従属会議開廷
少しばかり葉の落ちた、冬に向かって準備をすすめる森を一時間ほど歩き続けた先に、レンガの家が建ち並び、大きなコロシアムが目を引く街が存在した。
そこは猫人、竜人、エルフ、妖精、鬼神、オーク、ドワーフ、シルフ、悪魔、そして人間。
十の種族が共生を果たす街。
「ここが我らの街サンベルにございます」
到着してすぐにハヤトは辺りを見回してみる。
雰囲気だけでわかるのだが、ものすごい緊迫感というのか、どこか殺気立っているように感じる。
そうして眺めていたところ、誰かがぶつかった。それだけの刹那の瞬間に、体を探られるような感覚を覚えた。
一応今は王らしい格好なので、装飾品の類いはそこそこに高価だ。
それを狙っての所謂スリだろう。
どうやら殺気は本物らしい。
ハヤトはそのスリの腕を思いきり捻りあげようと、腕を掴んだ瞬間に、あの症状が始まった。
ハヤトの体は一気に強張り、石像のようになってしまった。
「ハヤト?」
トゥーナも異変に気付いて、ハヤトの顔を覗いてその理由を理解した。
そのスリ犯は女だったのだ。
女性恐怖症のハヤトは、掴んだ瞬間に本能でそれを察してしまったらしい。
傍から見ると、女性の手を引く男の構図にしか見えない。
「離せっ!!」
その女はハヤトの手をバッと振り払った。
同時に、ハヤトの体の緊張がほぐれる。
「スリなんて何の役に立つ?働くほうがよっぽどマシだと思うぜ」
「うるさい。私はこうでもしないと弟たちを育てられない。温室でぬくぬくと育って税を取り立てているお前たちにこの辛さがわかるか!!」
格差社会の弊害は、このようにいつかどこかで必ず現れる。
トゥーナにとっては耳の痛い話だろう。
「トゥーナちょっと金貸して」
言ったらトゥーナはすぐに出してくれた。
ハヤトはそれを女に向かって放り投げた。
生活に困らない程度に金貨が入った袋を、女は驚いたように両手で受け止めた。
「やる。だからスリなんてもうすんな」
「いいのか?」
「早くいけ。ここには兵士もいるんだから捕まえるのもあるぞ」
女は、袋を重そうに抱えながら街の角に消えていった。
「治安維持ってのも大変だな」
「我々も頭が痛い話で…。民族同士のいがみ合いに巻き込まれた民はあのように貧しい生活を強いられ、どうしてもあのような者が…」
この現状を打破するには、中身のほうから変えなければいけないらしい。
「よかったわねハヤト。可愛い子を助けられて」
トゥーナの視線が妙に痛い。皮肉がこめられたコメントが尚更だ。
別にそんなつもりはなかったのだが。
「もしかして拗ねてる?」
「別にっ!ハヤトが構ってくれないからって寂しくもないし」
分かりやすいツンデレだ。
テンプレ過ぎて芸人並のずっこけをやってしまいそうだ。
ハヤトは困った姫様の足を掴んで肩に乗せてやった。所謂肩車だ。
「どうだ?」
「私十五なんだけど!?」
「俺からすればまだ子供」
ハヤトも十七なので似たり寄ったり、変わらない。
ついでにゼロナもしてほしそうな顔をしていたので、あとでやってやった。
翌日…。
「あのハヤト様…そろそろ会議場に…」
扉の越しに呼ぶのだが、ハヤトからの返事はない。
「あの…ハヤト様。会議の時間が…」
ハヤトを呼びに来た兵士が、なかなか返事を返さないハヤトに青筋を立てた。
痺れを切らせて、ハヤトの泊まる部屋へと突入を図る。
おおよそ予想通りにハヤトはベッドの上で就寝中。
トゥーナとゼロナと並んで川の字に寝ている。
「ハヤト様時間なんですけども...」
刹那、兵士は自分の死んだ姿を目にした。
しかしそんなわけはない、自分の死んだあとなど見えるはずがないのだ。
現に体はなんともない。
兵士は今自分に起こったことの一切が理解できなかった。
だが、次の瞬間理解した。このハヤトから発せられる殺気にも似た気迫が、自分の生命を脅かそうとしたものの正体なのだと。
「ん...朝か」
そんなあの緊張感が、気の抜けるような一言とともに霧散した。
もしハヤトが本気で殺す気だったなら、そう思うと兵士は足が竦んで身が縮まるような思いだった。
「あの...そろそろ会議のお時間ですので支度を...」
強張り震える声で自分の役割をどうにか果たそうと、声をひねり出した。
伝わったようで、「ん」とそっけない返事を返されて、ようやく安堵する。
これからこんな化物が十人も集まるのかと思うと、兵士はこの世の終わりを悟ったような思いだ。
「お前ら起きろ行くぞ」
二人は兵士が恐怖した存在のすぐそばで、平然と眠る。
ドラゴンの巣穴でも見ているような感覚を覚える。
ハヤトがトゥーナの頬を、小突くとバッと飛び起きた。
ものすごく慌てた様子で、寝坊した学生並だ。
「ハ、ハハハハヤト今何時っ!!?私いつまで寝てたの!!?今日も仕事が…」
「おはよトゥーナ。今日は仕事ないぞ」
いつもの生活リズムから離れていたので、寝ぼけていたようだ。
ハヤトに言われてようやく我に返る。
「あっそういえばそうだった。ハヤトおはよう」
起き抜けにハヤトの唇に、軽く自分の唇を押し当てた。
これはハヤトも予想しておらず、戸惑いながらされるがままである。
かなり長いキスで、五分くらい経ったところでトゥーナは離れた。
「どう?」
「新婚ってこういうことすんのか?」
「するのよ。ハヤトだから」
トゥーナは本当に自分が好きで愛してくれている。
だが、未だ気持ちの揺れ動く自分の心は、どちらに向いているのだろう。
「あの…そろそろお時間です」
言いにくそうに、呼びに来た兵士が口を挟む。
そういえば兵士がいたと思い出して、二人は急に恥ずかしくなり湯気が出そうなくらい真っ赤にした。
トゥーナは十族が闘うと言っていたが、さすがに会議というだけあって、コロシアムではなく専用の会談場所に集められた。
そこは堅牢な守りの砦のごとく、立ちはだかる城のごとく、防御面に全力を注いだようなフォルムの建物だ。
ハヤトが最後だったようで、他の族長は楕円形のテーブルを囲むように座っていた。
「皆様お集まりのようで何より」
怪しい笑みを浮かべる人間の老人。奥のほうからカツンカツンと杖を立てて歩いてくる。
「人間風情が最後にくるなど、やはり愚かな種族。時間も守れんらしい」
ハヤトに向かって竜人の男が嫌味を吐いてくる。
もちろん無視一沢だが。
「あら?貴方も時間ギリギリでいらしてよローバース郷」
さらに横から猫人の女が言う。
「止めないか皆の衆。ただ遅れてきたことに関してはどう責任を取るつもりか、人間殿」
誰も彼もが互いを嫌っている。
こうした話し合いのなかにも、牽制し合う動きがある。
だからハヤトも煽ってみた。
「これから殺しあう相手へのプレゼントだ。せいぜい暇な時間でイライラしてくれると助かるがな」
聞いた瞬間、その場の全員が何かを察した。
「グダクダといい加減にしろぉッ!!!!」
ドワーフの大男が、テーブルを殴って粉々にした。
それが開戦の合図になった。
    
 




