↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/20

第12話 王都からの書状

書状が届いたのは五日後だった。


馬に乗った二人の役人が、封印された羊皮紙を差し出した。


宛名。


ヨナス・アルベルト。


王都建築公会の封蝋。


広場へ人々が集まる。


ヨナスが封を切る。


内容は、想像より冷静だった。


雨宿周辺は王国領であること。


無許可建築が多数あること。


土地使用申請がないこと。


一定数以上の居住者がいるのに行政登録が存在しないこと。


七日以内に事情説明を行うこと。


「もっと酷いことが書いてあると思った」


誰かが呟く。


オルドは不満そうだが、ヨナスは黙っていた。


書かれていることは間違っていない。


自分たちは誰にも許可を取っていない。


土地所有も税も考えたことがない。


「私が王都へ行きます」


「駄目じゃ」


オルドが即座に言う。


「お前さんは追放された」


「だからこそです。問題は私です」


エナが首を振る。


「私たちは自分でここに残ったんです」


バルトも言う。


「ヨナスさん一人の責任じゃない」


それでもヨナスの胸には一つの考えが浮かんでいた。


自分がいなくなれば。


王都も雨宿に興味を失うのではないか。


「ヨナスさん」


ミレイの声。


「今、自分がいなくなればって考えました?」


ヨナスは言葉に詰まった。


「……少し」


ミレイは目を細めた。


「それは後で話します」


怖い。


少しだけ、そう思った。


結局、王都へ出向くのではなく、雨宿で監査を受けると返書を出した。


皆で決めた。


ヨナスは受け入れた。


でも夜、一人になると、まだ考えてしまう。


自分が消えれば、皆は普通に暮らせるのではないか。


書状を受け取った日の夜、広場ではいつもより長い話し合いが続いた。


最初に怒ったのはオルドだった。


「見捨てておった荒野へ今さら王国領だと言いに来るとは、都合がいい」


しかしドミニクから事情を聞いていたヨナスは、簡単に賛成できなかった。


「でも、王国側の言い分にも筋はあります」


「ヨナスさん」


バルトが驚く。


「追放した連中の肩を持つのか?」


「そうではありません」


ヨナスは書状を広げた。


「もし、どこか知らない場所に急に百人の集落ができて、誰が住んでいるのかも分からないとしたら。外から見れば心配になると思います」


ミレイが頷く。


「病気が広がった時の連絡先も必要です」


エナも言う。


「子どもが増えたら、誰が面倒を見るかも」


意見が少しずつ現実的な方向へ動いていく。


誰かが提案した。


「住んでいる人の名前だけでも一覧にしよう」


別の者が言う。


「食料の量も見た方がいい」


雨宿で初めて、簡単な住民記録が作られた。


ヨナスは文字を書ける者として手伝った。


名前。年齢。以前いた場所。得意なこと。


欄を埋めながら、一人一人に物語があることを改めて知る。


エナは夫を亡くしたあと北の村を追われた。


バルトは元々石工だったが、仕事を失った。


リーサは裁縫が得意。


オルドは若い頃、行商人の荷運びをしていた。


ミレイは薬草商の助手になる前、母から野草の見分け方を教わっていた。


ヨナス自身の欄で手が止まる。


『以前いた場所 王都』


『職業 建築公会助手』


今の職業は何だろう。


建築士、と書くにはまだ抵抗がある。


迷っていると、ミレイが横から覗いた。


「建築士でいいでしょう」


「資格がありません」


「雨宿では誰も資格を聞いてません」


「王都へ出す書類ですよ」


「なら『雨宿建築担当』で」


ヨナスは笑った。


「そんな職名あります?」


「今作りました」


結局、そのまま書いた。


書類の上に、自分の居場所が一行できた気がした。


それでも夜になると、別の考えが顔を出す。


王都が本当に欲しいのは自分の力なのではないか。


自分さえ差し出せば、雨宿が許されるなら。


その考えをミレイに見抜かれた時、ヨナスは少し腹立たしくさえ感じた。


「考えるだけなら自由でしょう」


「自由です」


ミレイは答えた。


「でも、一人で決めて実行するのは自由じゃありません」


「なぜ」


「あなたがいなくなることで困る人がいるから」


その言葉を、ヨナスはまだ本当の意味では理解していなかった。


自分がいなくなって困るのは建物を造れなくなるからだ。


そう思っていた。


第14話で、それが違うと突きつけられることになる。


返書を書く時、ヨナスは何度も文章を書き直した。最初は「私が責任者です」と書いた。ミレイが消した。


「違います」


「でも、建物は私が」


「住んでいるのは皆です」


最終的な返書にはこう書いた。


『雨宿住民一同は、監査を受け入れる。ただし住民の生活を脅かさない形での協議を求める』


署名欄にはヨナス一人ではなく、オルド、エナ、バルト、ミレイら複数の名が並んだ。


その紙を見た時、ヨナスは少し安心した。


雨宿は、自分一人の責任でも所有物でもない。


書類一枚が、その事実を目に見える形にした。


監査を受け入れると決めた翌日から、雨宿では「見られて困るものを隠す」のではなく、「見られても説明できるようにする」準備が始まった。


井戸の周囲を掃除し、診療所の薬草へ札をつけ、排水路の壊れた箇所を直す。


誰かが「王都の連中に立派に見せるためか」と聞くと、ヨナスは首を振った。


「自分たちが、どう暮らしているか説明するためです」


その言葉を言いながら、ヨナスは公会時代を思い出していた。監査前だけ書類を整え、問題を隠す現場を何度も見た。


雨宿では逆のことをしたかった。


不便なところは不便だと言う。足りないものは足りないと言う。その上で、ここに住み続けたい理由を伝える。


ミレイは診療所の記録をまとめながら言った。


「完璧じゃなくても、嘘がない方がいいです」


ヨナスは頷いた。


雨宿はまだ未完成だった。


でも、未完成だから価値がないわけではない。


人が暮らしながら直し続ける場所。


その姿をそのまま見てもらうことにした。


監査前夜、雨宿では緊張から眠れない人が多かった。広場へ自然に人が集まり、誰かが火を起こした。


「明日、全部壊せと言われたら?」


誰かが聞く。


しばらく誰も答えなかった。


ヨナスも簡単に「守る」と言えなかった。


やがてエナが言う。


「それでも、今日ここで暮らしたことまではなくならない」


その言葉にヨナスは救われた。


居場所は建物だけではない。


もし形を失っても、人との関係まで同時に消えるわけではない。


だからこそ、建物を守るために人を犠牲にしてはいけない。


その考えをヨナスは胸に置いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。