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星と煌めきの空  作者: 香坂
知るための物語
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26


 案内された部屋は三人でも十分すぎるほどの広さがあり、軽く十人くらいは寝れそうなベッドが一つと、お洒落な模様が入ったテーブルと椅子が四脚、謎の扉が三つ、そして分厚い敷物がある豪華な部屋だった。

 照明も装飾品の一部であるかのようなその豪華さに、スイはひたすらに瞬きを繰り返した。


「本当にここに泊まっていいんですか?」


 恐る恐る尋ねると、獣人の男はもちろんと返事をして鍵を渡してくる。


「必要なものは大体そろってるはずだが、何か困ったことがあれば言ってくれ。俺がいないときは受付にいた嫁さんに言ってくれれば大丈夫だ」


 スイは受け取った鍵を握り締め、ペコリとお辞儀をする。

「ありがとうございます。あの、お名前聞いてもいいですか?」


 スイの申し出に彼は一瞬動きを止め、そしてすぐに笑い出した。


「はっはっはっ! そういえば名乗ってなかったなぁ、すまんすまん。俺はダルトンだ。よろしくなぁ」

「俺はスイです。あっちの二人はカルラとルトアっていいます」


 部屋の検分に夢中な双子の紹介も済ませ、明日の朝食についての説明をしてもらう。追加料金を払えばここで食べられるようだ。あとで二人に相談してみよう。




 ダルトンが部屋から出て行くと、カルラが勢いよくベッドへ飛び込んだ。


「うひょー! サイコー!」


 ベッドの上を縦横無尽に跳ねる。

 スイもベッドの上に腰掛けようとして、一体どこに腰掛ければいいのかと迷う。ベッドが広すぎるというのも考えものだ。


 今まで使ったことのあるどんなベッドよりも柔らかく、程よいバネの弾力性が心地いい。こんな所に二泊もできるだなんて信じられない。


 フカフカとその柔らかさを確かめていると、いつの間にかいなくなっていたルトアが謎の扉から現れた。


「すごいですよ。トイレと水浴び場がそれぞれ設置されてるんです。これほどの設備の宿屋がフォーヴにあるとは知らなかったですねぇ」

「じゃあやっぱりここって貴族のための部屋なのかな?」

「どうなんですかね? 料金は特別高いわけでもありませんでしたし。でもこれらの調度品を見る限りでは一般的な客室とは思えませんね」


 改めて部屋を見渡すも、そのどれもが宿屋の一室とは思えない造りと品の数々なのだ。全部屋この造りならば問題ないが、満室の状態で通されたからにはここが特別な部屋であることは明らかだった。



「あとから何か要求されたりとか、しないよな?」


 何だか急に怖くなってきた。身の丈に合わない待遇ほど居心地の悪いものはない。


「そんなビビんなって。オッサンがスイにぶつかりそうになった詫びみたいなもんだとでも思っとけよ」


 ベッドの上で大の字になっているカルラは喋りながらあくびをこぼした。そのまま寝てしまいそうな感じだが、ベッドが広いおかげでスイとルトアが寝る場所は十分にあるので問題はない。



 戸惑うスイの肩にルトアは軽く手を乗せ、それからベッドに腰掛けた。


「カルラの言う通り、あまり気にせず今日のところは寝てしまいましょう。結構な距離を歩いたのでスイも疲れてるはずですよ」


 それに、と一旦言葉を区切り優しく微笑む。

「明日はカサドールの組合に行くのですから、休める時にはきちんと休まないと体力がもちませんよ? もしかしたら魔物狩りに行くかもしれないんですから」


 そういえばそうだった。今日見かけたカサドールの組合に明日行くんだった。そこで魔物の情報やカサドールについていろいろ話を聞くつもりだったのだ。


「それもそうだよな。今心配したところで意味ないか」


 後ろに倒れ込むと体が弾むように揺れる。揺れが収まるとその弾力と柔らかさに、一気に眠気を誘われた。ベッドに吸い込まれるような感覚さえある。

 確かに今日は一日中歩き通しだったのだ。疲れていて当たり前なのかもしれない。自覚のない疲労が休息を求めている。



 カサドールの組合か……魔物のことについて詳しく教えてもらえるなら是非とも行きたい。魔物のことをよく知らないせいで、つい先日仕留めたプラシクネの核を取り損なってしまったのだ。核の存在と価値を知っていたらもっと良い立ち回りの仕方があったかもしれない。


 それと魔物の種類とかも教えてくれるだろうか? 苔ウサギがプラシクネという名の魔物だったことも全然知らなかった。もっと魔物についての情報が必要だ。これから先どんな魔物と出会うかもわからない。前もって準備できることはしておかないといけないのだ。

 村で狩りをしていた時も、獲物の特性を活かした罠造りが要であり、大人たちから気をつけるべきことや弱点をあらかじめ聞き、対策を練って森へ出かけたものだ。


 相手が苔ウサギだろうとそれは怠らない。

 命のやり取りをするのだから、慎重すぎるということは決してないのだ。



 スイがうとうとし始めていると、ルトアに後ろから両腕を引っ張られてベッドの真ん中にまで連れて来られた。

 隣にはぶつからない位置にカルラが仰向けで寝そべっており、すでに緩やかな寝息を立てていた。


 反対隣にルトアも横になると小さくおやすみなさいと言い、ゆっくりと目を閉じる。


 スイはその姿を閉じゆく瞳で眺め、やっぱり俺が真ん中なんだな、と薄れゆく意識の中で思った。






 翌朝、目が覚めるとカルラの足がお腹の上にあった。

 これにはいくつかのパターンがあり、腕、足、胴体、頭、ありとあらゆる部位がものすごい寝相と共に乗っかってくる。たとえ野宿でもそれは遺憾無く発揮された。


 さすがに慣れたとは言い難いが、起きても驚きはしなくなった。


 ルトアはルトアで、寝返りを知らないのかと思うくらいに寝た時のままの格好だし、二人を足して二で割ったらちょうどいい寝相になるんじゃないかとさえ思う。



 起こさないようにそっとカルラの足をどけ、軽く伸びをした。


 カーテンの隙間から差し込む光が天気の良さを知らせてくれている。

 道中、一度だけ雨に降られたが、通り雨だったのかすぐに止んだので本格的な雨には今のところ降られていなかった。旅をする上で非常にありがたいことなのだが、雨がまったく降らないというのも日照りの影響を考えてしまうので、あまり両手を上げて喜ぶことができないでいる。


 村では小さいながらも作物を育てたりもしていたから、雨降りも歓迎すべき天候だった。


 もう作物を育てたりする生活ではなくなったというのに、こういう考えは以前と変わらず自然と浮かんでしまうので、長年培ってきたものはそう簡単になくならないものだなといろんな場面で思い知る。



 スイは四つん這いでベッドを抜け出し、本格的に体を伸ばし始めた。毎朝のストレッチは今も欠かせない。その後は腹筋や腕立てなどの軽い筋力トレーニングだ。


 一人暮らしの頃は自由に時間を使えたので、空いてる時間に体力作りに勤しんでいたが、カルラとルトアと行動を共にするようになってからはそういうわけにもいかず、あまり早起きではない二人が起きるまでの間に済ませてしまうことにしていた。



 そろそろカルラが起きてくる頃かな、と思っていると、案の定眠そうな声がかかる。


「まぁた筋トレかよ。本当好きだなー、お前」

「カルラも一緒にやる?」

「パース」


 あくびを噛み締めながらベッドの上でゴロリと頬杖をついてこちらを見てくる。


「……マッチョにでもなりたいわけ?」


 目を細め、呆れ顔で聞いてきた。

 スイは思案するように斜め上に視線を移すと、マッチョか、と小さく呟く。


「おい、まさか本当にマッチョになりたいとか言うなよな?」

「ダメか?」

 一度は憧れるであろうマッチョ。なれるものならなってみたい気持ちはある。


 カルラはあからさまに嫌そうに唇を曲げると、まだ寝ているルトアを指差した。


「オレは別にいいけどよ、たぶんこいつが全力で止めにくるぞ?」

「ルトアが? 何で?」

「昔、マッチョに背骨折られそうになったからなー。それ以来マッチョに対しての警戒心がすげぇ」

「そ、そうなのか……」


 それは一体全体どんな場面だったのか。何がどうなってそんなことになったのか。想像もつかない。



 そんなスイの心情を察してか、カルラは軽く鼻で笑うと再び頬杖をついた。


「オレらが浄化に向かう場所って魔物に遭遇する率高いだろ? あの時は瘴気の濃さが特に異常でさ、ヤバい魔物でもいるんじゃないかってことであらかじめ護衛を雇ったんだよ。そしたらその内の一人がルトアに惚れたみたいでなー、なんか知らねぇけど思いあまって力いっぱい抱き締められて、危うくルトアが死にかけたんだけど、そいつがマッチョだったってわけ」



 反応に困る思い出話だった。


 そっとルトアのほうを見て、とりあえず無事でよかったと心の中で言う。


 ルトアとカルラはとても綺麗な顔をしているし、その美しさは万人が認めるものであることは街中を歩くだけで明らかだった。

 艶やかな髪の毛と陶器のような肌はどこか作り物のような雰囲気があり、長いまつ毛が伏せられると儚さが漂うようなその風貌に、誰もが目を奪われてしまう。


 それはスイも例外ではなく、しばらく一緒に過ごしていても時々見惚れることがあるくらいだった。


 綺麗すぎて近寄りがたいという印象のほうが多そうだが、一目惚れされることも少なくはないだろうとも思う。


 その護衛の人はきっと後者だったのだろう。しかしそうだとしても背骨が折れそうになるほど強く抱き締めるのは、想いを寄せる相手に対する行動としては些か強引な気もしてしまう。



「本当あの時は大変だったなー。ルトアが痛めた背中と腰の療養のためにアストロンに缶詰めになるし、クソ野郎の顔を毎日見る羽目になるし……」


 ぶつぶつと文句を言うカルラはようやく起き上がる気になったみたいで、ズルズルと広いベッドの上を這うと身軽な動きで床に着地した。

 そして体力作りが終わったスイの目の前に立ち、右の口角だけを器用に上げる。


「なぁ、ここの朝飯って追加料金払えば食えるんだったよな?」

「うん」

「じゃあ朝飯代で賭けをしようぜ。賭けの内容はそうだなー……。ルトアが起きて最初に言う言葉! これでどうよ?」


 名案だとでも言いたげにパチンと指を鳴らす。普通ならこの音で起きてしまいそうなものだが、幸いルトアは爆睡型である。


「それはいくらなんでも難しすぎるんじゃないかな?」

「別に一言一句同じじゃなくてもいいんだよ。より近いことを言ったほうが正解ってことで。な?」

「うーん、まぁ、それなら……」

「よし、決まりー」


 もし負けたとしても今は一文なしを脱却できているのでカルラ一人分の朝食代くらいなら大丈夫だ。

 それでも賭けに負けるのを甘んじるわけではないので、寝ているのか死んでいるのかわからないルトアを見ながら真剣に考えることにする。どうせなら勝ちたい。


 この前は食べ物の夢を見てたな……その前は天下一武道会がどうのと言っていたし、さらにその前はランプから何かが出て来た話を聞いた。


 ……いやこれ、やっぱり難しくないか⁉︎

 大抵は夢うつつで寝言を言いながら起きるイメージだけど、それを当てるのは至難の業だ。ここは裏をかいたほうが実はよかったりするだろうか?



「オレはもう決めたー。スイは?」

 カルラはベッドに腰掛けると足を組んだ。


「ううーん……。いいよ、決めた……」


 悩みつつ答えるとカルラはニヤリと笑う。


「じゃあオレから。『それはまだ生焼けです』だな!」

「うわぁ、ありそう。俺は『おはようございます』かな。いつも予想外だからあえて普通の挨拶にしてみるよ」

「なるほどなー、逆にそれもありかも」


 お互い、うんうんと頷く。今この世で一番くだらない賭けをしている自信がある。




 そうこうしているうちにルトアの指先がピクリと動いた。スイとカルラは固唾を飲んで見守る。


 カルラと同じ色の瞳がゆっくりと開いた。



「これが異世界ですか……」



 二人はルトアに朝食を奢らせることにした。

 


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