大会で優勝したい話
こんな都市伝説がある。もし検索サイトに、空想配達便と検索したら、強く願った人にだけそのサイトが現れ、空想を配達してくれる。
この全国大会で優勝したい。そしたら、まだこの世界にいられる気がするから。
毎日練習している。
曲は、ドヴォルザークの新世界。ファーストヴァイオリンの一番端っこで必死に弾いている。
指揮者の棒がまるでつまようじのようだ。
それを横目で追いつつ、激しく指を動かす。
今度出る大会で優勝すれば、奏者に箔が付く。実績が出来る。それは私に、まだヴァイオリンを続けていいという証明に見えた。
今日も私が、誰かがミスをし、監督が激を飛ばし、皆で疲弊した集中力の中、練習時間が終了した。
いつも帰りの電車の中、思う。もしも優勝出来なかったらどうしよう、と。
そんなとき、このサイトの存在を知った。
悲観になりすぎても良くないと思って、怪しいと理解していながらも、名前と配達日を入力した。
ほんの戯れだった。そんなことをしても、優勝なんて出来ないのは分かっているのに。
それでも希望めいたものが欲しかった。
その時は練習中の訪れた。
ピンポーン、チャイムが鳴る。
ヴァイオリンをケースに置いて、おもむろに玄関のドアを開ける。
「はい」
ドアを開けると、そこには全身黒装束の怪しい人が小さな小箱を抱えて立っていた。
異様だった。空想配達便を頼んだことを後悔した。
怪しい人は割と普通の声で、夕凪ひなさんですか、と本人確認してきた。
「間違いないです…」
少し指先が震えた。
怪しい人は、小さな小箱を私に差し出して、こう言った。
「小箱を開けると、空想が出てきます。人によりますが、空想はおよそ30分ほどです」
そう言って怪しい人は去っていた。
手の中の小箱が、やけに重く感じた。
一時は無視しようとした。でも、無視すればするほど気になって、結局練習を中断して小箱を開けることにした。
何があってもいいように、スマホを片手に、私は小箱を開けた。
そこは、大会の会場だった。
照明が強く光って、私たちは発光しているかように熱を持っていた。
一心不乱に演奏していた。
指揮者が振る棒の先を追う。指が激しく動く。弾く腕は脈動しているようだ。
誰もかれもが、楽しくて仕方がなかった。
やがて最後の一音が終わり、万雷の拍手が響き渡る。
高揚が身体を突き抜けた。
そのころにはもう、優勝とかそんなことは考えていなかった。
空想はそこで終わった。
戻ると、そこは現実だった。
急いで練習を再開する。
あの熱を追いたくて。
誰の為ではない。私の為に。
今日も明日も、弾き続けたい。
そう祈った。
明日もまた、頑張れそうだ。




