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かなり道を間違えながらもダルトンさん達がいたところに戻ると、スイの体が元に戻っていることに二人とも喜んでくれた。
ダルトンは大きな手のひらでスイの背中を力強く叩き、アスマはスイの両腕が千切れんばかりにブンブンと振り回した。
プネウマの元へ行き生きて帰って来られたこと、そして最大の目的であるスイの体の光を何とかすること、難関とも思えたそのすべてを見事に達成してきた三人を待ち人のダルトン達はこれでもかと労った。
だがルトアは彼らに少しだけ嘘をついた。
プネウマには会えたが会話をする間もなく追い出されてしまったのだと。フィーリスが付いて行けばスイ一人で向かうよりもいいかと思ったが、結局は自分達は何も役に立てなかった上に、スイの体は勝手に元に戻っていた。
そういった内容を一切の澱みなく、まるで本当であるかのように話してみせたのだ。真実を知っているスイでさえ自分の記憶を一瞬疑うくらいには精度の高い嘘だった。
だからこそダルトン達は何も疑うことなく三人の帰還と問題の解決に素直に喜んでいた。わからないことはわからないままだが、結果的には解決したと言ってもいい。その事実に素直に喜んでくれたのだ。
「ルトア、何であんな嘘ついたんだ?」
ダルトンとアスマに見送られて森の中へと戻って来たスイ達は、時々ぬかるむ土を歩きながら薄暗い木々の間を進んでいた。
「嘘というのは時に人を守るのですよ」
スイの疑問に笑顔で答えるルトアは、含みのある言い方で振り返った。
「何でもかんでも正直に話せばいいというものでもありません。これ以上はあの方達を巻き込むべきではないと判断しました。プネウマ、フィーリス、そしてラオザーム……この件は常人が関わって良い範疇を超えています」
笑顔はそのままで、少しだけ眼差しがかげる。
「ここから先は私達の領分です。ラオザームが何なのか確認しなくてはなりません。フィーリスに破滅をもたらす存在……そんなもの今まで聞いたことがない」
最後の方はほとんど独り言のようだった。
それ以降押し黙ってしまったルトアの代わりにカルラが口を開く。
「それにしてもアイツ、知ってるなら教えろっつーの。プネウマってのはどいつもこいつもいけすかねぇ奴だな。……ところで何で弓なんか構えてんだよ」
「え? だってあそこにいるのサウラじゃないか? まだこっちに気づいてないみたいだし、仕留めるなら今しかないだろ?」
言い終わるよりも前にスイの放った矢が木の幹に突き刺さる。
大きな体の割に甲高い呻き声を発したサウラは、幹の裏側へ逃げようとするも矢尻が尾の根本を貫通しているため動けない。ジタバタと手足を振るうと木の皮がその鋭い爪でパラパラと剥がれ落ちた。
「よしっ!」
「おー、大したもんだな」
近づくと牙を剥き出して威嚇し、さらに手足を激しく動かしてスイの目玉や首の急所を狙ってくる。己の尻尾が千切れようとも構わないといった気迫を感じる。
さすがは野生の生き物だ。生きるためには命懸けなのだ。
スイはサウラの爪を避けつつ腰の短剣を抜いた。
重くもなく軽くもない程よい重みが手の中に収まる。白く透明感のある刀身が、日の光の届かない森の中で柔らかく光った。
「ようやく一本目だな。あと二本か……」
受注した依頼はサウラの尻尾三本の納品だ。何やらバタバタしていてすっかり遅くなってしまったが、受けた仕事はきちんと完遂させたい。
恐ろしく切れ味のいい短剣で尻尾を切り離すと、本体の方は反撃するでもなく慌てたように枝伝いに逃げて行った。
その動きは決して速いわけではなく、追いかけたらもう一度手傷を負わせることが容易な速度だった。
やっぱり、あの時のサウラは普通じゃなかったんだな。きっとプネウマが操っていたのだろう。ダルトンさんも足の遅い魔物だと言っていたし、こうして別のサウラを見て確信が持てた。
あのプネウマは風を使っていたから、その力でサウラを自分の元まで来させたんだ。サウラを追う俺を誘き寄せるために。
ビクビクと筋肉の反応が残るサウラの尻尾を手に取ると、生温かい生き物の感触が伝わってきた。
隣にやって来たカルラが顔をしかめる。
「うえぇ……。そんな気持ち悪りぃもんよく素手で触れるな」
「ちょうどよかった。これカルラのポーチに入れてもらえるか?」
「はぁ⁉︎ 嫌に決まってんだろ!」
飛び退くカルラに、痙攣を繰り返す尻尾を掲げるように距離を詰める。
「そこをなんとか。これからあと二本も取らなくちゃいけないから荷物になるし」
指が回り切らないくらいの太さがある尻尾はそこそこの重量と長さがあり、狩猟の邪魔になるのは明らかだ。最初からカルラ達のポーチをあてにしていたから森に入る前の準備の時に布袋の類は買っていない。
「ふざけんな、オレはごめんだぜ。ルトアに頼めよ! ほら、ちょうど来たみたいだしな」
「二人とも何やってるんですか? おや、それは……尻尾ですか? これはまた随分と立派ですね」
何も知らないルトアはスイの持つサウラの尻尾をしげしげと眺め、感心したように頷いた。
そして逃げ腰のカルラと尻尾を突き出したままのスイを交互に見た後で、あぁ、と何かに気づいたように手のひらを合わせた。
「スイ、そちらの尻尾をしまってあげたいのは山々なんですが、生憎私のグルートンが現在反抗期真っ只中でして……よければカルラの方をお使いください」
「おいコラ嘘つくんじゃねーぞ! 何だよグルートンの反抗期って! 今までに一度もねぇだろそんなこと!」
ポーチなどの入れ物に棲みつく妖精グルートン。どうやら彼らには反抗期なるものがあるらしい。カルラは否定しているけど、グルートンに詳しくない俺にはルトアの言っていることの真偽はわからない。
それに正直、ポーチに入れてくれるならカルラでもルトアでもどっちでも構わない。早くこれをしまって次のサウラを探しに行きたい。
「あ、ほら。もう動かなくなったし、これなら平気だろ?」
「そのよくわかんねぇ汁みたいなのが垂れてる時点でダメに決まってんだろ!」
「カルラはわがままですねぇ……」
ルトアは残念そうにため息をつきながら素早くカルラの背後に回り、カルラの両脇を固定した。
「さぁスイ。今ですよ」
「ルトアてめぇ! 離せ!」
「ありがとう助かるよ。それじゃあカルラ、よろしくな」
「よろしくじゃねー! 勝手に入れようとするな馬鹿!」
暴れるカルラ。
楽しそうなルトア。
なんか汁の出ている魔物の一部をカルラのポーチへ入れるスイ。
このやり取りはこの後二回繰り返された。




