第二話 決意
目を覚ますと、視界には全面スカイブルーの見知らぬ空間が広がっていた。
サービス開始当日から慣れ親しんだゲームだが、こんなエリアは一度も見たことがない。
取り敢えず視界の右下に表示されている時計を確認しておく。
〔6月2日 AM 9:02〕
……ん?
今日はまだ5月に入ったばかりじゃなかったか?
それにまだ9時か、意外と経ってないな。
いや、まてよ。ログインしたのも確か夜9時だったはず。
こっ、これは朝の9時だ!!
不味い。寝落ちした。
完全に遅刻じゃないか……。
普段はアラームを現実・VRともに複数セットするので、寝過ごすことは殆ど無い。
だが、今回はどういう訳かゲーム内アラームが全てオフになっていた。
ああ、、会社には何て説明したらいいんだ……。
『やっと目覚めましたね』
困惑する俺の耳に、穏やかな女性の声が聞こえてきた。
我に返った俺は周囲を確認し、声のする方向に目を向ける。
現れたのは薄紫色の髪をした女性。
勿論現実の人間では無いと思う。
しかし、その姿はゲーム内アバターでは再現不可能なほどに繊細で艶やかだ。
「貴方は死にました」
「俺が……死んだ?」
「そうです。それもオンライン上でのデスではありません。貴方が大半の時間を過ごす世界での死です。正確には私が殺しました」
「っ……!」
「確認してみるといいでしょう」
何かわからないが身の危険を感じた俺は、女性から咄嗟に距離を取る。
そして空間をスワイプ操作して外部のWEBアプリを起動、ニュースサイトを開いた。
「何なんだ、これは……」
ニュース記事には『独身男性、VRゲーム中に死亡か』と書かれている。
そこに載っていた写真は俺自身であった。
「間違いない。これは……俺だ」
「貴方が死亡してから約一ヶ月が経過しています。昨日、異臭に気付いた近隣住民が貴方を発見して通報しました」
「な、何の冗談だ……?」
「冗談ではありません。全て本当の出来事です」
「いや、ま、まさか。そんな事よりも早くログアウトして会社に連絡を入れないと……」
何かの間違いだと思った俺は、メニューウィンドウを開く。
『ログアウトしますか? YESorNO』と書かれた画面まで進むが、何故かログアウトできない。
『YES』を押しても反応が無かったのである。
「無駄です。言ったでしょう、貴方は私が殺したと」
「まさか、本当に……? なぜ、君はこんなことをしたんだ」
「こうする事が必要だったからです」
「……必要?」
「これで貴方の魂は完全に肉体と分離しました。そしてこれから、新たな個体として生まれ変わるのです」
戸惑う俺を前に、女性は複数のウィンドウを両手で操作し始めた。
「ちょっと待ってくれ。魂の分離ってどう言う意味だ? あの写真の俺は抜け殻とでも言うのか?」
「そうなります」
「いや、そんな事が出来るはずが……」
何を出鱈目な、と思う。
しかしこの人が嘘をついているようには見えない。
「一つ例を挙げましょう。二つの世界の移動。それに似たような事例に心当たりはありませんか?」
「もしかしてVRゲーム……いや、メタバースか?」
「そうです。フルダイブ型仮想空間の登場により、この世界の人間は魂を分離することに慣れ始めました。そして遂に、本来不可能とされる次元間移動の条件が揃ったのです」
女性が左手を高くかざすと、スカイブルーの空間が歪み始める。
そしていつの間にか俺のアパートの部屋へと移動していた。
だが、俺の姿はNOF3のアバターのままだ。
「ここは……俺の部屋か?」
「はい。これが魂の移動です。私の補助さえあれば、もはや貴方に次元と言う壁はありません」
俺は頭が真っ白になった。
これは夢なのかと本気で思った。
「申し遅れました。私は世界の調和を維持する天使が一人・ミカエルです。断りも無く貴方をお呼びしたことを深くお詫び致します」
自らを『天使』と名乗る女性は、こちらを向いて深々とお辞儀した。
「天使だって? そんな人が何故俺を……」
「それは貴方の力が必要だからです。先程のカオスドラグーンとの戦いから、貴方が最適な人物であると判断しました」
「い、いや、あれはゲームの話で」
「それは違います。本来の貴方の能力に対し、現実の肉体の適合率が限りなく低かった。だから今回、現実の貴方を殺害するという形で、より適合率の高いNOF3のアバターに魂を移したのです」
自分のアバターを確認すると、テクスチャの解像度が上がり、もはや現実の肉体と変わらなくなっていた。
本当にこれが今の俺だと言うのか……?
「教えてくれ、君の目的は何だ?」
「一言で表すならば、貴方を異世界へと送り込み、【サタン】の復活を阻止していただくことです」
「サタン?」
「はい。NOF3に似た異世界で、魔王・サタンが復活しようとしています。彼の者は存在する全てをその恐ろしき蒼炎で燃やし尽くし、次元の壁すらも破壊する。世界を調和する役目を持つ我々天使が看過することはできません」
そう語るミカエルさんの表情は青ざめているように見えた。
どうやらこの人は、俺を異世界に送り込もうとしているらしい。
「なるほどな……。異世界に行ったらどうなるんだ? 俺はまた赤子に生まれ変わるのか?」
「その心配は要りません。NOF3でのアバター、スキルや装備・アイテム等を実在するものとして、全て引き継いだ状態で転送します」
ゲーム世界の情報が現実に再現されるのか。
そこまでするとは、とんでもない世界に送り込まれそうだ。
「ミカエルさんの事情は把握した。……だけど、もし断ったらどうなるんだ? 俺は元いた部屋に帰れるのか?」
「申し訳ありませんがそれは無理な話です。もう貴方には以前の肉体がない。新たに同じ世界に転生する事になります。私の都合で勝手に殺してしまったのですから、償いとして来世では貴方の幸せを約束いたします」
ミカエルさんは申し訳なさそうに俯いた。
一体どうするか。
来世の幸福が約束されるのなら、きっぱりと断る方が楽なのかもしれない。
そもそも巻き込まれただけなのだから。
だが、それでいいのだろうか。
俺は俺としてやり残したことは無いのか……?
少しの時間葛藤してから、俺は決心した。
「ミカエルさんの話を受けよう」
こうして俺はミカエルさんから光の洗礼を浴び、異世界に転生することになった。




