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スイとプネウマの戦いは相殺と防御の応酬だった。プネウマが風の刃に竜巻の要素を加えると、次にはスイが即座に真似て同じ技を繰り出す。戦況は良くも悪くもなく、互角の力同士がぶつかり合い、ただ時間だけが過ぎていった。
「そろそろ止めませんか? こんなこといつまでも続ける意味がないです。俺たちは争いに来たわけじゃない。話がしたいだけなんです」
鋭い風の刃が二つ飛んで来る。スイはそれを一つは避け、もう一つは同じ威力の風を起こして霧散させた。
「俺の体に何をしたのか……俺は一体何なのか、教えて下さい」
風を思いのままに操れるこの力、使い方がわかったとしてもそれ以外は何もわからないのだ。元々自分の中にあったもののようだが、自覚するきっかけを作ったのは紛れもなくプネウマであり、間違いなくこいつは俺が知らないことを知っているはずなんだ。
『思い上がるな』
プネウマは言葉だけの苛立ちを吐き出したかと思うと、片腕を前方に伸ばした。
手のひらをスイに向け、そこに光の粒が集まっていく。
『この程度、遊びのうちにも入らん』
プネウマの周りにあった光の粒は常に攻撃と防御の二手に分かれて浮遊していたのだが、今はすべての光が手のひらに集結しようとしていた。
何か、今までとは違う何かが、来る。
そう直感したスイは一旦攻撃の手を止め、防御に徹するために身構えた。
風で壁を作る。
自分の半径三メートルくらいに範囲を広げ、分厚い風の防壁を作るんだ。受け切れるかどうかわからないからできれば攻撃を逸らしたい。そのためにはどうしたらいい? 高速で風を回転させればいけるだろうか?
攻撃の時に作った竜巻を今度は防御のために使う。うまくいくかはわからないけど、現時点で考えられる最善策はこれしかない。
スイの周囲で暴風が猛威を振るい始め、徐々にその規模を大きくしていく。
だがプネウマは特に気にする素振りも見せず、集まった光の粒が手のひらより二回り以上も大きな塊となったところだった。
『力の差を思い知るがいい』
プネウマを囲んでいた光の粒のすべてが集結し、美しくも禍々しい球体となったそれがスイめがけて襲い掛かろうしたその時だった。
「この時を待っていましたよ」
いつの間にかプネウマの背後に回り込んだルトアとカルラが、左右から槍を突き刺したのだ。
槍の先端がプネウマに当たった瞬間、太い帯のようなものがプネウマの体に素早く巻き付き動きを封じる。攻撃のために突き出していた腕もろともに縛り上げられた。
『何⁉︎』
「お前が無防備になるのをずっと待ってたんだぜ? スイに夢中で俺たちのこと無視しててくれて助かったよ」
ニヤリとイタズラ小僧のような笑みを見せると、カルラはプネウマが打とうとした光の球を槍で一振りして崩した。
呆気なく元の粒に戻った光を見て、スイは自身の体の周りの防壁を解く。
「二人ともいつの間に⁉︎ ていうかすごいな、それ……」
身動きの取れないプネウマはルトアとカルラに両脇を固められながらゆっくりと地面に降り立った。
二人の光り輝く翼が静かに畳まれる。
「そうだろ、すごいだろー。特注なんだぜ」
「結構高かったんですよ?」
得意げなカルラと柔和な笑みのルトア。
そんな二人の間に、白く濁った眼光で睨みつけるような表情のプネウマがいた。
無表情の仮面が少しだけ剥がれているような気がする。悔しそうに見えなくもない。
『これは一体どういうことだ⁉︎ 貴様らが何故この力を使える⁉︎』
相変わらず頭の中に声を響かせてくるプネウマの口元が酷く歪む。これが人間であれば歯を食いしばっているのだろうが、プネウマに歯は見当たらず、わずかな隙間から見えたのは黒い闇だった。
ルトアはニッコリと人の良い笑みを浮かべると、プネウマを見下ろした。
「自分より劣ると思っていた私たちに負けて悔しいのはわかりますが、こちらの質問に答えるのが先ですよ。あなたはスイに何をしたんですか? 知っていることを話してもらいますよ」
『ふん、これしきの事で勝ったと思うな』
「つよがんなって。指一本動かせないくせによー。これ以上手間かけさせるようなら拘束だけじゃ済まなくなるけどいいのかぁ?」
カルラはこれ見よがしに槍をクルクル回し、再びプネウマに突き付ける。
「スイの正体知ってんだろ? その無駄に長生きなおかげで培った知識を披露する絶好の機会じゃねぇか。お前が喋ってくれさえすればオレたちもアストロンまで行く必要なくなるかもしれねぇしな」
『貴様ら……アストロンに行くのか』
「そうだけど、それがどうしたんだよ?」
カルラが眉根を寄せると、プネウマは途端に高笑いし始めた。
『ふははははは! これは愉快!』
「なっ⁉︎」
「何が可笑しいんですか?」
黒い闇を見せびらかすように大口を開けて笑うプネウマに、スイ達は思わず後ずさった。
真っ白でどこを見ているのかわからない眼を細め、心の底から可笑しそうに笑っている。
アストロンに行くことのどこが面白いのか? フィーリスの庁舎がある都なのだとルトアから教わったことしかスイにはわからない。
プネウマはひとしきり笑い終えると満足そうに口元に弧を描いた。
『余を楽しませた褒美に答えてやろう』
底知れぬ不気味さを漂わせた笑みは本当に笑っているのかさえも怪しい。笑顔というよりは、人を嘲るような類の眼差しをスイに向けてきた。
『此奴は貴様ら鳥に破滅をもたらすラオザームだ』




