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Ep⑪ 本物と偽物

 寝室とは別の階、屋根裏部屋のような造りの質素な一室に閉じ込められたファリファンは、閉ざされたドアの向こう側にまったく人の気配がしないのを確認してから他に出口がないか捜した。

 ――が、無駄だった。

 期待した隠し扉らしきものはない。

(あの巨大な獣が星獣を使って何をするつもり?)

 ファリファンを前世の愛する人だと言ってその名で呼んだマルティネスの狂気に染まった双眸が脳裏に蘇る。

 背筋が凍り、刺すような寒気に襲われて全身がガタガタと震え始めた。


「……ラムド……ラムド……」


 自らの身体を抱えるようにして腕を巻きつけて床にしゃがみ込む。

 何度も唱えて溢れ出すもどかしくも熱いラムドへの想いで寒気を薙ぎ払おうとした。

 しっとりと湿った息と共に熱量の籠ったその名が全身を駆け巡っていく。

 身体中の血管に流れ込んだ寒気は、次第に遠のいていった。


 コンッ――……。


 ドアを外から施錠されたその空間に、窓の外から何かが投げ込まれ、床の上を転がっていく。  

 丸い小石だった。


「だ……れ……?」


 腰を上げて、天井付近の小窓を見上げる。

 机の上に椅子を置いてその上に上っても届きそうにない高さ。

 ぶら下がる細くて長い棒をくるくると回して木戸を動かし閉じるようになっていた。

 良い方法が思い浮かばず、とりあえず試しにその木戸を半分だけ閉めたり開けたりを繰り返す為に、垂れ下がる棒を掴んでくるくると掌の中で回す。

 外にいるコレを投げ込んだ人に<ここにいる>と伝わればいい。

 すると、また小石が投げ込まれた。

 今度は先ほどよりも少しだけ大きくて平面が多い。


 ――ラムド――


 石灰石で書かれた白い文字。


「本当に……本当に……ラムドなの?」 


 ファリファンは、拾い上げたそれ抱きしめるように両手で包み込んで胸に押し当てた。

 期待で呼吸が上がり、心臓が今にも飛び出さんばかりに大きく跳ねている。


(この石壁の向こう側にラムドがいる!)


 会いたいという衝動に駆られて、机の上に椅子を重ねる。

 椅子の上でつま先立ちをしても小窓の枠にすら届きそうになかった。

 それでも、なんとしてでも向こう側に行きたかった。


(ジャンプすれば――)


 衝撃で椅子が机の上から転げ落ちるだろうが、イチかバチかだ。


 ファリファンは、腰を低く落として構えを取った。


 ヒュン――……。

 コンッ……。


 再び石が投げ込まれる。

 ファリファンは迷ったが、石を拾う為に床へと降りた。


<待ってろ>


 まるで、こちらの動きを読んでいたかのような言葉がそこには書かれていた。


「……待てない……今すぐ会いたい……」


 けれども、よくよく考えてみれば、窓枠から身を乗り出すことができたとしても降りられない。

 外壁には、足を引っ掛けられるようなくぼみも出っ張りもないはずだった。

 それに、椅子から飛び移るのに失敗すれば大怪我どころでは済まない。

 ファリファンは、ラムドが投げ込んだ石の文字を掌で消して、机の引き出しにあったチョークで<わかった>と書き込み、残りのもう一つには<好き>と書いた。     

 本当は、もっと情熱的な言葉を書きたかったが、それはまだ胸の中にしまっておくことにした。

 机の上に置いた椅子の上に立ち、小窓に向かって石を順番に投げる。

 受け取ってくれただろうか――。

 心配になっていると、小石が再び投げ込まれた。

 そこには、何も書かれてはいなかったが、受け取ったという合図らしい。

 ファリファンは、ラムドが助けに来るのを大人しく待つことにした。

 どれくらい時間が経過したのか――。

 すっかり陽は落ち、室内をろうそくを灯した明りが照らしている。

 一度だけドアが開いて夕食が運ばれてきたが、それ以降はだれもくる気配がない。

 朝までだれも来ない様子だった。

 ファリファンは、逆に安堵していた。

 その方がいなくなったことがバレるのも遅れる。

 その分、遠くまで逃げられるに違いない。


(きっと……もうすぐよ……もうすぐ……)


 ベッドの端に腰かけたファリファンが腕にはめた金属の輪っかを反対側の手で摩る。

 指先で青香石の表面を何度も撫でた。


(真っ先に謝ろう……そして、ここを出てどこか遠くで暮らすの) 


 世界を救うことも捕らわれた星獣ことも、どうでもよかった。


(もう、二度と離れ離れになんてなりたくない)


 マルティネス――彼は、最初からラムドを殺すつもりだったに違いない。

 星獣捜索隊にラムドが加わることは計算されていたことだったのだろう。


「もしかしたら、ラムドが本来の身体に戻る方法があるのかもしれない。だから、そうならないように先手を打ったんだわ」


 ファリファンは上唇をキュッと歯で噛んだ。

 最初からラムドの言う通りにここから出ていたら、こんなことにはならなかったはず。

 ラムドを危ない目に合わせてしまった。

 申し訳ない気持ちで胸の奥が縮こまっていく。


「ごめんなさい――」


 ファリファンが両手で顔を覆い隠したその時だった。

 空気が揺らぎ、気配らしきものを正面に感じてガバッと顔を上げると、ラムドが目の前に立っていた。


「よう、久しぶり」


 はにかむように目元を緩ませている。


「ラムド!」


 ファリファンは、飛びかかる勢いで抱きついた。


「おわっ――とと……」


 足をふらつかせるも、ファリファンを抱きとめる。


「会いたかった! ずっと、ずっと――会いたかったの!」

「あぁ、俺もだ」


 背中に回された腕に力がこめられていく。

 ファリファンを抱きしめる力は、次第に強くなっていった。


「ラムドが死んだって聞かされていたの」

「あぁ……そうだ……」

「でも、間違いだった……お義父さんも喜ぶわ」

「ファリファン――」

「なぁに?」 


 顔を上げると、ラムドの瞳がそこにあった。

 ろうそくの明かりが浮かび上がらせるその顔には、濃い影が差している。


「どうしたの? ここから逃げるんでしょう?」

「世界を救わなきゃいけない――」


 思いもしなかった言葉だった。

 てっきり、ここから逃げ出して、遠いよその土地で暮らそうと、そう言うと思っていたのに、なぜ?


「星獣を――」

「星獣? 塔の地下のあそこに捕らわれていることを知っていたの?」


 ラムドの顔がどんどん澱んでいく。

 まるで別人のようだった。


「ラムド……どうしたの? 何かヘンよ?」


 ファリファンは、どうやってこの部屋に入ったのか、突如として気になった。

 何か、おかしい。

 ドアが開く音は聞こえなかった。

 まるで降って湧いたように現れたのは、どうして?

 本当にラムドなの?

 ファリファンは、ラムドから身体を離そうとした。

 しかし、ラムドの腕はそれを許さなかった。


「レディは、むやみやたらと抱きついちゃダメだ」


 聞き覚えのあるセリフだった。


「理性が吹き飛んでしまった――」


 青ざめるファリファンをイタズラな輝きを走らせた瞳が見下ろしている。


「待って……待って……」

「いや、ダメだ。もう、待てない」

「あのね、まずは――まずは、どういうことなのか、教えてちょうだい」

「どういうことって、何が?」

「ほら、世界を救うって――どうして、突然そんなことを言い出すの? マルティネスさんがいない間にここから逃げるんじゃないの?」

「ファリファンしか、この世界は救えない。星獣が求めるものを持っているのは、ファリファンだけなんだ」


 ラムドの手がファリファンの頬を包み込む。


「愛している。キミを一人では逝かせない」 


 ファリファンは両腕で勢いよくラムドを突き飛ばした。


「ラムドじゃない! 貴方はマルティネスさんね!」


 睨むファリファンをまるで茶化すように両肩をすくめる。

 ラムドの姿をしたその人物が「フフッ」と鼻の奥で声を転がした。


「キミの目に映る姿がラムドならわたしは彼だと思うけれど?」


 口調は、すっかりマルティネスに戻っている。


「騙すなんて!」

「キミが勝手に勘違いしたのさ」


 なぜ、こんなマネを――と口を開きかけてハッとなる。

 理由など簡単だ。

 相手がラムドなら言うことを聞く。

 あまりにも卑劣な手段に奥歯をギリギリと噛み合わせた。


「いいんだ、わたしはラムドなんだから。これからもそう呼んでくれ」


 両手を広げて、受け入れる仕草をする。

 ファリファンは、首を横に振った。

 狂ってる――。

 こんなことまでするなんて。


「この部屋にいる限り、キミの瞳に映るわたしの姿はラムドだ」


 それはつまり、ここからは出さないということだった。


「バカげてるわ、そんなの」

「確かにね。それでも、こうでもしないとキミは、世界を救ってくれないだろ?」

「完全に騙しきれなかったんだから、もう無意味でしょ? ここから出して」

「いいや、そのうちキミの思考は完全に支配されるだろう。そうなったら、どこにいてもわたしをラムドの姿で捉えるようになる」

「あり得ないわ!」

「残念だが、脳というのは単純なんだ。そして繊細で壊れやすい」


 ファリファンが逃げようとドアへと向かう。

 だが、呆気なくラムドの姿をしたマルティネスに捕らえられてしまった。


「放してっ! イヤ!」

「もっとレディらしくしなさい。キミは、リサーシャなんだから」

「違うわ! わたしは、ファリファンよ!」


 化けたマルティネスの腕を振り解こうともがく。


「テメーは、どこまでクズなんだよ」


 ラムドの姿をしたマルティネスの後ろに、もう一人、同じ姿の人物が立っていた。

 振り上げた剣の柄をマルティネスの首筋に落とす。 


「ぐぁっ」


 後ろを振り向く間もなく、マルティネスが床の上に転がり白めを剥く。


「大丈夫か?」

「ラムド……なの……? 本当に?」


 口元を両手で覆い隠す。

 顎が篩え、歯がカタカタと音を立てていた。


「お前がいなくなったと聞いて、すぐに隊を離脱したんだ。捜索隊が襲われたのは、そのすぐあとだ」

「ラムド……ごめんなさい……わたし、あなたにヒドイこと言ってしまったわ……」

「本物の俺には、熱い抱擁は、なしか?」

「えっ?」

「マルティネスには抱きついただろ?」

「見てたの?」


 真っ赤に顔を染めるファリファンを横目でチラッと見てから、クルッと背を向ける。


「まぁ~ったく、コロッと騙されやがって」

「彼だとわかってたら、抱きつかなかったわ!」

「どうだかね」


 腰にぶら下げている鞘に剣を収めると、大げさに両肩をすくめた。

 ファリファンは、目の前に転がるマルティネスの背中を踏み越えて大股で向かう。

 ラムドの背中に身体を添わせた。


「心配したんだからね」

「それは、こっちのセリフ」

「会いたかった」

「俺もだ」


 ラムドが身体の向きを変える。

 澱みのない澄んだ瞳が見下ろしていた。


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