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巡り巡る 〜漢字の意味が世界を変える世界〜  作者: 暇な鍼灸師


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第65章 家族



■対策局・第一会議室



「……えー、それでは講義を始めます」


壇上に立った鈴木浩三は、ガチガチに緊張していた。


身に纏っているのは、以前ヤクザと誤解されたあの黒スーツ。


威圧感は満点だが、その内面は冷や汗で滝のようになっていた。


(……やるしかねぇ。ここでこいつらを育て上げなきゃ、俺は一生、土まみれのモグラ生活だ……!)


鈴木は震える手で、高柳に真っ赤になるまで添削された資料を握りしめた。


これはただの紙ではない。彼の「命(睡眠時間)」がかかった聖書だ。


「いいか、お前ら!

畑の植物に能力を流す時は……こう、ガッとやってバーンじゃない!」


鈴木はホワイトボードを叩いた。


「資料の3ページ目を見ろ!

『伝導率は土壌の湿度に比例する』……つまり、雨上がりなら『木』等の能力は本来の半分でいいってことだ。

無駄撃ちすんな! 自分の体力管理ができねぇ奴は、現場じゃ30秒で野垂れ死ぬぞ!」


「は、はいッ! 教官!」


新人の『木』『草』『花』の覚醒者たちが、鈴木の迫力(と切実さ)に圧倒されてメモを取る。


会議室の後ろでは、高柳慎吾が腕を組んでその様子を眺めていた。


(……ふむ。口調は荒いが、論理は通っている。

何より『生き残るための必死さ』が伝わってくる。これなら大丈夫でしょう)


高柳は満足げに頷いた。



■対策局・第二会議室



一方、空間系能力者を集めた会議室では、髙橋俊明がスマートに教鞭を執っていた。


「——というわけで、座標指定のズレは『イメージ』ではなく『数値』で補正します。

GPSとリンクさせたこのアプリを使えば、誤って壁の中に転移する事故は防げますよ」


流暢な喋り、完璧な資料、爽やかな笑顔。


新人の若者たちが感嘆の声を上げる。


「すげぇ……分かりやすい」

「髙橋さん、マジでエリートだ……」


「質問はありますか? ……はい、そこの君」


「あ、あの! 連続転移の限界回数は?」


「良い質問ですね。個人差はありますが、三半規管へのダメージを考慮して、最初は1日10回を限度としましょう。慣れてきたら安全に回数を増やす事もできますよ」


髙橋は余裕の笑みを崩さない。


だが、その心の中では、鈴木以上の悲鳴が轟いていた。


(……絶対に、絶対に育て上げる!!

俺はもう、土運びも水撒きもコンテナ輸送も嫌なんだぁぁぁ!!

家に帰って子供と風呂に入るんだぁぁぁ!!)


彼の完璧な講義は、エリートとしての矜持ではなく、過労死への恐怖(背水の陣)によって支えられていた。



■対策局・食堂(夕方)



「……お、終わったぁ……」


食堂の椅子に、鈴木と髙橋が並んでへたり込んだ。

宗方の転移で、それぞれの会場から回収された直後だ。


「どうでした、髙橋さん……」


「……完璧です。有望な新人が3人はいました」


「こっちもだ……。元農家の婆ちゃんがいてな、即戦力になりそうだ」


二人は顔を見合わせ、ニカっと笑った。


「「勝ったな……!」」


「ええ、お疲れ様でした」


高柳がコーヒーを差し出した。


「お二人とも見事でしたよ。これで来週からはローテーションが組めます。

……ようやく、人間らしい生活が戻ってきますね」


「高柳さぁん! あんたのおかげだよぉ!」


「彼らが育てば我々は定時退社! 家族との時間が増やせる!」


三人は明るい未来の話で盛り上がっていた。


スタッフが育てば、シフトが組める。休みが取れる。


この地獄のような忙しさも、今日で終わりだ。


その賑やかなテーブルから少し離れた席で、白川真純は一人、紅茶を飲んでいた。


激務から解放された彼らの笑顔を見て、彼女もまた温かい気持ちになっていた。


「……白川さん」


ふと、袖を引かれた。


振り返ると、六名駿太が立っていた。いつもの人懐っこい笑顔だが、どこか雰囲気が違って見えた。


「六名くん? どうしたの、お腹すいた?」


「ううん。……ちょっと、内緒のお願いがあって」


六名は声を潜めた。


「ここじゃ話しにくいから……来てくれる?」


「? ……ええ、いいわよ」


六名が手をかざす。


「……『ほう』」


景色が歪み、二人は瞬時に移動した。



■洋館・裏庭(木陰)



転移先は、人目のつかない裏庭の木陰だった。


夕日が差し込み、長い影を落としている。


「どうしたの? そんな改まって」


白川が尋ねると、六名は少し躊躇った後、意を決したように口を開いた。


「あのね、白川さん。

……僕、もうすぐいなくなろうと思うんだ」


「え?」


白川は言葉の意味が分からず、首を傾げた。


「いなくなるって……どこへ? 任務?」


「ううん。……死ぬの」


「…………は?」


白川の手から、ティーカップが滑り落ちそうになった。


「な、何言ってるの……? 死ぬって……」


「僕がいなくなれば、僕の能力は全部消えると思う。

そうすれば、お父さんにかけてある名付けも解けて、本当のお父さんに戻れるはずなんだ」


六名は、廊下で盗み聞いた東と田治見の話を思い出し一つの結論に辿り着いていた。


「そして多分…僕が生きたまま名付けの能力を解除する事が出来ないと思うんだ…。

それに日本は平和になったし、悪い人もいなくなった。

だから……もう掃除係ぼくはいらないでしょ?」


「そ、そんなことない!

みんな君のこと、家族みたいに思ってるわ!

鈴木さんも、幸田さんも、東さんだって……!」


「あはは、家族かぁ。嬉しいな」


六名は嬉しそうに、でも寂しそうに笑った。


「でもね、白川さん。

僕が死んで、お父さんが元に戻った時……お父さんはきっと混乱すると思うんだ。

何も知らない場所で目覚めて、記憶が戻って……もしかしたら、お母さんが殺された時のことを思い出して、パニックになるかもしれない」


六名は白川の手を握った。


「だから……お願い。

その時、お父さんのそばにいてあげて欲しいんだ。

『息子さんは、貴方を守るために立派に旅立ちました』って……優しく伝えてあげて」


「…………ッ」


白川は言葉を失った。


この少年は一度皆に説得されて納得したかに思えたが、やっぱり自分の命を父を救うための「使い捨ての道具」だとしか思っていなかった。


そして、その最期の処理を、自分に頼みに来たのだ。


「……六名くん、私は……」


白川の声が震える。


「……即決は、できないわ。

そんな……大事なこと、私一人じゃ決められない」


「そっか。……そうだよね、急にごめんね」


六名はぺこりと頭を下げた。


「でも、考えてみて。

……白川さんなら、きっと分かってくれると思うから」


「……」


「じゃあ、僕は戻るね。宗方が探してるかも」


六名はニッコリと笑い、再び手をかざした。


「……『方』」


シュン。


少年の姿が消えた。


残されたのは、夕暮れの木陰に立ち尽くす白川だけ。


「……何よ、それ……」


白川はその場に崩れ落ちた。


重すぎる。


あまりにも残酷で、あまりにも純粋な愛。


それを「手伝ってくれ」と言われた。


「私に……彼の死に水を取れって言うの……?

あんなに笑ってる子を……見殺しにして……お父さんに嘘をつけって……?」


「う、うぅ……」


白川は膝を抱え、声を殺して泣いた。


平和になったはずの世界で、一番優しい少年だけが、誰にも祝福されない死を選ぼうとしている。


その慟哭を。


木々の奥、さらに深い影の中で聞いていた男がいた。


タバコ休憩に来ていた、音無賢人だ。


彼は火をつけていないタバコを口に咥えたまま、石像のように固まっていた。


「……嘘だろ……」


音無の耳に、六名の「死ぬの」という言葉が焼き付いて離れなかった。


平和な日常の裏側で、最悪のカウントダウンが進んでいることを、二人は知ってしまった。



■洋館・裏庭(夕暮れ)



「う、うぅ……」


白川真純は、木の幹に背を預け、膝を抱えて声を殺して泣いていた。


六名駿太の笑顔と、残酷すぎる遺言が頭から離れない。


父のために命を捨てる少年。それを肯定して看取れと言われた自分。


重すぎる事実に、心が押しつぶされそうだった。

ザッ、ザッ……。


落ち葉を踏む音が近づき、彼女のそばで止まった。


「……白川さん」


白川はビクリと肩を震わせ、慌てて涙を拭いながら顔を上げた。


そこに立っていたのは、火のついていないタバコを指で弄ぶ音無賢人だった。


「お、音無くん……? タバコ…吸ってたんだ…ど、どうしたの? 休憩?」


白川は無理に笑顔を作ろうとしたが、声が震えて上手くいかない。


音無は白川の顔を見つめ、バツが悪そうに視線を逸らした。


「……悪い。盗み聞きするつもりはなかったんだが」


音無は静かに告げた。


「俺も……聞いてしまった」


「……ッ」


白川の顔が強張る。


「そ、そっか……。聞いちゃったんだ……」


白川は再び膝に顔を埋めた。


「……どうしたら、いいんだろう。

あの子は、死ぬのが正解だって思ってる。

でも、そんなの……あんまりだよ……六名君のお父さんも記憶が戻った方が良いのか…何も知らないままの清原さんの方が良いのか分からなくなっちゃった…」


沈黙が降りた。


夕暮れの風が、冷たく吹き抜ける。


やがて、音無がぽつりと語り始めた。


「……俺たちがここに集められたのは、東さんの『平和で退屈な日本を作る』っていう目的のためだった」


音無は自嘲気味に口の端を吊り上げた。


「まあ、俺の場合は……個人的な『復讐』のためってのが大きかったけどな」


「音無くん……」


「最初はビジネスライクな関係だった。

……だけど、どうだ?」


音無は洋館の方角を見上げた。


「入って早々にやらされた、あの大掃除。

初めて現場に出動した時の緊張感。

……アレックスさんと谷さんが喧嘩して、そのあと皆でパンケーキ食った後反省会もしたな…」


音無の脳裏に、走馬灯のように記憶が蘇る。


「金剛寺や氷川との、死ぬか生きるかの戦い。寺土という理不尽な怪物との対峙。

……そして、六名という暴走した純粋な少年との出会い。

今回の暴動騒ぎだってそうだ。俺たちはいつだって、ギリギリのところで背中を預け合ってきた」


音無は白川に向き直り、穏やかな声で言った。


「そんな日々を過ごすうちに……俺の中で、何かが変わったんだ。

ただの『チーム』じゃない。

……もはや、『家族』のような感覚さえ出てきている」


白川は涙で潤んだ目を見開いた。


普段は無口で冷徹な音無が、「家族」という言葉を口にしたことが信じられなかった。


「……私も」


白川は鼻をすすりながら、小さく頷いた。


「私も……最初はただのお巡りさんで。

急にこんな住み込みの公安職員になって、毎日が非日常で……怖くて、逃げ出したい時もあった」


白川は食堂の方を見た。灯りが漏れ、笑い声が微かに聞こえる。


「でも……音無くんと同じ。

みんなと一緒にご飯を食べて、笑って、戦って……。

いつの間にか、ここが私の居場所になってた。みんなのことが、家族だって思えるようになってきたよ」


「なら、話は早い」


音無は白川に手を差し伸べた。


「家族なんだから……話し合わないとな」


「え……?」


「六名の問題は、白川さん一人で抱え込めるもんじゃない。

俺たち全員で……東さんも、勅使河原さんも含めて、決めるべき大きな問題だ」


音無は少し言い淀み、そして決意を込めて言った。


「……そして六名は、俺の親の仇だ。

本来なら、あいつが死ぬと言えば喜ぶべき立場なのかもしれない」


音無の手が、白川の手を力強く握った。


「……だが、今は違う。

憎しみはある。忘れられない過去もある。

それでも……あいつはもう、俺の『家族』だ」


「……ッ!」


白川の目から、再び大粒の涙が溢れた。


それは絶望の涙ではなく、安堵と希望の涙だった。


一番六名を憎む権利がある男が、彼を「家族」だと言ってくれたのだ。


「……うん。うん、そうだよね」


白川は涙を拭い、音無の手を借りて立ち上がった。


「ありがとう、音無くん。

……私、間違ってた。一人で勝手に諦めようとしてた」


白川は、覚悟を決めた強い瞳で音無を見つめた。


「皆に相談しよう。

……あの子を死なせない方法を、家族全員で考えるために」


「ああ。行こう」


二人は並んで歩き出した。


目指す先は、温かい光と笑い声が溢れる食堂。


そこには、頼れる仲間たちが待っている。


「……東さんになんて言おうか」


「正直に言うしかないだろ。あの人は非覚醒者のくせに白川さんと同じくらい嘘を見抜く」


「ふふ、そうだね……」


裏庭の長い影を抜け、二人は光の中へと戻っていった。


六名の孤独な計画を、みんなの希望に変えるために。



◾︎夜 食堂



夕食の時間は終わり、食器を片付ける音がカチャカチャと響いていた。


表面上はいつも通りの穏やかな夜。だが、白川と音無にとってその空気は張り詰めた糸のように緊張していた。


「……ふわぁ。お腹いっぱい」


六名駿太が、満足そうに伸びをした。


「じゃあ、僕はそろそろ寝るね。

明日は新人さんの実地訓練を見学したいし。

おやすみなさい」


「おやすみ六名君」

「good night」


六名は無邪気な笑顔で手を振り、食堂を出て行った。


パタン、と扉が閉まる。


その足音が廊下の向こうへ消えるのを待ち、音無賢人が動いた。


「……宗方さん。少し、残ってもらえますか」


「……はい」


宗方が足を止めると、音無は指を鳴らした。


「……『音・断絶サイレント』」


空気が一瞬震え、食堂全体が見えない無音の壁で覆われた。


この空間の音は、外には一切漏れない空間が出来上がった。


鈴木浩三が怪訝な顔をする。


「何だ、改まって」


音無は深く息を吐き、隣に座る白川真純を見た。白川は青ざめた顔で小さく頷く。


「……全員、聞いてくれ。

六名のことだ」


音無は、裏庭で聞いた事実を淡々と、しかし重く告げた。


六名が「掃除」の完了と共に自ら死ぬつもりであること。


そして、その後の父への説明を白川に託そうとしていること。


話が終わった時、食堂には鉛のような沈黙が落ちた。


「……は?」


最初に口を開いたのは、鈴木浩三だった。


彼は握りしめた拳をテーブルに叩きつけた。


「死ぬ……? 供え物にするために、俺に野菜を作らせてたってのか?

ふざけんじゃねぇぞ……!

俺が泥だらけになって作った大根は、あいつの遺影に飾るためじゃねぇ!

日本に居場所がない覚醒者の為に、未来を生きる子供達の為に…何よりあいつが生きて、『美味い』って笑って、血肉にするために作ったんだよ!!」


「……割に合わないですよ」


髙橋俊明が、乾いた笑いを浮かべて頭を抱えた。


「俺たちが何のために、過労死寸前で働いてると思ってるんですか。

平和で退屈な日本にする為でしょう?

……なのに、一番頑張った六名くんがいなくなるなんて、そんな損な取引、俺は認めないですよ!」


「させません」


幸田美咲が、涙を流しながらも強い口調で言った。


「あの子には、まだ食べてない料理や経験した事が無い幸せがたくさんあるんです。

クリスマスも、お正月も、お誕生日だって……まだ一度も、みんなで祝ってない。

……そんな親不孝は絶対に許しません」


アレックスは腕を組み、壁に寄りかかって天井を仰ぐ。普段の皮肉げな態度は消え、苦虫を噛み潰したような顔をしています。


「……That’s the stupidest plan I’ve ever heard.(今まで聞いた中で一番馬鹿げた作戦だ)」


アレックスは努めて冷静に振る舞おうとするが、声のトーンは硬い。


「論理的に考えてみろ。六名が死んだら、戦力バランスは崩壊する。

リスクが高すぎる。……却下だ。

それに……俺は元スパイだ。損得勘定で考えた場合

あんな便利な能力(六名)と、美味い飯を作る家政婦(宗方)を失うなんて、大損害だ。

……それにあいつには、まだ俺に教わるべき『大人の遊び』も残ってる」


アレックスは拳を握りしめます。


「死んでチャラにするなんて、アメリカン・ジョークでも笑えないぜ…」


「……ふざけんな。あのクソガキ」


谷は低い声で唸る。それは六名への怒りではなく、そんな選択しか残されていない理不尽な状況への怒りだった。


「俺はな、警察時代に嫌ってほど見てきたんだよ。死ぬしかねぇって思い込むガキをな。

……俺たちは何のためにここにいる? 世界平和のためと、この世界で理不尽に能力で人生を狂わされたあいつの様なクソガキを『ハンバーグ美味い』って笑える場所を守るためだったろ…それを…こんな…」


「……Really stupid.(本当に、大馬鹿野郎ね)」


サラ・コッホは天井を仰ぎ、眼鏡を外して目を拭った。


「『自己犠牲』なんて、計算式として一番美しくないわ。

私達が作ったシステムに、そんなエラー(欠落)は許されない。…でもどうすれば…」


「情けねぇ話だ……」


勅使河原州宏が、ギリリと奥歯を噛み締めた。


「俺たち大人が不甲斐ねぇばっかりに、あんな小さな背中に全部背負わせちまってたか。

……極道が、子供の自殺を見過ごして、それで『男』と言えるか!?」


「言えませんッ!!」


黒田と横手が男泣きしながら叫ぶ。


「六名様は俺たちの『若様』だ!

地獄の底まで追いかけてでも連れ戻すぞ! 死なせてたまるか!」


全員の想いは一つだった。


怒り、悲しみ、そして強烈な「拒絶」。


誰も六名の死を肯定などしていなかった。


その熱気の中、音無は静かに、部屋の隅に立つ男に視線を向けた。


「……宗方さん」


宗方は無表情のまま、直立不動で立っている。


「貴方は……どう思っているんですか」


音無は問うた。


「貴方は六名の従者であり、同時に一番近くにいた保護者だ。

……あいつが死ぬ時、おそらく貴方も消えることになる。

それでも……あいつの自殺を肯定するのか?」


全員の視線が、宗方という無機質なマネキンに集まる。


宗方はゆっくりと静かな声で語り始めた。


「……私は、人形です。心臓もなければ、死への恐怖もありません。

六名様が『終わりにする』と仰るなら、私はそのスイッチを押す指になりましょう。影が本体と共に消えるのは、当然の摂理ですから」


宗方の言葉に、鈴木が何か言いかけようとした。


だが、宗方はそれを手で制し、独白を続けた。


「……ですが。ああ、もし許されるなら」


宗方の声が、僅かに震えたように聞こえた。


「あの方が、お父様と、そしてここにいる騒がしい皆様と共に、大人になっていく姿を見てみたかった。

私の身体が動かなくなるその時まで、あの方の隣で、ただの『日常』を守り続けたかった」


宗方は深く頭を下げた。


「……私には、六名様を止める言葉を持てません。

ですから……音無様、白川様、皆様。

どうか、私の主を叱ってください。

『死ぬな』と、抱きしめてやってください。

人形の私にはできない、温かい体温ぬくもりで……あの方の氷のような決意を、溶かしてやってください」


それは、六名を見守り続けた人形が絞り出した、最初で最後の「願い」だった。


「宗方さん……」


白川が涙を堪えきれずに顔を覆う。


その時だった。


「……美しい家族愛だな。だが、現実はもっと残酷だぞ」


冷徹な声と共に、食堂の奥から東義昭と田治見薫が現れた。


二人の表情は、いつになく暗く、深刻だった。


東は皆を見渡し、重い口を開いた。


「君たちの『死なせたくない』という気持ちは分かった…そして私と田治見と宗方の氷川を使った能力の解除と言う共同研究の成果と残念な結果も出た…」


皆は驚きつつ、ある者はそういえば氷川がこの拠点に転移してきて尋問されていたなと思い出す。


東は田治見に目配せした。


田治見は不機嫌そうにスキットルを弄びながら、告げた。


「……単刀直入に言うぞ。

さっき、氷川が死んだ」


「え……?」


空気が凍りつく。


氷川。かつて敵対し、田治見によって両腕を奪われた実験体。


「後世の研究と、六名のために……私達が2ヶ月前に脳の一部を手術して経過を見ていた。能力が出せないように調節した後、田治見が腕を戻しても能力は出現しなかった。経過は…まぁ順調だった。

だが、今の今までバイタルは正常だったのに、突然『生命力』だけが漏れ出して、危篤となり衰弱し心停止した」


田治見は唇を噛んだ。


「原因は不明だ。だが、タイミングが良すぎる。

おそらく……『名前』と言う『神の因子』を人間が無理やり弄った反動だ。だが朗報…とまではいかないが、チャンスがある事が分かった。

危篤になった時に脳の一部を改善して能力を出せる様に調節して…死ぬ寸前まで宗方の『宗』で瀕死の氷川をコントロールして部屋の壁を氷漬けにしていたが…氷川が死んだ途端に全て水になった」


田治見がギラリと目を光らせた。


「この結果を見て脳を直接弄る事が死ぬリスクになる事が分かった。…そして賭けにはなるが一つだけ、クソみたいな荒療治がある」


田治見はホワイトボードに殴り書きをした。


「いいか。六名の自殺方法は二つある。

一つは、自分の存在を『消』で消すこと。これは世界の書き換え(リライト)だ。肉体ごと消滅する。これやられたら手出しできねぇ。

……だが、もう一つ。『自分の心臓を止める』という物理的な自殺を選んだ場合」


田治見はニヤリと笑った。


「心臓が止まるってのは、ただの故障だ。

原因が分かっていれば私の『田』と『治』なら……止まった直後なら、無理やり動かせる」


「……!!」


「問題は、六名が死んだ(=能力が解除された)瞬間をどう見極めるかだ。早すぎれば能力は消えないし、遅すぎれば脳が死ぬ。

……だが、ここには最高の『バイタルサイン』がいるだろう?」


田治見は宗方指差した。


「宗方だ。

六名の能力が解除された瞬間、こいつはただのプラスチックに戻る。

宗方が動かなくなった、そのコンマ1秒後」


田治見は皆を見回した。


「私が六名の心臓を強制的に再起動させる。

一度『死』を成立させて能力を解除し、その直後に蘇生させる。

……これなら、確率は低いがもしかしたら親父さんを元に戻しつつ、六名も親父さんと生きれるかもしれねぇ」


狂気の沙汰だ。


六名を一度殺して、すぐに生き返らせる。


失敗すれば両方失う、デスゲーム。


「……やるか?」


東の問いかけに、全員が息を飲んだ。


沈黙の後、音無が静かに立ち上がった。


「……やりましょう。

それしか、方法がないなら」


食堂の空気が変わった。


悲しみではなく、決死の覚悟へと。


人間たちによる、運命への逆襲と神への冒涜が始まろうとしていた。

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