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自分の中にある不思議な感覚に戸惑いつつ、スイはそれを注意深く探り始めた。
体の奥底に何かがある。何だろう? 何かがあるのはわかるのに、それが何かはわからない。辿り着けそうで辿り着かない、そんなもどかしさを感じながら意識をさらに集中させる。
全身を流れている温かな何かは、心臓のある辺りから流れ、戻っている……ような気がする。
普通ならわかるはずもないことだが、一度そう認識すると面白いくらい簡単にその存在を感じられるようになった。むしろ今までなぜ気づかなかったのかと思うほど、それは当たり前のように俺の中に存在している。
最初からそうであったかのように、その『力』は確かに俺の中にあるのだ。
プネウマの威圧から身を守ろうと抱き抱えた腕をゆっくりと下す。すでに体の震えはなく、手足も思い通りに動く。
……うん、もう大丈夫だ。
この力が何なのかはまだわからないけど、新しい力に目覚めたというよりは、忘れていた力の存在を思い出したという感覚に近い。
なぜだろう。
とても懐かしい。
スイは改めてプネウマのほうを見た。恐ろしさはもう感じない。その代わりプネウマの周りに浮かぶ無数の光の粒に気づく。あれはなんだろうと思うと同時に、あれを操って風を巻き起こしていたのか、と誰に教えられるわけでもなく自然と納得してしまう自分がいた。
そして、あれくらいなら自分にもできそうだと、そう思ったのだ。
「おい……スイお前、何しようとしてるんだ?」
カルラの声が遠くのほうで聞こえる。
でも、その声に応えるよりも、好奇心に吸い寄せられるように指を構えた。
さっきプネウマがルトアにしたように、プネウマに向かって指をパチンと弾いてみる。
その瞬間、一陣の風がプネウマに襲いかかった。
しかしプネウマの周りを飛ぶ光の粒が突風を阻む。一瞬の出来事だった。
スイは呆然と自分の指を眺め、何気なく振り返ると存外近くにいたカルラに頭を強めに叩かれた。
「お前なぁ! いきなり何してんだよ⁉︎」
「えっと……なんかできそうだったから?」
「自分でもよくわかってねぇんじゃねーか! そんなあやふやな理由で力が暴走してたらどうする気だったんだよ! もっと慎重に行動しろバカ!」
胸ぐらを掴まれ、眉間に思いっきりシワを寄せた顔で睨まれる。今にも頭突かれそうな勢いだ。
「ご、ごめん……」
舌打ちをしつつスイを離したカルラの隣にルトアがやって来る。
「スイは神力についてほとんど何も知らないですし、そんな状態で軽々しく力を使っては危ないですよ。周りもそうですが、スイ自身にも危険が及ぶ可能性だってあるんですから」
「ごめ…………ん? 神力? 今、神力って言った?」
「はい、言いましたけど……あぁ、そういえばまだ言ってませんでしたね。スイのその力は神力なんですよ」
「ええ⁉︎」
サラッとすごいこと言われてるぞ⁉︎
「えっ、何で今、急にそんなこと……」
呆然と立ち尽くすスイに、ルトアは頬に手を当てて悩ましく首を傾げた。
「さっきまでは宿屋の主人達がいましたから、スイの内情をあまり深く知られるわけにもいかなかったので話せなかったんです。私達の力も神力なので、スイの体から神力が溢れていることは見ただけでわかりました」
「溢れてるっていうか垂れ流しだよな」
カルラの言葉にルトアが頷く。
「スイが長い眠りから覚めた時に軽く説明しましたが、あなたは森で倒れていて、その時も今みたいに神力が溢れ出ていました。なので偶然見つけた私達で一旦保護したんですが、しばらくしたらそれがピタリとなくなってしまって……私達も不思議に思っていたんです」
そういえば目覚めた時にそんなようなこと言われた気がする。神力のことは俺は意識がなかった間のことだから覚えていないけど、今はその時と同じ状態ってことなんだろうか?
「その時もこんなふうに光ってたのか?」
「そうですね。一度失った光がどうしてまた復活したのか、詳しいことは流石にわからないので……ここはやはり元凶に直接聞くのが一番ですよね」
ねっ、と輝かしいばかりの笑顔で言うと、すれ違い様にスイの頭を軽く撫でる。ルトアの優しい手が去った後すぐに今度はカルラの手が荒っぽくスイの髪の毛をぐちゃぐちゃにしていった。
スイを背に守るようにプネウマの前に立ちはだかった二人は、さながら鏡写しのように左右逆側の腰に手を当てる。ここまで綺麗にそろうと最早違うのは髪型と表情だけだ。
一人は不遜な笑みを浮かべ、口角の右側だけを器用に吊り上げている。
一人は柔和な笑みを浮かべ、瞳の奥に背筋が凍るような炎を宿している。
「不可能かどうかはやってみないとわかんねぇよなぁ?」
「自分より劣ると思ってた相手に敗北するのはさぞかし惨めでしょうね?」
何の合図もなしに、また二人そろって同じ動きでポーチから槍を取り出す。先端についた装飾の一本一本が弾みで揺れる揺れ方さえもそろって見えてしまうのは目の錯覚だろうか。
『無駄なことを』
プネウマのその言葉を皮切りにカルラとルトアは勢いよく地面を蹴って飛び出した。
普段の非戦闘員の二人にしては存外俊敏で、スイは驚きで口が開いてしまう。フィーリスは争いを好まないと聞いていたのに、やけに好戦的な二人を見て訳がわからなくなった。
神力を使ってプネウマみたいに風を操るのだろうか? それとも槍を使った接近戦を繰り広げるのだろうか?
未知なる戦いの幕開けに、不謹慎にもスイの胸は高鳴っていた。




