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いつも見ている  作者: 中町 プー
1/3

いつも見ている①

「あの…………柴田さんのこと好きなんだ。僕と付き合ってもらえませんか?」


「えっと…………それ本気?じゃあ答えは無理。…………ていうかなんで付き合えるなんて思えたの?」


「え?…………だって。…………じゃあなんでいつも誘ったら来てくれたの?」


「いやしつこいし。単なる暇つぶしだけど?私、彼氏いるの。ほら、同じサークルの馬淵君。えっとあんまりしつこいと彼に言うけど?」


「……………………分かった。でもそれじゃあ普通に友達とかは?」


「いや、もうあんた飽きた。もう連絡もしないで。」


 加奈子は所謂、サークル内でも憧れの的で、男子部員は皆、その姿を見たら口をそろえて可愛いと言った。


 確かにその小動物を思わせる大きな双眸で見つめられ、小さい口から発せられる、可愛い顔にお似合いの高く鼻にかかった声で話しかけられたら誰だって彼女を好きになるだろう。


 そんな子に連絡先を教えてもらえて、有頂天になり、思い切って彼女を遊びに誘ったら来てくれたことでまた僕はその気になって彼女を何度も遊びに誘った。


 そうして三度目のデートの今日、彼女に告白したのだ。


 結果は玉砕したわけだが。


 それからは絶望的な日々が始まった。


 彼女を遊びに誘っていることはどうやらサークル内の人間に筒抜けであったようだ。


 その後、僕の告白やらデートの話は瞬く間にサークル会員や彼氏に知られ、その話は嘘も誠も関係なく、誇張された話がサークル内を飛び交った。


 暴力を振るうなど、捻じ曲がった性癖を持っているなど身に覚えのない悪口を言われることもあった。


 僕は彼らから笑いものにされ、サークル内の元カノの美紀も同じくその輪に加わり、僕との交際中の話を面白おかしく話し、僕はそういう揶揄われる立ち位置になっていった。


 美紀に問い詰めるも、それは違うと否定するのだが確証は得られず、サークルの人間と関わっている彼女の笑った顔を見ると、それはやはり僕を馬鹿にしている顔であった。


 後輩からもため口で接されて、同期と先輩からは馬鹿にされる。


 誰もが僕を馬鹿にし、軽蔑した。


 嘲笑が聞こえれば、また誰かが僕を馬鹿にしていると想像して気分が悪くなるほど、その状況は僕を追い込んでいった。


 好意を押し付けることはなるべく避けるべく、彼女の都合を最優先に考えていたがそのことに付け込まれ優しさを誤解しているだの、あれはもともと暗いやつで大学デビューの典型だの言われ、挙句の果てにはサークル内では、僕のいない連絡網が作られ悪口が飛び交っていたらしい。


 皆が僕の個人情報を知っているということへの恐怖心はさらに肥大化していった。


 初めはそれこそ怒りもあったが、彼女やサークル会員の侮蔑的態度が表面化してくるとそれは怒りではなく悲しみに変わり、いつしか恐怖に変わった。


 そうなればもう大学にはいられなくなったのだ。


 そういった経緯もあり僕は大学に行くことが少なくなり、二回生の秋ごろにはもう大学に行かず、一日中家に引きこもって小説やら漫画を読みふけって一日は終わっていく生活を続けていた。


 


 


 


 時刻は夜の2時15分を指していた


 僕はいつも通り、本を読んでいた。


 切りの良いところで読み終えると、ベランダに立ってタバコを吸う。


 所謂、ホタル族というものである。


 日がな一日、本を読み、テレビを見ていると昼夜逆転した生活が定着しており、この時間に起きていることも日常になっていた。


 たまにアパートの自室の狭いベランダにでてタバコをふかして、また本を読む生活だった。


 大学付近のアパートであったが、大学内の知り合いも少ないアパートだったのでそれは良い点であった。


 サークルの人間も、顔見知りもいないこの付近は生活しやすく、僕が引きこもるには最適な空間であったのだ。


 大学に入るために一人暮らしを始めたのに、引きこもりなったことに対して少しばかり両親に悪い気もするが、それも一カ月やそこらでどうでもよくなっていった。


 その日はベランダから何も考えず、月を見ながらタバコの煙をくゆらせていた。


 その時、アパートの向かいに立っている電柱の下に人がいるのが見えた。


 ちょうど道路をまたいだところに人が立っているのだ。


 このアパートを挟んで、向かいは森しかなく、この道を上がっていくと大学があり、下っても民家が続くだけだ。


 いつもこの時間にここでタバコを吸っているが歩いている人間など見かけない。


 そもそもこんな深夜にここを訪れる人間など見たことがない。酔っぱらった大学生かと思って目を凝らすが違う。


 その人間はただじっとそこに立ち、こちらを見ていた。


 髪の長さから女であることが伺える。


 こちらからは暗くよく分からないがワンピースを着ていることは分かる。

 陰りが生じた電柱の下は目を凝らさなければよく見えないのだ。


 と、その時、一瞬、目が合った気がした。


 女はボウッと胡乱だ瞳でこちらを見ていた。


 女の視線に射抜かれ、肌が粟立ち、汗も滲み出た。視線を他の処に向けて、気を落ち着かせるとまた女の方を見てしまった。


 女はまだこちらをじっと凝視していた。


 その丸々とひん剥かれた目玉からは一切感情が読み取れず、外灯から落ち窪んだ目に影がかかり、おどろおどろしくもそこに浮かびあがった目に恐怖心を覚えた。


 その瞳が動くことはない。


 ただじっとこちらを見据えており、表情もよめない。


 僕はなにも考えられなくなり、濾したような息がスースーと口から抜けていく感覚だけがそこにあった。

 前歯に当たる自分の生暖かい息も気持ちが悪いが、それも気にならぬ程、恐怖心に心が掌握されていた。


 呼吸が不規則になるほど狼狽し、女の視線から目が離せなくない。


 しかし、その緊張感にどうにも耐えられなくなって、無理やり頭を動かし、視線を外すと、タバコを消し、部屋に戻った。


 部屋に戻るとすぐに別に見たくもないテレビを付けて気を落ち着かせる。


 呼吸が徐々に正常に戻っていく。


 とすると安心感からか体中から汗が噴き出してきた。


 なんだったんだあの女は。


 ただそこにあって、こちらを見ているだけの女。


 実体のないような、そこに存在するだけの女。いや、存在していないのかもしれない。


 いやいや。小説の読みすぎだ。


 まあいい。今日は眠ろう。


 そう思い、寝床に入るもやはりあの女のことが頭を占領し眠れない。しかしいくら考えても見たこともない女については何も分からず、ただ布団で丸まり朝を待った。


 


 


 


 いつのまにか、額に熱を感じて朝になったことを悟る。

 窓から射す朝日に起こされたのだ。


 朝日が昇っていることに安心した。


 前は朝日が昇ると大学に行かないといけないという強迫観念にとらわれ動機が激しくなることさえあったのだ。


 今日は日の光が目に入ると、安心し落ち着いて立ち上がった。


 そのまま、風呂場に向かい、水を浴びて頭をはっきりさせる。その時、ふとシャンプーの容器の位置が少し違うことが目に入る。


 そういえば、朝起きたときテーブルの上のポットの位置も違う気がした。


 カーテンの開きも心なしか夜よりも開いている気がする。


 テレビやエアコンのリモコンも位置が違う。


 小説の付箋のページも違うのではないか?


 机と椅子の向きもおかしくないか?


 僕の家にこんな汚れはあったか?


 水を浴びながらため息をついてしまう。


 ああ。やられているなぁ。


 一つの事案のせいで神経質に、過敏になるなんて相当やられている。


 一度、外にでて心を落ち着かせよう。


 買い物に行くとき、僕はわざわざ遠い方のスーパーに行っている。近くのスーパーではサークルの連中と鉢合わせするかもしれないからだ。


 そのまま買い出しに向かい、帰り際、昨日女がいた位置を確認する。


 女はおらず、ただ電柱だけが立っていた。


 寂し気に立っていた。


 それを確認し、体に入っていた力が抜けた。


 ああ。昨日はたまたま頭のおかしな女が立っていただけだったのだ。


 そうだ。僕の様に振られて未練でもある馬鹿な女が立っていただけのことだ。


 取るに足らない事柄だ。


 そもそもあんな女どこにでもいるだろう。


 ただ僕は間違って見てしまっただけだ。


 変な女を見たなくらいに思っていればいい。どうせ三日後には忘れている。


 そう安心して家路に就いた。


 


 


 


 時刻は2時15分。


 僕はまたタバコが吸いたくなり、ベランダに出る。


 もう安心しきっており、タバコに火をつけ煙をくゆらせる。煙が顔に張り付きにおいに咽て煙を手で払っていると目の端になにかが映る。


 分かってはいても違うだろうと否定する気持ちもあった。


 小さい虫かなにかがそう見えたのかもしれないと。


 そのまま、タバコの火から視線を徐々に移動させていくと、そこに人のようなものがいた。


 いや、女がいた。


 また昨日の女だ。


 同じようなワンピースが風になびいて、翻り戻りを繰り返しまた流れていく。まるで夜の海で寄せては返す波の様に。


 心なしか女がこちらに来ている気がする。


 道路を挟んでいることからまだ心に余裕があるが、もしアパートの下にいると思うと肌が粟だつ。


 なんなんだあの女は。


 僕はすぐにタバコの火を消すと、部屋に戻る。


 なんだ。


 なんなんだ。あの女は。


 布団にくるまり、恐怖でパンクしそうな頭を回転させあの女について考える。


 その時、ベランダのカーテンが揺れて、見ればドアにあの女が張り付いている。そしてあの飛び出んばかりの目玉をぎょろぎょろ動かして、こちらを視認するとニタリと笑っていた。


 なんて馬鹿な妄想が頭を占領し、体が恐怖で硬直して動けなくなり、暑くなって汗が頬を伝う。


 そうして一時間ほど震えていると、どうにか気が落ち着きを取り戻し、冷静になって考えてみる。


 いや待て。


 まだ二日だ。


 別に焦ることでもない。


 彼女はなにか事情があってあそこにいるのだろう。


 僕には関係ない。


 あんな女は知らない。


 そう関係ない。


 大丈夫。大丈夫。


 明日になれば大丈夫。


 そう自分に言い聞かせ、眠りに就く。


 そうして目を覚ますと朝になっていた。


 寝起きはあの女のことを思い出し最悪であった。


 少し神経質になっているのかもしれない。


 そうだまた、本でも読もう。


 あんな女に生活を乱されてたまるか。


 僕は読みたくもない本のページをめくり、あの女のことは考えないようにする。


 そうして心の安定を図る。


 


 


 


 時刻は2時15分。


 僕はカーテンの隙間から外を覗く。


 …………。


 そこにはやはりあの女がいた。


 全く同じ格好でこちらを見ている。


 今日も見ている。


 多分、明日も見ているだろう。


 明後日もやな明後日も見ているだろう。


 女は僕を見ている。


 いつまでもこちらを見ている。


 


 


 


 

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