第四十八太陽系(5)
ギャラクシー77が、第四十八太陽系に到着して三日目。船体の点検も終わり、本格的な修理に入ろうとしていた。
「茉莉香、こら茉莉香。起きなさい。もう朝よ」
微睡みの中、茉莉香は身体を揺さぶられていた。
「う~ん、未だ眠いよう。眠らせてぇ」
半覚醒状態で、茉莉香は、抗おうとしていた。
「駄目です。お休みと言っても、ちゃんと起きて朝ごはんを食べないといけません」
母──由梨香は、容赦が無かった。寝ている茉莉香の布団を強引に引っぺがす。
「うわ! 何するのよ、お母さん。寒いよ」
「寒くありません。船の中は、適温になるように制御されています。それより起きなさい。起きないと、朝ごはん抜きになるわよ」
「う~、いいよぉ、それで。今は未だ寝たいの」
茉莉香はそう言って、枕を抱きかかえた。頭はボサボサ、上はタンクトップ一枚、下はショーツだけの茉莉香は、どこからどう見ても可愛いとは言えそうになかった。
その上、部屋の中は散らかり放題。あちこちに、お菓子の箱や、服、雑誌の類が放りっぱなしになっている。
「取り敢えず、その頭をどうにかしなさい。早くシャワーを浴びて。お母さんは、その間に朝ごはんを用意しますから」
由梨香はそう言うと、茉莉香の手を取って、ベッドの上から引きずり降ろした。
「ふわ~あ、眠い~い。もっと寝かせてぇ」
まだ愚痴をこぼしている茉莉香を、母は窘めた。
「昨夜、遅くまで起きているからです」
それに対し、茉莉香は反論した。
「パイロットのマニュアルを読んでたの。難しいんだから、この仕事」
「お昼の間は、ずっとゲームしてたじゃない。言い訳は聞きません」
「お母さん、横暴」
「横暴で構いません。とにかく、シャワーを浴びてきなさい」
茉莉香は、まだ不満そうな顔をしていたが、母には敵わない。仕方なく、彼女はバスルームに消えた。
「もう、本当にしようがない娘なんだから。一体誰に似たのかしら」
由梨香は、一人、首をひねっていた。
茉莉香がシャワーを浴びている間、由梨香は朝食の準備をしていた。
今朝の献立は、トースト、ハムエッグ、温野菜のサラダ、紅茶だった。彼女はそれを手際よくダイニングのテーブルに並べていた。
ダイニングには、窓に似せた情報表示パネルが据え付けられてあった。今は、TVにしてあり、そこにはニュースが流れていた。
<今朝は、先日の宇宙海賊の襲来とその対策について、ギャラクシー77保安部の帯刀昇部長にお話を伺います。帯刀さん、先日の宇宙海賊との戦闘では、大勢の死傷者が保安部から出た訳ですが、これをどうお考えですか>
<はい。今回の宇宙海賊の襲来ですが、これはこれまで起こってきた海賊事件とは根本的に違うということです>
<どこが違うのでしょう>
<まず第一に、襲われた場所。今までは、太陽系外縁部でした。護衛の守備隊が離れ、超光速航法『ジャンプ』を行うまでの隙をついて襲ってきていました>
<そうですね。ESPエンジンは数隻の恒星間航行宇宙船しか搭載していないのですからね。普通の船では『ジャンプ』した船を追いかけることは出来ませんよね>
<そうです。しかし、今回の海賊は各太陽系から離れた、何もない宇宙の真ん中で襲ってきたのです>
<そうでしたね。海賊はどうやって、この広大な宇宙空間の中で、ギャラクシー77を補足する事が出来たのでしょう>
<そうですね。しかし、一番の問題は、『どうやって宇宙海賊は、そんな宇宙の真ん中まで航行出来たか』なのです>
<確かに。光速を超えて航行できる船は限られていますよね。もしかして、海賊もESPエンジンを開発したのでしょうか?>
<それはありえません。ESPエンジンの製造は非常に難しく、エトウ財団でさえ、この百年間は新しいESPエンジンの製造に成功することはありませんでした。銀河連邦軍ですら、実験機の一つも開発できていないのです。ましてや、一介の海賊にESPエンジンが開発出来るはずがありません>
<仰る通りだと思います。では、どうやって海賊は現れたのでしょう。一説には、海賊の中には超常的な力を持った人間が居たということですが>
<まだ、調査の段階なので断定は控えますが、宇宙海賊の中に超常的な力を持った者──いわゆる超能力者が居たらしいという事が分かっています>
<超能力ですか。スプーン曲げとか念写とかの超能力ですね>
<そうです。ギャラクシー77のメインスタッフは、海賊が船ごと瞬間移動して来たのではないかと考えています>
<瞬間移動……ですか。荒唐無稽なように聞こえますが。帯刀さんも、そうお考えですか>
<事実を客観的に並べると、そう考えざるを得ないという話です……
朝のニュースでは、宇宙海賊についての特集が組まれていた。
「あーあ、保安部長さん、あんな事まで喋っていいのかなぁ。あんまり超能力に触れると、ESPエンジンの秘密まで追求されかねないよぉ」
バスルームから出てきた茉莉香は、ニュースをちら見して、そう言った。
「茉莉香、そんなことより、さっさと服を着なさい」
母にそう言われた茉莉香は、ショーツ一枚に、肩からバスタオルを羽織っただけの姿だった。素肌のあちこちには、まだ水滴が残っている。
「そんな格好でウロウロしない。もう、はしたない。年頃の女の子なのに、どこで間違ったのかしら」
由梨香は、そう言うと左手で額を押さえていた。
「良いじゃない。別に誰か来るわけじゃないし」
そう言いながら、茉莉香は床の絨毯の上にあぐらをかくと、ドライヤーで髪を乾かし始めた。その大出力のモーター音で、ニュースの声が遮られる。
「ああ、ほら、もう貸しなさい。なんで、こう不器用なのかしら。お母さんが乾かしてあげます」
そう言って、由梨香はドライヤーを取り上げると、茉莉香の頭を乾かし始めた。
「お母さん、そこ熱い。熱いよう」
抵抗する茉莉香に、
「我慢しなさい。折角、ツヤツヤの髪に産んであげたのに、どうして大事に出来ないのかしら。あんまり粗末に扱うと、ハゲるわよ」
「その前に、仕事のストレスで、ハゲちゃうよ」
「口答えしない」
母は強引に茉莉香の髪を乾かした。未だ余熱の残るドライヤーを傍らに置くと、ブラシで髪を整える。セミロングだった茉莉香の髪は、ここ数週間の間に肩口を越えるまで伸びていた。
「そろそろ、髪の切り時かしらね」
由梨香は、そう言いながら娘の髪を解いていた。その黒髪は、首のネックバンドの赤銅色と相まって、美しく見えた。
「ほら、出来上がり。服を着てきなさい」
そう言って、由梨香は茉莉香の背中をポンと軽く叩いた。
「わーい、ありがとう、お母さん」
茉莉香はそう言いながら床から立ち上がると、そのままテーブルの前に座ってトーストを取った。
「こら、お行儀の悪い。風邪をひきますよ」
茉莉香は、口の中をモグモグさせながら、
「大丈夫だよ、船の中は常に快適な温度に保たれているんだから。でしょ」
と答えた。
「屁理屈言わない。もう、しようがない子ね」
由梨香は、頭を抱えた。
「じゃぁ、お母さんはこれから出かけますけど、ちゃんと服を着て、お勉強をするんですよ」
母は、小奇麗に身支度をしていた。お気に入りのブラウンのスーツを着て、薄化粧をしていた。一児の母とはいえ、彼女も未だまだ壮年にはほど遠かった。今でも街区でナンパされることもあるくらいだ。
「お母さん、どこ行くの?」
茉莉香が尋ねると、由梨香はこう言った。
「職安よ。お母さんだって、ちゃんと働きたいもの」
「もう、この前言ったじゃない。家の家計は、あたしの稼ぎだけで充分だって。今月のお給料だって、手取りで六十二万円もあったんだから」
茉莉香が口をへの字にした。
「確かに、大した稼ぎですけど、子供に甘えるわけにはいきません。わたしは自立した女なんだから」
「はいはい、分かりました。それじゃぁ、行ってらっしゃい。気をつけてね、お母さん」
「はぁーい、行ってきますね。えーと、夕方までには帰れると思うけど。ちゃんとお留守番しててね」
「分かってますぅ」
茉莉香はそう言って、ハムエッグを口に押し込んでいた。
(やった! これで今日一日は自由だ。何して遊ぼうかな)
ギャラクシー77の窮状とは違い、茉莉香は突如舞い込んできた自由時間にワクワクしていた。
しかし、ニュースではこんな報道が続いていた。
<超能力者のテロとも言える襲撃事件に対して、我々は厳格に対処しなくてはなりません。常人には及ばない特別な力を持っているとはいえ、それをやりたい放題に使う宇宙海賊を許すわけにはいきません。今後、このような不届き者が現れないように、超能力者は厳しく取り締まらないとならないのです>
ニュースで流れる保安部長の言葉は、一つ間違うと超能力者狩りにもなりかねない、不穏なものだった。




