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星と煌めきの空  作者: 香坂
知るための物語
31/61

30



 速い。とにかく速い。


 スイはサウラを追いかけて森の中を全速力で走っているのだが、追うのが精一杯で全然近づくことができなかった。ちょっとでも気を抜いたらすぐに見失ってしまうほどの速さで木の上を移動していくサウラを息を切らしながら追いかけ続けていた。


 隙あらば矢を放とうと最初は考えていたが、そんな余裕は微塵もない。一度は構えた弓も今は背中に戻している。



 常に上を見ながら森の中を走るのは非常に困難で、走る道はとうに獣道などではなく、道なき道を無理やり走っているようなものだった。


 きちんと舗装された道ならもっと速く走れたかもしれないが、木を避け、背の高い雑草などを掻き分けながらではそうもいかない。地面も平らではなくあちこち凸凹としているし、柔らかい土は踏ん張りがきかないので時々足を取られそうになる。



 しかしサウラが気を遣って走りやすい道を選んでくれるわけもなく、むしろ進みにくい方へと誘導されるように、スイはひたすら障害物を避けながらの全力疾走を余儀なくされていた。




 どれだけ走ったかわからない。


 呼吸をするたび口と肺が直接繋がっているんじゃないかと錯覚するくらい、息の出入りが激しく、体の中を通る空気の冷たさにも慣れてしまった。

 いや、慣れたというよりはもう冷たさを感じる感覚が麻痺してしまったのかもしれない。


 身体中を巡る血は熱く筋肉を動かしているのに、肌を切るような風に皮膚が冷やされていく。軽く汗をかき始めている気もするが、暑いのか寒いのかもよくわからなかった。



 木の上を移動するサウラの長い尻尾が枝や幹に絡みつきながら離れて行くのをかろうじて確認できる距離間を保ちつつ、果たしてあの尻尾をどうやって切ったらいいのかを考える。


 走りながらでは確実に無理だ。


 巣に戻ったところを一網打尽にできれば———いや、さすがにそれはないか。わざわざ俺を巣に招待してくれてるとは思えない。むしろ罠の可能性だってある。


 いつの間にか狩る側と獲物の立場が逆転してしまう危険を考えると、このままサウラについて行くことが果たして良策なのかどうかすら自分の中で迷いが生じる。



 いずれにせよ体力が尽きる前に決着はつけたい。



 頭の片隅でそう思いながら木の間を縫うように走っていると、次の瞬間、突如として行き止まりとなってしまった。


「……っえ⁉︎」


 あまりに突然のことで、足は止めても全速力の勢いはすぐに止めることができず、思いきり前方に倒れ込みそうになる。


 踏ん張ったつま先は無情にも湿った柔らかい地面に絡め取られ、目の前の一面の葉っぱの壁へと突っ込む形で二、三回転ほどしてからようやく止まった。




「……いってぇ……」



 頭を押さえて上体を起こすと、そこはさっきまで見ていた場所とはまるで違う景色が広がっていた。


 森の中にいたはずなのに、ここには木が一本もないのだ。あれほどまでに鬱蒼と生い茂っていた木々や草が何一つない。

 それに葉っぱの壁に激突するわけでもなく、そのまますり抜けた感じだった。



 代わりにあるのは大きく美しい鉱石が岩壁のあちこちに、まるで生えているかのように鋭く突き出ている。


 決して狭くはないが、ある程度見通すことのできる大きさの洞穴のような場所に、スイは転がっていたのだ。



「ここは……?」



 薄暗くはあるが、灯りは必要ないくらいにぼんやりと明るい。驚くべきことに鉱石自体が光っているようだった。


 無数に突き出た鉱石はこの世のものとは思えないくらいに美しく、内側から発光しているのか、透明度の高さが窺える。



 あの陰鬱とした空気が漂う森の中とは思えず、まったくの別世界だと言われたほうが納得のできるこの状況に、スイはただただ呆然とするしかなかった。




「そうだ、サウラは……?」


 ハッとして辺りを見回すがどこにもいない。サウラを追いかけてここまで来たと思ったのだが、奴は別の道を逃げおおせたのだろうか?



 打ち身の体をさすりつつ、ゆっくりと立ち上がる。


 罠———ではなかったようだけど、すっかり見失ってしまった。尻尾を三本納品する依頼がまさかこんなに大変だとは思わなかった。あんなに足が速いだなんて、他のカサドールたちはどうやってサウラを狩っているのか……。


 そんなことを考えながら洞穴の中を歩き進めると、近づいて初めてわかる横穴がいくつもあることに気がついた。これらはどこへ繋がっているのか、気にはなるが戻れなくなっても困る。


 一番大きそうな横穴を覗きつつ、自分が入ってきた方向を確かめようと振り向いたそのとき、頬のすぐ横を鈍い光の刃が走った。


「……っ!」



 動けない。少しでも動いたらこの刃が頬を切り裂くだろう。



 スイが身動きできずにいると、今しがた覗いていた横穴から低い声が、とても近い距離で聞こえてきた。


「何者だ。何用でここに来た」


 感情を抑えてはいるものの、警戒心に満ちた声が喉の奥から響かせるように短く発せられる。


「返答次第では殺す」


 警戒心どころかはっきりとした殺意を示され、スイは心臓が跳ね上がるのを体感した。声が引きつりそうになりながらも、急いで説明しようと口を開く。


「ち、違います。サウラを追ってたらいつの間にかここに来てしまっただけで、何か目的があって来たんじゃないんです」



 少しの間があり、ゆっくりと頬の横から刃が退いた。


 ほんの数秒ほどしか経っていないはずだが、スイにとっては恐ろしく長く感じた。




 ドクドクと脈打つ胸を押さえ、そっと後ろを振り返ってみると、思いがけない人物がそこにいたのだった。


 それは相手も同じだったようで、スイの顔を見るなり今度は驚きをあらわにした声を出す。



「なんだ、坊主だったのか!」



 フサフサとした毛並みを持つその人物は、自分たちに宿を提供してくれたダルトンだったのだ。


「ダルトンさん⁉︎」

「おうよ、昨日ぶりだなぁ」


 先ほどまでの殺意が嘘のようにダルトンは朗らかに笑った。まだ手元に構えていた短剣も鞘に納め、のそりと横穴から出て来る。


 鉱石の光に照らされ、間違いなくダルトンだと確認できると、スイはようやくホッと胸を撫で下ろすことができた。



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