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鈍い銀色の薄い金属の板がぶら下がったネックレスを掲げて見ると、細かい文字でスイの名前とカサドール組合の組合印が並び、右下に今日の日付が所狭しと刻まれていた。
金属板自体が小さいのでよく目を凝らさないと細かく刻まれた文字のすべてを読むことは難しく、どのような技術で彫られたのかと、さして重要ではない疑問が頭をかすめるくらいには精巧な造りである。
身分証の作成を頼んだところ、ほんの数分で受付の男の子が戻って来たのだが、その手には肌触りのいい布が貼ってあるトレーを持っていた。
「初回は銅貨一枚ですが、無くしたりしたら再発行に銅貨三枚いただきますので」
トレーの中には華奢なネックレスが入っており、それが身分証なのだと説明を受ける。身分証と言うからには書面のようなものを想像していたスイは、差し出されたネックレスをまじまじと眺めた。
「つけてあげますよ」
左隣から声がかかり、返事をする前に手に持った鎖をやんわりと持って行かれる。ルトアはよくこうしてスイの世話を焼いてくれるのだが、もう成人している身としては少し気恥ずかしい時もある。
以前、それとなく申し出てみたこともあったけれど失敗に終わった。カルラからは諦めろと短く言われ、それ以降はルトアの好きにさせるようにしている。
「ありがとう、ルトア」
「普段は服の中に入れておいたほうがいいかもしれませんね」
言われた通り襟元を広げて鎖を垂らし、小さな金属板を滑らせる。ひんやりとした感触は自身の体温ですぐに紛れた。
その様子を見ていた受付の子が大きく頷く。
「それがいいですね。自分の身分を振りかざして歩くのは無用な争いに巻き込まれる種になるだけですから。それが許されるのは貴族くらいですよ」
ふー、と息を吐きながら首を振る。何か良くない思い出でもあるのだろうか?
「さて、と。それではスイさん、この後はどうしますか? 今受注できる依頼はこちらですが、見ていかれます?」
表紙がなく、一列に並んだ複数の輪で閉じられた紙の束をカウンターに広げられた本の一番下から引っ張り出す。
そこには見慣れない単語がいくつも書いてあったが、たぶん魔物や素材の名前、地名なのだろうと当たりをつける。
スイはすぐに両隣の双子の顔を振り返った。昨日、魔物狩りに行くかもという話はしたが、今ここで依頼を受けてもいいか承諾を得ようと口を開きかけるも、それはカルラによって遮られる。
「最初は簡単そうなのにしろよー? 途中で死なれても面倒だしなー」
辛辣な言葉を投げつつ次々とと紙をめくり、あるページでピタリと手が止まる。
「ほら、これなんかどうだ? サウラの尻尾を三本。本数に応じて報酬額増減あり、だとよ」
「って言われてもサウラがどういう魔物か知らないからなぁ」
勧めてくるからには初心者向けの弱い魔物なのだろうと推測できるが、初依頼を失敗したくはないし予備知識や対策はしっかりしておきたい。
スイが唸ると受付の子が横に置いてある黒い本に手を伸ばした。
勢いよくページをめくると、本を見開きの状態で立てかけるようにしてスイの目の前に広げる。
「サウラ。見た目はこんな感じです。毒の牙を持ち凶暴ですが近づかなければ害はないですよ。毒の種類は神経麻痺毒なので、よほどヘマをしなければ初心者でも十分狩ることのできる魔物だと思います。まぁ最悪、体の一部を持って行かれそうになっても、奴らは噛み切るより丸呑みする生態なので引きずられる程度で済みますのでご安心を」
幼さの残る営業スマイルで無慈悲な情報提供をしてくれた。
神経麻痺毒、丸呑み……それらの物騒な説明にたじろぎながらも開かれたページを見ると、そこには筆で描かれた地を這う生き物の絵があった。
鋭い爪の短い四肢と長い尻尾、体長の半分はありそうな長く突き出た口先に無数の牙が覗いている。説明通りの凶暴さがありありと表現されていた。
……これの尻尾を切るのか。結構太そうだけどこの短剣だけでいけるのか?
そっと腰元の柄に触れる。
巨大なプラシクネの解体作業に使った時に、恐ろしく切れ味がいいことは実証済みだ。しかし、相手が厄介な場合は無理に倒そうとせず必要な部分だけを手に入れる手法も有効であり、今回はそれに該当するような気もする。
あの時のように予想外のことでも起きなければ、無茶をすることに意味などなく、狩りは常に自分の身の安全を最優先させることが大事なのだと教わってきたのだ。
「この魔物って、眠り薬とか効きますか?」
スイの質問に受付の子は一瞬ポカンとし、すぐさま身を乗り出して来た。
「もしやスイさん、狩りの経験が豊富な方ですか⁉︎」
「魔物、かはわからないけど、狩りの仕方はある程度心得てるつもり、かな?」
ものすごい勢いで距離を詰められ思わず後退る。
「やはり! 着眼点が素晴らしいのはそのせいですね? 初心者といえば考えなしに魔物に突っ込んで行く馬鹿ばかりですが、久々に将来有望な新人に出逢えて感激してます!」
スイが身を引いた分だけさらに詰め寄り、もはやカウンターの上に膝を乗せている。
「そ、それはどうも……?」
「是非とも我が組合のカサドールに、あ痛っ!」
突然頭を抱えてうずくまる男の子の後ろに、手刀を構えた男性が怒りの色を目に宿して立っていた。
「すみません、こいつ興奮すると手がつけられなくなるもので……」
青筋を立てながらもにっこりと笑みを浮かべる彼は、カウンターの上でうずくまっている男の子の後ろ襟を掴み、軽々と椅子へ戻した。
襟を引っ張られて苦しそうな呻き声が上がる。
「ちょ、もうちょっと丁重に扱って!」
「勧誘もいいけど苦情が出ない程度にお願いしますよ、先輩?」
文句を言う先輩の両頬を平手打ちのごとくバシッと挟み、低い声で凄む後輩。雇用歴に見合わない上下関係が垣間見えた。
馬車に揺られること40分ほどで街が見えなくなり、さらに進むと鬱蒼とした森の入口に出迎えられた。
フォーヴの街ではカサドール組合が所有する馬車で近隣の魔物の生息地へと行くことができ、組合で依頼を受ける者はカサドールでなくとも運賃無料で乗車可能と言われ、スイたちは早速利用することにしたのだ。
スイが受けた依頼は、サウラと呼ばれる魔物の尻尾の納品である。
結局あの後、受付の先輩後輩による口論が激化したため、ビリビリとした空気の中、スイは逃げるように目の前の依頼を受注して組合を出たのだった。本当は他の依頼も見たかったのだが、それどころじゃない雰囲気に気圧された結果であった。
サウラが生息する地は穢れの森だと教えられ、その名称に多少なりとも警戒していたのだが、目の前に広がっているのはどこにでもあるような森のように見える。奥に入ればその名の由来がわかるものを目の当たりにするのだろうか?
スイは馬車を降り、一緒に乗って来た他の人たちと少し離れてから二人に小声で聞いてみた。
「この森の名前って、瘴気が関係してたりするのか?」
「穢れの森ってやつか? 今のところ特に瘴気は感じないから関係ないと思うけどなー」
カルラは森を眺め、頭の後ろで手を組んだ。
穢れの森と聞いても一切微笑みを崩さないルトアは、手近な木の幹に手を触れる。
「まぁ、穢れにもいろいろ種類はあるでしょうし、昔あった出来事が踏襲されているだけかもしれませんよ。案外、名前負けということも考えられますし」
ねっ、と笑顔を向けられるも、それは天使の微笑みなのか悪魔の微笑みなのか……。ルトアが実は大雑把な性格だということが最近わかるようになってきたスイにとっては、あまり安心できない理屈だった。
信用してないわけじゃないけど、何かこう……手放しで賛同できないのはそのせいだ。
一緒に馬車に乗って来た人たちはすでに森の中へ入ってしまったらしく、いつの間にか周りには誰もいなくなっている。馬車も街へ引き返しており、いつまでも森の入口で突っ立っているのはスイたち三人だけだった。
慣れない森で日が落ちると移動が厄介だ。早いとこサウラを見つけないと……。
焦る気持ちを抑えるように、胸元に忍ばせてある小さな包みを外套の上から触れる。
ここへ来る前に店に寄り、睡眠を誘発する薬剤を購入したのだ。魔物にも効く種類のものだとお店の人も言っていたから、たぶん大丈夫だと思う。
無用な戦いは避け、できる限り安全に依頼を遂行したい。
戦いながら尻尾を切るのは至難の業だが、眠らせることができれば難易度はぐんと下がるだろう。念のため縛る用の縄も買ったし、準備はできている。
スイはカルラのポーチから弓一式を出してもらい、森の中へと向かった。




