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案内された場所は休憩所のようなところだった。ダルトンたちが最初出て来た横穴、スイが飛ばされた横穴でもあるのだか、そこからさらに横穴に入り、三回ほど別れ道を曲がった先にあった。
簡易的なベッドがあり、スイはそこへ座るように言われて腰掛けると、当たり前のように両端を双子に挟まれる。その光景にダルトンとアスマは目を丸くしたが、特に何も言わずそれぞれ椅子に腰掛けた。
ここに鉱石はなく、いくつかの灯りが壁の岩を掘って埋め込まれている。ダルトンが手にしていた灯りと同じものだ。
ダルトンは自身が持っていた灯りをテーブルの上に置くと、灯りの強さを調節するために光の中心に手をかざす。たぶん魔力を流し込んでいるのだろう。スイが暮らしていた村でも灯りをつけるのに魔力を使っていた。
スイはその様子を見ながら小さくため息をつく。ここにくるまで誰も何も言わなかった。今も沈黙が続いている。
そしてその原因が自分にあるのだと思うと、何だか気分が重かった。そんな気分だったからため息が出たのか、そんな空気を打ち消したかったのか、自分でもよくわからない。
「あの」
意を決して声を出す。
「ダルトンさんが守ってるのはここの奥にいる、あの生き物だったんですか?」
ダルトンは格段驚く風でもなく、予想通りとでも言いたげに、スイよりも大きなため息をついた。
「ああ、そうだ。やっぱり坊主はアレに会ったんだな」
「はい。アレは何なんですか? 人間ではないことは俺にもわかりました。でもあんな生き物、今まで見たことないです。それに……たぶん俺の体がこんなふうになったのは、アイツに何かされたからなんです」
手のひらを見つめる。明るい場所にいる今は目立たないが、暗い横穴の中を歩いてる時はちょっとした灯り代わりになるくらいにはぼんやりと光っていた。
「そうだな……まずはアレについて話さなくちゃいけねぇな。だが約束してくれ。ここで聞いたことは絶対に口外しないってな」
ダルトンの鋭い眼光がスイと双子を貫く。鼻先をしかめ、牙を剥き出したその形相は獣らしさが全面に出ていた。
「別に誰にも言わねぇから安心しろよ。オレらにとって重要なのはスイがどうしてこんなことになったか、だ。その他のことはどうでもいいんだよ」
カルラはベッドに片足を上げ、そこに肘をついた。スイとルトアにとってはいつもの見慣れた光景なのだが、それを目にしたアスマはギョッとした顔でカルラを見る。緊張感漂う場面での振る舞いとは思えないとでも言いたげな様子だ。
しかしダルトンはそんなカルラの態度を気にも留めず話を続ける。
「よし。その言葉、忘れるなよ? ……アレはな、プネウマなんだ」
「プネウマ、ですか?」
「聞いたことないか? 一部では精霊と呼ばれることもあるらしいが」
「精霊……それなら知ってます。でも実在するとは思ってませんでした。俺が聞いた話では、いるかいないかもわからない伝説の生き物って感じだったので……」
「まあ、その認識自体は間違っちゃいないな」
頭の上の丸い耳が小刻みに動く。
「だが実在はする。坊主も感じただろう、あの圧倒的な存在感を。あれだけのものが存在するかどうかすら知られていない世の中だなんて、おかしな話だけどな」
精霊。万物を司るもの。
かつて神は精霊を生み出し、精霊たちに創造の力を分け与えて世界をつくった。そういう言い伝えなら何度か聞いたことがある。
でもそれこそおとぎ話だ。俺は全然信じてなかった。今日、この時までは———。
「俺たちはプネウマの警備をしているんだ。プネウマってのは俺たちの想像を遥かに超えた力を持っているからな、私利私欲のために手に入れようとする奴らが後を立たない。世界の均衡を保つため、と言ったら大袈裟に聞こえるかもしれんが、カサドール組合からの指示でもあるんだよ。自分たちの管轄地域内でとんでもないものが見つかっちまったから管理するしかないのさ」
精霊が実在するという驚き、そしてアレがその精霊だというのか。
精霊、プネウマ……確かに対峙した時に感じたあの不思議な感覚は今までに味わったことのない感覚だった。
「まあ、管理ってのも所詮上辺の言葉だがな。プネウマのことはよくわかってないことが多い。せいぜい怒りを買わないように気をつけながら見守ってるっていうのが実際のところだ」
ダルトンはそこまで言うと腕を組み、椅子の背もたれに体重を預けた。隣でアスマが小さく首を振る。
「見守るだなんて生易しいもんじゃないじゃないですか。本当ならもっと大人数で警備したいところですけど、ここにあまり人数が集まるとアイツ機嫌悪くなって森を腐食し始めるし、おかげで人手は常に足りないし、いつも命がけじゃないっすか」
アスマの不満にダルトンは苦笑いしつつ、ゆっくりと体の重心を前に戻す。
「お前さん達には苦労かけるな」
「ああもう、僕らのことばかり気にかけるんじゃなくてご自分のことをもっとですねぇ……」
アスマが呆れたようにテーブルを軽く叩くと、半透明の髪の毛がプルンと弾んだ。
「ああ、もしかして」
ここまで傍観していたルトアが突然閃いたように手を叩く。
「この森が穢れの森と呼ばれているのはプネウマのせいでしょうか?」
ニッコリと笑顔で、どこまでも穏やかな雰囲気を纏うルトアに、ダルトンは毒気を抜かれたように瞬きを繰り返した。
「あ、ああ。由来としてはそうらしい。よからぬ奴らの抑止力だったり、プネウマが森を腐らせたりしてるうちにそう呼ばれるようになったと聞いている」
「そうだったんですね。ほらスイ、やっぱりそんなに危険な森じゃなかったですよ。私が言った通り、案外名前負けでしたね」
嬉しそうに、そしてどこか誇らしく胸に手を当てるルトア。上品な所作と美しい笑顔が相まって、何だか神聖なものに見えてくる。いや、ルトアはフィーリスなのだから神聖であることは確かなんだけど……。
今この場においてはものすごく場違いな気がしてならない。
「おいルトア。今は森の名前なんてどうだっていいだろーが」
「あ、そうでしたね」
誰よりもルトアの扱いに慣れているであろう双子の片割れが、脱線した話を本題に戻す。
「スイの体がこうなった原因がプネウマにあるってことはわかった。それでだ。オッサンはスイが具体的に何されたか、そこんとこは目星はついてんのか?」
「それは俺にもわからん。坊主が連れて行かれた時、俺たちもすぐに追いかけたが間に合わなくてな。だから坊主に聞きたいんだが、あの時プネウマと何があったんだ?」
全員の視線がスイに集中する。
何が、と言われても正直俺にも何が何だかわからないうちに元の場所に戻って来たわけで、されたことと言えば、宙に浮かされたことと痛みを伴う何かをされたということ。たったこれだけの情報しかないのだ。
肝心のされたことが当事者であるにも関わらず何もわからない。
それをどう説明したらいいのか……。
スイは迷いながらも先程の出来事を思い出しながら口を開いた。
「あの時はとにかく自由に動けなくて……ずっと宙に浮かんでたんです。たぶんプネウマに風を操る力? があるのかな。身動きできない俺にアイツはよくわからないことを言っていて、確か失礼なことも言われた気がする……」
あの時はそれどころじゃなかったけど、よくよく思い出してみると脆弱とか言われてたような気がする。
「あとは楽しませろ? とかも言われたかな。言葉に脈絡がなさすぎて何を言ってるのかさっぱりわからなかったんですが、その後こう……こんな風に手をかざしてきたんです。何をされたのかは俺にも……どうかしたんですか?」
話している途中でダルトンとアスマの顔色がみるみるうちに変わっていったので、スイは思わず話を中断した。
何かまずいことでも言ったかな?




