24
魔物狩りを生業とする彼ら、カサドールに出くわしたのはネーロンを出て二つ目に立ち寄った街だった。
一つ目の街は街と言うには規模が小さく、宿と食事処、必要最低限の商店があるだけだったので、スイたちはそこに滞在することなく通り過ぎたのだが、街と街の間にある中継地点のような小さな町は、スイに若干の懐かしさを感じさせた。
故郷の村はここよりももっと小さかったけど、どことなくのんびりとした雰囲気が似ている気もしたのだ。
二つ目の街、フォーヴと呼ばれるその場所は、垂れ幕のように布がかかっている建物が多く、その布地は赤、黄、緑、青などのさまざまな色合いと模様で、街中を歩く人たちも色とりどりな服装を身に纏っていた。
「染め物に力を入れている街なんですよ。特産品として人気も高いみたいです」
海の街ネーロンの活気とはまた違った賑わいに、スイが瞳を輝かせていると、ルトアがフォーヴについて教えてくれた。
初めて訪れたスイは思う存分街中を見て回りたかったのだが、腹が空いたと文句を言うカルラの背中を二人で押し、先に宿を探すことになる。
「染め物ってこんなにいろんな種類があるんだなぁ。全然知らなかったよ」
「派手だよなー」
「素晴らしい作品の数々がこうして並ぶと壮観ですね」
もう少しで日が完全に落ちてしまう時間帯だ。今日はもともと天気があまりよくなかったので、なおさら辺りは薄暗い。
「あ、あのお店に飾ってある服、すごく綺麗な模様だね。あれも染めてあるのかな?」
「そーなんじゃねぇのー?」
「職人技が光りますね。各地から弟子志願者が絶えないそうですよ」
凹凸のある石畳みの地面を進んで行く。段々と街灯に明かりが付き始めてきた。
宿屋を探してはいるものの、フォーヴは今まで立ち寄った街の中でも一番都会っぽさがあり、いろんなものが目についてスイの興味を刺激する。さながら田舎から出て来た観光客丸出しで、いにいち指をさしたり感嘆の声を上げていた。
ルトアはそんなスイと一緒に街並みを楽しんでいる様子で、お腹が空いたカルラもぶつぶつ文句を言いながら付き合ってくれている。
すれ違う人々も、一目で武装しているとわかる人の割合が多い気がする。そういった部分も他の街とはかなり雰囲気が違っていた。
肩を突かれたので宿屋が見つかったのかと思い振り向くと、ルトアがニコニコと笑顔で両開きの扉が大きく開け放たれた建物を指し示した。
「あそこにカサドールの組合があるんですよ」
「カサドールって、魔物狩りの?」
魔物を狩ることを生業としている人たち、カサドール。彼らと同じく魔物を狩って生計を立てようとしているスイにとっては耳寄りな話だ。
「はい。ここフォーヴはそれなりに魔物狩りが盛んな地域なようです。きちんと組合がありますし、何より魔物の情報の宝庫だと思うので、行けば勉強になるかもしれませんよ」
「でも俺、カサドールじゃないけど行ってもいいのか?」
魔物と知らずに仕留めてきた苔ウサギを総数に入れていいならかなりの実績にはなるが、実際のところ魔物らしい脅威との戦いは先日の巨大苔ウサギだけである。プラシクネという名前らしいが、肉の価値もそこまで高くないし、魔物狩りの実績と言うには少し足りない気がする。
それにまだカサドールになると決めたわけじゃないので、組合を訪ねるというのはなんだか気が引けてしまう。
心配するスイを安心させるように、ルトアはふんわりと微笑んだ。
「それは大丈夫なはずですよ。試しに明日行ってみませんか? そこでカサドールについてもいろいろ話を聞いてみるのがいいと思います」
組合にはカサドール志願者向けの受付もあるようで、そこで詳しく話が聞けるらしい。
カサドールになるかならないか、専門家にきちんと話を聞いてから考えたいし、ルトアも無理に勧めるのではなくスイの意志を尊重してくれている。その上で選択の自由を与えてくれている。
スイは扉を出入りするカサドールらしき人たちを遠目に見ながら、ふとあることに気がついた。
「ルトアって魔物と戦ったりしないのにカサドールについて詳しいよな? なんでだ?」
争いを好まず、魔物と戦わないフィーリスと、魔物狩りを職業とするカサドールは対極にいるのではないだろうか? 一番接点がなさそうに思える。
「ああ、それはカサドールに知り合いがいるからですね」
「友達ってこと?」
「いえ、そこまで親密な関係ではないのですが、たまに護衛として雇ったりもするので知り合う機会はそこそこありますね」
確かに魔物から逃げてばかりでは浄化の仕事に支障が出そうだし、魔物を熟知してそうなカサドールが護衛にいればルトアたちも浄化に専念できるだろう。
今回の旅路でもそのうちカサドールを雇う時がくるのかな、と思いを巡らせていると、腹の虫が悲鳴を上げているカルラから「早く飯」という無言の抗議を受け、スイとルトアは再び宿屋探しに奔走することとなった。
「おっとごめんよ!」
スイの体の二倍はありそうな筋肉の塊とぶつかりそうになったのだが、すんでのところで衝突は免れた。少しよろめいてしまったが、後ろにいたカルラに軽く支えてもらう。
宿屋を見つけたが満室で、しかも断られたのが三軒目ということもあり、今夜の寝床をどうするかを三人で話し合っていたところだった。道の脇でかたまって話していたのだが、ちょうど路地裏から出て来た人と鉢合わせる位置にスイが立っており、危うくぶつかりそうになってしまったのだ。
スイは支えてくれたカルラにお礼を言いつつ、路地裏から出て来た人物を改めて見上げた。
「いやあ、急いでたとはいえすまなかったなぁ。坊主、怪我はないかい?」
フサフサの毛で覆われた耳がついた頭をかきながらそう言うと、縞模様の入った尻尾を一振りする。
ぶつかりそうになった相手は獣人だったのだ。
どこからどう見ても獣人だった。髪の毛なのか体毛なのか境目がわからないくらいに、体表面に白と茶色が混ざった毛が生えている。冬でも上着の前は閉めない主義なのか、胴体にも立派な毛がフサフサとあり、肌がまったく見えない。
耳や尻尾に、おそらく虎と思われる特徴が色濃く出ている。
獣人は体に現れる獣の割合に個体差があると聞いたことがあるけど、彼はかなり獣の要素が強いみたいだ。
「ん? どうした坊主? もしかして獣人が珍しいのか?」
頭をかいていた手が今度は顎をポリポリとかき、大きな体躯を屈ませてスイを見下ろした。
「えっ、あ、すみません! ジロジロ見てしまって……」
スイはハッとして慌てて頭を下げた。
「いや、なぁに、獣人ってのはなにかと注目される種族だからよぉ、こちとら慣れっこなんだわ。気にすんな! 俺のこの素晴らしい毛並みに見惚れるんなら悪い気もしねぇってもんよ」
ニカっと笑うと鋭い牙が剥き出しになり、なかなかの迫力がある。フサフサの胸を誇らしげに反らすと、スイの両脇にいる双子の存在に気づいたようで、おっ? と声を上げた。
「なんだよ随分とべっぴんぞろいだなぁ? 見たことない顔だしあんたらこの街の者じゃねぇだろ。観光か何かか?」
今度はこちらがジロジロと見られる番となり、これといった荷物を持たないスイたちを上から下までしっかりと観察される。
小さめのポーチを腰につけているルトアとカルラはまだしも、スイは短剣をぶら下げているだけで本当の手ぶらなのだ。この街の住人でなければ観光客としか思えないほどの軽装である。
それに彼の口ぶりから、この街に住む人たちの顔ぶれについて詳しいだろうことが窺える。決して小さな街ではないのに、スイたちの顔と出で立ちを見ただけで住人ではないとわかるほどだ。この街に長く住んでいてそれなりの地位にいる人物なのかもしれない。
観光かと聞かれて何と答えたらいいのか迷い、ルトアに視線を送るとスイの考えを見透かすかのように目を細めて微笑んだ。
ルトアは獣人の男と向き合う。
「ここへ来たのは旅の途中に立ち寄っただけです。目的地までまだ遠いので、今も寝床を探していたところなんですよ」
ルトアの言葉に彼は眉を上げた。
「なんだあんたたち今夜泊まる所を探してんのかい。それなら俺の所に来るといいさ、これでも宿屋の主人だからな」
思いがけない提案にスイは喜び、すかさずカルラを見た。宿屋選びの決定権はカルラにある。
カルラは腕を頭の後ろで組みながらだるそうに口を開いた。
「このまま野宿になるよかマシだな。このオッサンの宿に泊まろうぜ。それよかオッサン、急いでたんじゃねーの?」
カルラの一言に男はしまったという顔をして、顔の前で両手を合わせた。
「すまん! 用事を足したらすぐに戻ってくるからちょっと待っててくれ。それか宿に先に行っててもいいぞ、空きがなくても俺の紹介だと言えば大丈夫だ。場所はそこら辺にいるやつにでも聞いてくれ。ティグリスの宿って言えばわかる!」
彼はスイたちが了承する前に足早に去って行ってしまった。最後のほうはほとんど走り去りながら叫んでいた。
その場に置き去りにされたも同然の三人はお互いの顔を見合い、ルトアとスイはクスリと笑うとカルラは肩をすくめる。
わかったのは宿屋の名前だけで、獣人の男の名前がわからない。紹介だと言えばいいと言われたが、果たして特徴を伝えるだけで大丈夫なのだろうか?
宿探しの心配がなくなった今は今夜の食事をとることが最優先事項となったので、三人はとりあえず食事処を探すことにした。きっとそこでティグリスの宿の場所も聞けることだろう。
カルラほどではないがスイも空腹を感じていたため、風に乗って漂ってくる香ばしい匂いを頼りに歩き出した。




