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スイたちは塊肉が看板メニューのお店で存分に腹を満たした後、店の給仕にティグリスという名の宿屋について尋ねてみた。
「ああ、それならこの街で一番大きな宿屋ね。北門のほうにあるからここからだとちょっと遠いわよ?」
テキパキと会計を済ませながら教えてくれた給仕の女の子は、お釣りを受け取るカルラに頬を赤らめながらそう答えた。
「でもティグリスは人気があるから今から行っても空きはないんじゃないかしら? お客さんたち旅の人よね?」
「ちょっとしたツテがあるんだよ」
カルラは彼女の熱視線を知ってか知らずか、特に気にも留めずに数枚の銅貨をポーチへ乱雑に放り込むと、ごちそうさんとだけ言ってスイたちと店を出る。
扉が閉まる寸前にスイがチラリと振り向くと、まったく相手にされなかったことへの落胆なのか彼女はレジカウンターに肘をついて項垂れていた。
すれ違うだけで人々を魅了していくカルラとルトアは、本人たちにその気がないことも相まって高嶺の花という言葉がよく似合う感じだった。
手が届かないと思って遠巻きに鑑賞するだけだったのに、突然近くに来た機会に勇気を出して手を伸ばしてみるも、いとも簡単に躱されてしまう。やはり自分には出過ぎた真似だったと落胆する女性たちの姿はこれまでにも何度か見てきた。たまに男性も。
スイはここ何日か彼ら双子と行動を共にすることでその状況に慣れてきたし、二人が己の顔面の良さに無自覚なのも知っているからこそ、相手にされずに撃沈していく人たちに若干の同情を抱かざるを得なかった。「この人たち誰に対してもそうなので気にしないでください。決してあなたに魅力がないわけじゃないんですよ」と言ってあげたくなる。
実際はそんな言葉をかけることもできないので、スイが最後に小さなため息をつくという一連の流れが完成されつつあった。
「どうしたんですか、スイ。浮かない顔をしていますね」
「いや、大丈夫。……ルトアとカルラは好きな人とかいないのか? 例えば結婚相手の理想とかさ」
自分自身まだそういう相手がいないのにこんなこと聞くのは少し変な感じもしたが、もしかしたら何か参考になるかもしれないと思ったのと、あとはただの好奇心だった。
特に深い意味はなく質問したその答えが、まさか予想もしなかった展開になるとは思いもせず、スイは世間話のようにルトアに軽く問いかけた。
「それは種の繁栄という意味ですかね? そういった観点であれば答えは『いいえ』です。私たちフィーリスは子孫を残すことはできないので」
「えっ……?」
驚いて足を止めるとカルラに背中を押されて無理やり歩かされる。
「残せないっつーか、残す必要がないってやつだな。オレらに課せられた役割は瘴気を浄化することだから、人間たちがする結婚とか子孫繁栄とか? そういうのは全然関係のない話ってことー」
ていうか興味もねぇしな、と付け加えるとスイの背中にあったカルラの手の温もりが離れていく。
スイは語られた事実にただただ驚いて、離れていった温もりを追いかけるようにカルラの服の裾を掴んだ。
「えっ、子孫を残す必要がないって……それってどういうこと? じゃあフィーリスは絶滅しちゃうのか?」
「絶滅はしねぇから安心しなー」
「子孫はいませんが、新しいフィーリスはちゃんと誕生するので大丈夫ですよ」
二人は軽く笑い合いながらスイの頭を順番に撫でていった。カルラにグシャグシャにされた髪の毛をルトアが整えてくれる。
子孫は残さなくていいけど新しいフィーリスは誕生する? スイの頭の中はますます混乱を極めた。
「つまり……どういうこと?」
「まぁ、神のなせる業と言いますか……詳しくは機密事項なのでこれ以上は教えてあげられないんです。すみません」
神。
それを言われるともうすべてを納得せざるを得ない感じがするのは何だかずるい気もする。神様なら何でもありだろうと思えてしまう自分も大概だが、機密事項なのだと言われてしまえばこれ以上追及することもできない。
スイは少しだけモヤッとした気持ちを押し込めて宿屋を目指した。
「ごめんなさいね、今日はもう満室なのよ」
ティグリスと書かれた看板の大きな建物を発見した三人は、とりあえず空室確認をするために中に入ったが満室だと言われてしまった。
他の宿屋も満室ばかりだったので、なんとなく予想はできたのだが答えはやはり満室。しかしここで引き下がる予定もなく、ルトアは受付の女性にさらに尋ねてみた。
「先程ここの宿の主人だと言う獣人の男性にお逢いしまして、その方からこちらの宿を紹介されたのですが……」
「獣人? 特徴とかわかるかしら?」
「ええ、ちょうどあなたと同じ毛色の美しく逞しい虎の獣人でしたね」
にっこりと綺麗な笑みを浮かべるルトアに、受付の女性はまんざらでもなさそうに頬に手を当てて嬉しそうに微笑んだ。
「あらお客さんたらお上手ね。でも私と同じ毛色の虎の獣人ってことは、きっとうちの夫に間違いないと思うわ」
彼女も虎の獣人のように見えるが、あの男性よりも随分と人間に近い見た目をしている。帽子を被ってしまえば獣人だとわからないほどに、見える範囲では頭の上の耳くらいしか人間との外観的差がない。
「へぇー、あのオッサンにこんな美人の奥さんがいるなんてなー」
カルラが他人の容姿を褒める現場を初めて見たスイは、思わずカルラを凝視してしまう。
「……何だよ?」
「カルラもそういうこと言えるんだと思って正直かなり驚いてる」
「あのなー、オレのこと何だと思ってんだよテメーはよぉ⁉︎」
力任せに頭をかき回され、髪の毛がグシャグシャになってしまう。さっきと同じ状態になったが、今は整えてくれるルトアが受付の女性と話しているので、カルラに文句を言いながら自分で直した。
「それにしても夫婦でやってる宿屋だったんだな」
壁にもたれ掛かりながらそう問いかけると、カルラも隣に来て壁に背中を預けた。
「だからあのオッサン、空きがなくても大丈夫とか言ってたんだなー」
「でも空きがなかった時はどうするつもりだったんだろう?」
「特別なお客用に取って置いてある部屋でもあるんじゃねぇの? これだけデカイ宿屋なら貴族のお忍びとかでも使われそうだしなー」
カルラは大きく口を開けてあくびをする。
「えっ、出会ったばかりの俺たちにそんな部屋用意してくれて大丈夫なのかな?」
もしそうなら特別待遇となってしまう。素性も知れない俺たちにそこまでしてくれる理由がわからない。
「さぁなー? あのオッサンの思惑はわかんねぇけど、泊まっていいって言うんなら遠慮なく泊まろうぜ」
ルトアが受付の女性と談笑している様子をぼんやりと眺めつつ、カルラとそんな話をしていた矢先、入口から体格の良い獣人が入って来た。
「おお、あんたたち来てくれたのか」
牙を剥き出しにして笑う彼は、まさしくこの宿屋を紹介してくれた獣人だった。
奥さんである受付の女性に向かって頷くと、フサフサとした毛をなびかせ、大股でスイたちの元へ歩み寄って来る。筋骨隆々な体をさらに大きく見せるように胸を張った。
「何泊の予定だ? 部屋の心配はいらねぇぞ」
「とりあえずニ泊だなー。ルトア、それでいいだろ?」
カルラがそう言うとルトアは肯定の微笑みを返し、ニ泊分の支払いを済ませてこちらに来た。
三人そろったことを確認すると、獣人の男は再びニッと笑い、奥にある階段へと歩き始めた。
「それじゃあ部屋に案内するからついて来てくれ!」




