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第19話

 蒼大と触れ合うことが出来るようになった。

 それは、私たちにとっては画期的な進歩だった。ほんの些細なことなのかもしれないが、触れるということが、私たちにとってこんなに意味のあることだったのだと再認識した。

 人は、無意識に好きな人に触れ、触れられる。恋人同士ならば当たり前のその行為を私たちは出来ずにいたのだ。それが、こんなにも大きなことなのだと思わざるを得なかった。

 蒼大に触れられるだけで、無条件に安心できる。言葉にしなくても繋がれた掌からお互いの気持ちを汲み取ることが出来るような気がする。蒼大という存在が本当にいるのだと確認できる。


 クリスマスが近づく12月。

 私は、蒼大へのプレゼントに頭を悩ませていた。

 蒼大へ何か身に着けるものを送っても、それを触れることや身に着けることが出来ても、人間から見たらものが空中を浮かんでいるように見えてしまうだろう。そんなことになれば、ちょっとした騒動が起こりかねない。

 食べ物を送るにしても、霊に食欲というものはないだろうし、蒼大が何かを食べている姿を見たことはない。そもそも食べれるんだろうか? 食べ物が空中を落下していくさまもあまり想像したくない。

 一体何を送ればいいのか、随分前から行き詰ってしまっていた。

 クラスメイトが浮足立っている中、私だけが手詰まりで鬱々としていた。

「私、どうしたらいいのかなぁ?」

 机に突っ伏して呻き声を上げる私の頭をポンポンと優しく叩くのは、えくぼだ。えくぼは、既に彼へのプレゼントも準備万端で余裕がある様子だった。

 迫りくるイヴの日を今か今かと待ちわびる姿に、苛立ちを感じないと言えばうそになってしまうが、そんなえくぼの姿を見ることは同時にこちらの気分を明るくしてくれることも間違いないことだった。

「いっそプレゼントをしなければいいんじゃないの?」

「プレゼントなし?」

「そう。ものに拘るから悩むんでしょ? イヴって別にプレゼントがなきゃダメってわけじゃないでしょ。二人で過ごせるだけで幸せじゃない」

「まぁ、確かに」

 固定観念だろうか。恋人同士で何かを送り合わなければならないような、そんな気がしていた。そりゃ、貰えたら嬉しいし、送った贈り物を喜んでいる姿を見るだけで幸せにもなるだろう。でも、それだけじゃないのだ。その特別な時間を二人で過ごすことが一番大事なことなのだ。

 素敵なサプライズや贈り物、ロマンティックなディナーは憧れるけれど、どうしてもそれがなければイヤだとは思えない。

 特殊な彼氏を持っているのだから、普通では有り得ないことは百も承知だったではないか。それでもどこかで求めてしまう『普通』という概念を、もうそろそろ捨てるべきなのだろう。

 プレゼントが無理ならば、心に一生留まるくらいの素敵な想い出を作ればいいじゃないか。蒼大と過ごした一つ一つが全て大事に想い出せるように、心に深く刻めるほどに濃い日々を送ろう。

「ありがとう、えくぼ。プレゼントは諦めることにするよ」

 きっとどんなつまらないイヴを蒼大と過ごしたとしても、結局私にとっては特別な想い出になるだろうことは予想がついた。どんな些細なことでも蒼大といるだけで、それはもう特別なのだ。

 それでいい。それでいいんだ。

 でも、やっぱり私も女の子だ。少しはクリスマスムードも味わいたい。

 だから、勇気を出して出かけてみようか。

 傍から見れば一人で歩く寂しい女の子かもしれないが、憐れむ眼差しを浴びせられるかもしれないが、私には蒼大が見えているのだから、蒼大さえ見ていればあまり気にならないだろうから。



「ねぇ、蒼大。イヴの日は、二人でデートしようよ」

「デート? でも、みどりは平気なの?」

 普段、人が溢れるところへは蒼大とあまりいきたがらない私だから、そう問われても不思議はない。

 蒼大は、そんな私の心境の変化を訝しげにしながらも、どこか嬉しそうだ。

「うん、平気。他の誰にも見えなくても、私には見えてるもの。誰にどんなふうに思われようと、私の隣りには蒼大がいて、決して一人じゃないもの」

 ずいぶん長いこと、心の中にくすぶっていたものが解放されたような気がした。

 誰に何と思われてもいいじゃないか。変人とでも何とでも言ってくれて構わない。

 顔も知らない誰かの視線を気にして何も出来ないのなんて面白くない。私たちには期限があるのだから。そんなものを気にしている暇はないのだ。

「ありがとう、みどり。実はすごく嬉しいんだ」

 照れ臭そうに鼻の頭を掻く蒼大の姿に胸が締め付けられるようだった。

「あのね、蒼大。私には蒼大にクリスマスプレゼントをあげることは出来ないでしょ? だから、その分一杯想い出を作ろうね」

 一つ残念なのは、蒼大と二人で写真を撮ることが出来ないということ。二人の想い出を目に見える形で残したいと思っても、それは叶わないことなのだ。

 それでも、私は写真を撮るだろう。写真の中に私の姿しか写されていなくても、そこに蒼大がいるということが私には解っているから。それらを、蒼大が去った後に見て泣いてしまうかもしれない。それが解っていても、私はどこかで期待しているのかもしれない。その中の一枚でも、蒼大の姿が現れるかもしれないと。それは、世間一般でいうところの心霊写真という物になってしまうけれど、私には愛しい人と写した唯一の写真となるのだから。

 蒼大が私の体を抱き寄せた。

 少しばかりひんやりと感じるその感触にも、大分慣れてきた。少しずつ私の体温と馴染んでくる過程を私はひどく愛おしく感じている。

 強く抱き付いてしまえば、蒼大の体を通してしまいそうな気がして、そっと背中に手をそえるだけにとどめている。

 蒼大の体からは何の匂いもしない。それが物悲しい。体臭もコロンの香りも、洋服に残る洗剤の匂いもなにもない。だから私は、自分の匂いが蒼大に移ればいいと思う。体温と同じように匂いもまた移るだろうから。

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