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星と煌めきの空  作者: 香坂
知るための物語
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29


 穢れの森だから、という先入観のせいではなく実際に森の中は陰鬱とした空気が漂っており、まだ昼間だというのに薄暗い。森の入口は陽の光を浴びて明るかったから、空を覆うように木の枝という枝が重なり合う森の中はなおさら暗く感じるのかもしれない。



「思ったより暗いし気味が悪いな」


 スイが独り言のように呟くとすぐ隣から同意の返事があった。


「穢れの森という名に相応しい雰囲気ですね」


 まさに自分が思っていたことを言われ、大きく頷く。


「でもルトア、そのわりには楽しそうに見えるけど?」

「ええ、まぁ。何が起こるかわからない、予測不可能な状況というのは恐怖で胸が高鳴りますね」


 いかにもワクワクした面持ちで、そぐわぬ発言をする。


「ルトアは変わってるよな」

「えっ、どこらへんがですか⁉︎」

「無自覚だからなー、こいつ」



 湿り気の多い土の上を歩き、落ちている枯れ枝を踏み締め、森の中を進んで行く。雪はないが霜のようなものがよく見るとうっすら木の皮の表面に這っていた。


 どうりで寒さがしみるわけだ。森の中に入ってから気温が一段階下がった気さえする。


 呼吸程度では白くなっていない息は、強くゆっくり吐くと大気を白く彩り、消えていった。



「サウラはどこら辺にいるんだろうな。住処を見つけられれば一番いいけど、生態がよくわからないから罠の仕掛けようもないし、魔物用の睡眠薬も数に限りがあるから無駄にはできないな……。そういえば二人は見たことあるのか? サウラ」


 両側を歩く双子に何気なく問いかけると、二人は顔を見合わせた。


「どうだったかなー。たぶん見ればわかる」

「見たことあるような、ないような?」


 なんとなく予想はしてたけど、やはり参考にならなかった。


 カサドール組合で見た依頼書に書いてあった絵は、具体性に欠けるものであったためにサウラの大きさすらわからないのだ。情報が少なすぎる。


 だがあの絵が本物に忠実なのだとしたら、あの太い手足は大きな体を支えるためにそう進化したものだと考えるのが妥当だろう。体長は自分よりも大きいと考えるべきだ。


 毒を使い、丸呑みする。であれば攻撃力はさほどないのかもしれない。毒で相手を弱らせ、じっくりと時間をかけて捕食する。そういった生き物なのだと、思う。



 パキリと枯れ枝を踏む音がひどく響く気がする。先に森に入って行った人たちに追いつくこともなく、自分たち以外の生き物の気配をまったく感じない。


 鳥も、虫も、冬だから身を隠しているのだとしても、妙に静かすぎるのだ。生き物が活動していた痕跡すらないのはどうしてだろうか。


「どうかしたのか? しかめっ面してんぞ」


 いきなり頭を鷲掴みにされて眉間の辺りをグリグリと指圧される。


「カ、カルラ! 何、を……!」


 そのまま髪の毛をグシャグシャとかき混ぜられ、もはや目を開けていられなかった。存外強い力で、力任せという言葉を体現させられる。


「聞こえるか?」

「聞こえてる、聞こえてるって!」

「聞こえてるって何が?」

「だからカルラの声が……」



 違う。

 

 今の声は誰だ⁉︎



 振り向いたその先には、冷えた空気が漂うだけで誰もいない。自分たちが歩いて来た獣道が続くばかりだった。


 だが確かに声が聞こえた。

 それもハッキリと、まるですぐ近くにいるような。



「一体何だよ?」

「どうかしましたか?」


 二人は心配してスイの顔を覗き込もうとするが、それより先にスイが勢いよく振り返った。


「二人は聞こえなかったか? 今の声」


 カルラとルトアは目を瞬き、訝しむように眉根を寄せた。


「私はカルラとスイの話し声しか聞いてませんね……」

 ルトアが首を傾げるとカルラが頷いた。

「オレも聞いてねぇな。なぁスイ、声ってどんなだ?」


 あんなにもハッキリ聞こえたというのに、聞こえたのは俺だけ?


「最初はカルラの声かと思うくらい似てたんだけど、ちょっと変というか、こう……頭に直接聞こえる? みたいな感じ」


「頭に直接ぅ? お前それヤバいのに寄生でもされたんじゃねーのか?」


 ニヤニヤしながらカルラが俺の頭をポンポンと叩く。完全に面白がっているみたいだ。


 不思議現象を体験した身としてはまったくもって笑えないのだが、ふと自分の腕の辺りが汚れていることに気がつく。


 いつ付いたのだろうか? 真っ白なスノーヴェヒターの毛でできた外套の裾近くが、ぬらりとした透明な液体のようなもので汚れていた。粘度が高いのか角度を変えても滴り落ちることはなく、べっとりと付着している。



 そこでスイは何となく上を見上げた。



 何故上を見ようと思ったのかと問われても、本当に何となくそうしてみようと思っただけだったので、それ以外の適切な理由が思いつかない。


 ただ、見上げたその先に、この森へ入った目的そのものが張り付いているなどと想像できるはずもなく、あまりの衝撃的な光景に開いた口が塞がらなかった。



 鋭い爪は地を這うためではなく、木の皮に食い込ませることで垂直移動をも可能にし、長い尻尾は枝に模様をつけるように絡みついている。

 薄暗い中でも細く縦に伸びた瞳孔は、まるでこの生き物の獰猛さを際立たせているようだった。



「……っサウラ⁉︎」


 慌てて身を引きそうになるが、両足に力を入れてその場に自身を縫い止める。


 いきなり動くのは危険だ。相手を刺激することに繋がる。とにかく今は身を守ることが最優先だ。



 それにしても———木の上で生活する生き物だなんて聞いてないぞ⁉︎ 見た目からして地を這うやつだとばかり思い込んでいた……!

 大きさは予想よりも小さかったが、それでも俺より一回り小さい程度。決して油断はできない。



 警戒しつつ睨み合うことほんの数秒。


 サウラは地面の上を歩くことしかできない俺たちを嘲笑うかのように、スルスルと木の上を移動し始めた。細い枝を何本も器用に使って体重を分散し、音もなく別の木へと移ろうとしている。


 まずい、逃げられる!



「ルトア、カルラ、二人はここにいて!」


 できるだけ小声でそう叫び、背負った弓を構えると、のんびりとした声が返ってくる。


「気をつけてくださいね」

「やられんなよー」


 非戦闘員である二人に何かを期待するだけ無駄なのだが、せめて緊張感くらいは持って欲しいと思う。遊びに行く我が子を見送るみたいな気やすさで手を振らないでくれ。


 自然と出たため息はわずかに白く浮かび上がり消える。



 スイはサウラが向かった方へと向き直り、走り出した。



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