超頑張った
「やっと落とせた……」
テレビ画面に映る幸せそうな二人を見て私はホッと胸を撫で下ろした。無意識に肩に力が入っていたのだろう、息を吐いたらスッと力が抜けた。そしてそのまま後ろのソファにもたれる。
いやぁ、実に手強い相手でした。だって全然フラグが立たないんだもの。何度途中で諦めようと思った事か。
それでも諦めずに最後まで頑張ったのはヒロインをあの子だと思ってプレイしたからだ。
数日前に事故で亡くなった私の親友。
親友と思っているなんてあの子には恥ずかしくて言えなかったけれど、彼女は私にとって大切な親友だった。
高校一年で知り合い、なんだかんだと大学も学部まで一緒だった彼女。趣味は合わなかったけど馬が合ったのだ。優しい彼女は私のわがままにも「しょうがないな」と笑って付き合ってくれた。オッサン好きで、正統派イケメンが好きな私とはタイプが全く合わなくて『好きな芸能人』の話題になるといつも「オッサンの魅力がわかってない」「そっくりそのまま返すわ」と言い合ってたっけ。懐かしい。
つい最近までそんな会話を当たり前のようにしていたのに、たった数日で懐かしいと思う様になってしまった。
彼女が死んだと聞いた時、何が起きたのかわからなかった。だって昨日まで一緒に大学で授業受けてたじゃない。それが突然こんな事になるなんて思いもしなかった。私が「珍しく遅刻してるわね」と呑気なことを考えている間に彼女はどんなに痛い思いをしたのだろう。一瞬で逝ったそうだから痛みは感じなかったんじゃないかって話だけど、そんなの本人しかわからない。本当は痛かったのかもしれない。だって死ぬほどの衝撃でしょ?
彼女が一体何をしたっていうの? 何にも悪いことはしてない。彼女は優しくて、素直で、嘘をつくのが下手で、お馬鹿で、お人好しで、怒ると少し子どもっぽくて、男の趣味は正直どうかと思うけど、とにかく私は彼女が大好きで、生きていて欲しかった。
だから彼女の遺影写真の前に立った時、心の中で彼女に文句を言った。
何で死んだの!? 貸してたゲーム返してよ! なんで……笑ってるの、バカ。死ぬなんて本当にバカ! ムカつくなら言い返しに来なさいよ!
言葉にはならなかった。ただ嗚咽の声が漏れるだけで。
お通夜が終わってもその場から動けなかった。参列者が帰って親族の人達だけになった時、彼女のお母さんが泣き腫らした目で「今日は来てくれてありがとう。きっとあの子も喜んでるわ。……これ、あの子の鞄に入ってたの。貴女宛てにって」と袋に包まれた四角い物を手渡してくれた。その袋にはメモが貼られていて私の名前の下に『トゥルーエンドまでクリアした。超頑張った。次は私好みの映画見に行こう!』と書いてある。
その時ピンときた。これは彼女に貸した乙女ゲームだ。半ば無理やり押し付けたのにきちんとトゥルーエンドまで攻略する辺りが彼女らしい。そしてもうイケメンはいらないから次は彼女が好きなオッサンが出る映画でも見に行こうってことだろう。そんなのお安い御用だ。だから早く目を覚まして、棺の中から出てきてよ。いつまでも寝たふりしてないで「どっきりでした~」って笑ってよ。
彼女が私宛に書いたメモはぽたぽたと落ちる涙で文字が滲んだ。
それから数日は私も死人のようだった。ご飯も喉を通らない。大学は無断で休んだ。何にもする気力がなく、ただぼんやりとしていた。
そんな時、なんとなく彼女から返ってきたゲームをプレイしてみることにしたのだ。ヒロインの名前に彼女の名前を入力。そうすることで彼女がまるでゲームの中で生きているような、ゲームの中に転生したような気さえして、自己満足だけどほんの少し沈んでいた気持ちが浮上した。
けれどゲームが始まった途端に入力した名前が初期設定のアンジェリカに戻った。なぜ? その後何度も名前入力からやり直したけれどダメだった。
他にもおかしな所がいくつかあった。初期ステータスの数値が高すぎる。攻略キャラの親密度もおかしい。そして今まで見たこともないデューイ・スタンリーという庭師との出会い。
こんな隠しキャラがいるなんて攻略のどこにも載っていなかったし、ネットで探してもその名前すら出てこなかった。
デューイはまさしく彼女のドストライクだ。出会いも運命的だし、攻略キャラと同じように頭の上にハートマークが浮かんでいる。真っ白だけど。
あの子の呪い……?
よほどオッサンと結ばれたかったのだろうか。それならば私は彼女の願いを叶えてあげたい、そう思った。これがゲームだとかバグかもしれないとかそんな事はどうでもよかった。彼女がデューイと結ばれたら何かが変わるような気さえした。だから私は必死で彼女をデューイの元へ通わせ、何とかフラグを立てようと頑張った。
なのにフラグが立たない! 一体どういうことなの!
デューイを落とすのは本当に難しかった。途中で無理だと諦めかけたけど、彼女の幸せがかかっているからと最後まで諦めずに頑張った。
デューイが彼女を女性として意識し始めてからは割とすんなりと進んだけどそれまでが長い長い。私超頑張った。彼女がメモに『超頑張った』って書いてたけどその気持ちが今ならわかる。これは大変だわ。
テレビ画面に映るヒロインである彼女とデューイ。綺麗な花が咲き揃う庭園で二人は向き合い、デューイが彼女のおでこに優しくキスをしている。彼女のことだからこの後「なんでおでこなの!? 唇じゃないの!?」と言ってそうだ。たかがゲームの話なのに、私にはまるでそれが本当のことのように感じられた。
――本当に、そうだったらいいのに。
彼女が次の生で大好きな人と生涯幸せに暮らせていたらいいな。
「私、明日からちゃんと生きるから。貴女もどこかで幸せに生きてて」
返事はないけれど、画面の向こうで彼女が笑ったような気がした。
最後までお読みいただきありがとうございました。