールを操作しながら、愚痴をこぼしていた。このところ、ずっと残業続きで、シャワーもろくに浴びていないのだ。
「先輩はここで寝泊まりしていたって聞いてたけど、これじゃぁしょうがないわね。それで、シャワーとか台所とか、生活設備が完備してあったんだ。あたしも、家に帰るより、ここで泊まることの方が多いし……。何だかなぁ」
そうするうちに、バックアップが終了したようだ。茉莉香は、分厚いマニュアルを見ながら、おっかなびっくりで、コンソールを操作していた。
「ええーっと、まず、ESPエンジンの管理サイトからログオフして、メインの操船システムとモニタプログラムを停止。それで、操船室の管理システムにsuで入り直して……それからぁー、……あっ、あっ、何! このメッセージ。えっとー、えっとー、……ああ、なあーんだ。これは、[次へ]で、いいのか。ふぅ。えーと、イメージを保存しますか……って、わっかんないぃ。もう、やだぁ」
茉莉香が大急ぎでページをめくっていると、あるページでピタっと手が止まった。そこには問題の解決方法が、ズバリ書かれてあった。
「あれ、なんで? ……これって、先輩の記憶だぁ。そうかぁ、あたしが生きてる限り、先輩はあたしの中で生きてるんだね。そっかぁ。そうなんだ。先輩、あたし、頑張るよ。頑張って皆を守るよ。船の皆も、移民も、それからESPエンジンも」
茉莉香は思わず涙ぐむと、そう呟いて、作業を続けた。
「よし、デバイスのアンマウント完了! システムシャットダウン」
茉莉香が、コンソールに最後のコマンドを打ち込み、[ENTER]キーを押す。しばらくしてコンソールのパイロットランプがチカチカして、全モニターが暗くなった。これで、シャットダウン完了である。
「おっしまぁーい。よっと、もう帰れるかな」
茉莉香は、パイロットシートから飛び降りると、薄暗くなった操船室を見渡した。全てのシステムが機能停止した操船室は、この間の戦闘で破壊された部分もあって、廃墟の中のようであった。
茉莉香は、思わず両肩を抱くと、ブルっと身震いした。
「さむ。エアコンも切れたのぉ? ちょっとぉ、マジで怖いんだけど」
ちょうどそのタイミングで、茉莉香の多機能端末が、着信の報を告げた。チャイムの音色と振動が茉莉香の膝に伝わる。
「ああ、びっくりしたぁ。着信だ。えーと、機械室から、って何? はい、橘です。……ああ、整備の人ですか。……はい。はい。これから来てくれるんですね。……ええ、ええ。そこで作業を引き継げばいいんですね。……はい、はい、分かりました。システムはシャットダウンしましたので。……ええっと、ユーティリティーはそのままです。……はい、ええ。そのままでいいんですね。分かりました。待ってまーす。……はい、お願いします。それでは失礼します。……ふぅ。やっと修理の人が来てくれるよ。さて、交代できるまでに、荷物まとめとこっと」
そうして、茉莉香は、着替えや食品なんかを、レジ袋と紙袋に突っ込み始めた。
「ああ、このゴミどうしようかな。持って帰った方がいいのかなぁ。……もういいや、整備の人に聞こうっと」
結局、ゴミの方は大雑把に分別して、ポリの袋に突っ込むことにした。女の子として、褒められるような状態ではなかったが、茉莉香は気にしなかった。それよりも、お風呂に入りたかった。
「うー、痒いぃ。パンツのゴムでかぶれちゃったよう。帰ったらお母さんに見てもらおう。ててて、腰も痛ぁい。腰揉んで貰わないと。って、あたしはオバアチャンか。先輩が安楽椅子に座ってた意味が分かったよう。この仕事、腰にくるぅ」
新人パイロットは、腰を叩きながら荷物を出入り口の近くに運び始めた。
これで、終わりだ。終わったら、お家へ帰れる。
彼女は、今、それだけを考えていた。やはり、正規パイロットの仕事は、十六歳の少女には厳しいのである。
「そうだ、お母さんに電話しとこう。えっとぉ、ピッピッピッと。……あ、お母さん、茉莉香だよ」
<茉莉香? 茉莉香なの。大丈夫? 困ったことになってない? もう、三日も帰ってこないから、心配で心配で。メールくらいよこしなさいよね>
母は、電話口に出ると、開口一番にそう言った。
「ご、ゴメンね、お母さん。すんごく忙しくって。でも、やっと仕事が終わりそうだから。引き継ぎが終わったら、すぐに帰るね」
<今日は、帰ってくるのね。分かったわ。何か美味しいものを作っておきましょう>
「ありがとう、お母さん。操船室は、今から修理をするんだって。だから、パイロットのお仕事も、しばらくはお休みなんだよ」
<そうなの。それなら、お部屋の片付けが出来るわね。あんたの部屋、すっごく散らかってるから。もう、手もつけられないくらい。お休みの間に片付けますよ>
「え、ええ! 折角のお休みなんだから、ゆっくりしたぁい」
<いけません。取り敢えず、ベッドの上から片付けないと、寝るところが無いわよ>
「分かりましたよっ。明日になったら片付けるから、今夜は勘弁してぇ」
茉莉香が情けない声を出すと、母は、
<もう、仕方が無いわねぇ。じゃぁ、今夜はお母さんと一緒に寝ましょう。それで良いですね?>
と、提案した。口調が少し明るい。もしかしたら、母娘で眠るのもまんざらではないのかも知れない。
「やった、久し振りだね、一緒に寝るのって。あっと、お母さん、お風呂沸かしといて。ここ数日、シャワーもちゃんと出来なかったから……」
<茉莉香、あなたは女の子なのに、何をやってるんですか。もう、ズボラなんだから>
「違うよ。水道がちょっと壊れてたの。海賊が来て、大暴れしたから」
<あ、そうだったわね。ごめんなさい、怪我とか大丈夫?>
「うん。大丈夫。コーンは大怪我しちゃったけど……。うん、もう大丈夫。茉莉香は元気だよ。交代の人が来たら、すぐ帰るからね」
<はいはい、待ってますよ。気をつけて帰って来なさい>
「分かりました。……っと、通話終了。んー、つっかれたぁ。交代の人、未だかなぁ」
茉莉香は、時間を持て余しながら、操船室の中で独りポツネンとしていた。
取り敢えずの危機を乗り切ることが出来たギャラクシー77だったが、今後検討しないとならない課題は山積みである。
茉莉香のパイロットとしての仕事は、未だまだ始まったばかりだった。




