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復讐の始まり、または終わり  作者: 月食ぱんな
第九章 前に進むため、動き出す(十九歳)
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081 証拠集め2

 マンドラゴラ状態だった上に、バスケットに入れられていたせいで不確かな記憶ではある。しかし、前回の記憶を頼りに、私はハーヴィストン侯爵の執務室を目指した。


 思いの他多くの人で(にぎ)わう屋敷ではあったが、流石にプライベートな部分に立ち入ろうとする不届(ふとど)き者はおらず、目的地へは難無く到着出来た。


「ドラゴ大佐、見張りをお願い」

「イエッサー!」


 私が斜めがけにした、ビーズが一面に刺繍されているゴージャスなポシェットから、ドラゴ大佐が元気に飛び出した。


「ちょっと声が大きいってば」

「ラージャー」


 (ささや)く声でドラゴ大佐が答える。私が叱ったせいで、ドラゴ大佐の頭の部分。いつもはピンと張った、緑の葉っぱがくたりと垂れていた。


「いつも助かる、ありがとう」


 私は、すかさず励ましの言葉をかけておく。するとドラゴ大佐の頭。緑の葉っぱはピンと元気に上に伸びた。


「ルシア少佐は、ドラゴ大佐にだけは優しいですよね」


 ロドニールが笑みを浮かべる。


「そりゃ、あなたと同じ。忠実なるげ……部下だからね」


 うっかり下僕と言いかけ、何とか回避する。


「嬉しいお言葉をありがとうございます」


 ロドニールはまさか自分が下僕扱いされているとは思っていないようだ。いつも通り、(さわ)やかな笑顔を私に向けた。


 ドラゴ大佐が辺りをキョロキョロと見回し、周囲の警戒をしているのを確認し、私は重厚な扉と改めて向き合う。それから深呼吸を一つし、ドアノブにかけられた魔法を解除した。


 そして、ゆっくりと扉を開き、ロドニールと私は素早く中に忍び込む。


 窓から差し込む月明かりに照らされる部屋の中、足元を気遣いながら、ひとしきり部屋の中を確認する。その瞬間、何かが鼻先に立ち込めてくる匂いを感じた。どうやら葉巻たばこの匂いのようだ。


 その証拠に部屋の中に置かれた机の上には灰皿が置かれ、まだ吸いかけの状態なのか。葉巻たばこがのせられていた。


「どこにあるのかな」


 私は呟きながら、部屋中を注意深く見回す。机の上には山積みにされた書類や、開いたままのファイルが散乱している。部屋の奥の方には大きな本棚があり、その中には様々な書籍や文書が整然(せいぜん)と収納されていた。


「私は本棚を。ルシア少佐は机をお願いします」

「了解」


 ロドニールの言葉に従い、私は手近な椅子を引き寄せ腰かける。そして机の引き出しの一番下。鍵穴のついた部分を覗き込む。


「実に怪しいわ」


 私は召喚した杖の先を向け、解錠の呪文を唱える。するとカチャリと音を立て、呆気なく鍵が外れた。


「楽勝なんだけど」


 拍子抜けしながら、引き出しを開ける。すると中には、たくさんの紙が折り重なるように詰め込まれていた。その中身を取り出し、一枚ずつ確認していく。


「これって……」


 私はまとめて赤いリボンで結ばれた、手紙の束に目を留める。それは金色の紋章入りの封筒に入れられている。宛先はすべて『ハーヴィストン侯爵』となっており、差出人は目立つ場所には書かれていない。その代わり、どうみてもローミュラー王国の国印が記されている。実に怪しい封筒だ。


「やばい香りがプンプンするわ」


 私は警戒しながら、上質な封筒から取り出した手紙に目を通す。


『拝啓 ハーヴィストン侯爵殿

 こちらの臨床実験によると、BGを多量摂取させた者は、正気を失い人を捕食したいという欲望に支配されるという結果になった。よって、もしBGを上手く活用できれば、グール化した者の精神をコントロールし、意のままに操る事が可能だろう。この計画が成功すれば、今までのような暗殺任務をこなすよりもよっぽど効率良く、人間を集める事が出来るのではないだろうか』


 私は文面に目を通し終えると、不快な気持ちを抱えたまま、そっと便箋を閉じる。そして同じリボンで(くく)られていた、別の手紙を手に取った。


『拝啓 ハーヴィストン侯爵殿

 先日、貴公が依頼してきた件だが、残念ながら失敗に終わった。ルーカスを完全にグール化させるのは容易(ようい)ではないようだ。息子の魔力には、他の者には存在しない、未確認の力が働いている可能性がある。この件については引き続き調査を続ける。

 追伸、そちらで新たに人間を調達できないだろうか?』


 ルーカスの名が記された手紙。それを目にした私は次の手紙に素早く手を伸ばす。


『拝啓 ハーヴィストン侯爵殿

 取り急ぎ連絡する。息子の魔力に干渉しているのは、どうやらルドウィンの娘の魔力のようだ。どうやらフェアリーテイル魔法学校において長期間、奴の娘から魔力をわけてもらっていたらしい』


 私は自分の存在が記された手紙を目にし、とてつもなく嫌な予感に襲われた。そして新たな情報を得ようと、次の手紙を確認する。


『拝啓 ハーヴィストン侯爵殿

 ルーカスの調査が完了した。やはりこちらの予測通りだった。息子は体内に、不可思議な魔力を僅かではあるが保有しているようだ。仮にそれがルドウィンの娘のものだとすると、ルーカスはただのグールではないという事になる。この発見は、我々にとって非常に都合の良いものだと言えるかも知れない。引き続き臨床調査を続行する』


 私は背中に嫌な汗を感じつつ、更に新しい手紙を手に取ると、読み進める事にした。


『拝啓 ハーヴィストン侯爵殿

 BGの効果を倍増させる魔石を埋め込んだルーカスの力は、予想以上に強力だ。ただしその力を引き出す為には、他の者より多くのBGを短い間隔で投薬する必要がある。その点さえクリア出来れば、息子は我らの兵器として、十分な働きをしてくれるはずだ』


 私は自分が登場しない手紙にホッとする。とは言え、楽観的な気分になれないのは確かだ。なぜなら、ルーカスの言う通りだからだ。彼の体には、異物が埋め込まれている。そしてそれを行ったのは、息子を兵器だと表現する、血も涙もない男。ランドルフらしい。


 私はその事実に、不愉快極まりない気持ちを感じながらも、新たな手紙の封をあけた。


『拝啓 ハーヴィストン侯爵殿

 息子の理性は思ったよりも、早く限界を迎えそうだ。このままでは、息子は暴走し、多くの犠牲者を出す事になるだろう。そうなる前に、何としてもルーカスの暴走を抑える薬を開発しなければならん。その為には、より多くのサンプルが必要だ。至急、追加の人間を用意して欲しい』


(追加の人間って)


 やはりルーカスは、彼の意思とは関係なく、人を喰らう者になってしまったようだ。そして私が思っていたよりずっと多くの人間を栄養素とし、取り込んでいる。


 私は少なからずその事に衝撃を受けつつ、残りの手紙に目を通すべく、手を伸ばした。


『拝啓 ハーヴィストン侯爵殿

 ルーカスを一時的にではあるが、コントロールする事に成功した。やはりルドウィンの娘の魔力のせいか、ルーカスは他の個体より、グール化に耐性があるようだ。しかし、この耐性を克服できれば、我々は更なる発展を遂げる事が可能となるだろう。そのためには、BGに使用する人間を多く捕獲する必要がある。


 追伸。

 良い知らせが丁度入ったので記しておく。

 ルーカスのようにグール化に耐性のない者は、より強いBGを大量摂取させれば、通常のグールより強力な個体となる事が判明した。問題は人間の血肉の確保だろう。引き続き、新鮮なものを頼む』


(こんなの、本末転倒じゃない)


 いくら人間を家畜のようにグールの管理下に起きたいと願っていたとしても、そもそも強力なグールの個体を作るために、多くの人間を犠牲にしていたら、いずれ終わりがくる。そしてグールが人を食べ、欲求を満たし長生き出来たとしても、人間が滅びること。それはグールが滅びる事と等しいはずだ。


 一体彼らは何を思い、こんな無駄な研究を続けているのか。私にはそれが良く理解できなかった。


 私は腑に落ちない気持ちで、最後の手紙を開封する。


『拝啓 ハーヴィストン侯爵殿

 今回の計画は大成功だった。ルーカスにおけるグール化の耐性についてもクリアできたようだ。その過程において、多数の強化型のグールを完成させる事が出来たのも朗報だと言える。

 今後はこれらのグールをどのように運用していくのか検討しなければならない。しばらくは王城での警備活動に従事させ、様子を見るつもりだ。何かあれば報告する。それでは失礼する』


 私は読み終えた手紙を畳むと、脳に足りない酸素を取り込もうと、大きく息を吸い込む。


 与えられた情報があまりに衝撃的で、私は事実をやはりうまく理解できていない。


 けれど、私がルーカスに良かれと思って譲渡(じょうと)していた魔力。それがルーカスを苦しめている原因の一つだという事だけは理解した。


「最悪」


 私は今までで一番絶望的な気分で、その言葉を(つぶや)く。


「ルシア少佐?顔色が(すぐ)れないようですが、大丈夫ですか?」


 心配そうなロドニールの声が聞こえる。


「最悪な手紙を、見つけちゃったっぽい」

「それで何かわかりましたか」

「うん。色々とね」


 私はぐたりと、椅子の背もたれに体重をかけながら答える。すると、ロドニールは私の方へ歩み寄ってきた。


「私の方は、本棚の隠し扉から帳簿のようなものを発見しました」


 得意げに報告するロドニールの手には、赤い表紙がついた冊子のようなものが握られている。


「じゃ、任務完了ね」


 私は(あさ)っていた引き出しに、魔法でしっかりと鍵をかけ直しておく。


 それからロドニールから受け取った帳簿の冊子と、胸糞悪いとしか表現できない手紙をまとめて封筒に入れる。そして、その封筒に魔法をかけると、執務室の窓から思い切り外に放り投げた。すると夜空に放り出された封筒は、白い鳩へと姿を変え、一目散(いちもくさん)に空高く舞い上がっていく。


「相変わらず、ルシア少佐の魔法は凄いですね。私には一生真似できそうもない」

「褒めても何も出ないわよ」


 私は少し照れ臭くなりながらも、素っ気なく返事をする。


「さてと。任務も完了したし、そろそろ戻ろっか」

「はい」


 私は窓から離れ、部屋から出ようと歩き出す。その時、ふと足元に散らばる紙切れが目に入る。

 それは先程まで読んでいた手紙の束から落ちた物であるようだった。私はその手紙を拾い上げ、内容を確認する。


『拝啓 ハーヴィストン侯爵殿

 残念ながら失敗した。ルーカスを完全にコントロールする事が出来なかった。しかし、我々の実験が成功した事は間違いない。息子は確かに我々の手に落ちた。なぜなら、BGを接種し続けなければ、近い将来完全に自我を失い化け物と化す。そして息子自身もそれを自覚している。これを上手く利用すれば、あの男の血を継ぐ者を完全に支配できるかも知れない。それまで、ルーカスは生かしておく必要があるようだ。

 追伸、そちらで新たに人間を調達できないか?』


 私は自分の鼓動が早まるのを自覚しながら、手紙の文面に目を通す。そして読み終えた時、ふとルーカスの言葉を思い出した。


『――やがては人の姿を保てなくなり、人間を捕食する為に生きる、本当の化け物になる』


 あれは、ルーカス自身を含むという意味の、忠告地味た告白だったのだ。そして、私達にそれを伝えたということは、ルーカスはランドルフの駒になるつもりはないのかも知れない。


(だとしたら、ランドルはざまあみろだわ)


 息子の体を(もてあそ)び、多くの人間を犠牲にしておきながら、結局は自分の思う通りにならなかった事に腹を立て、ルーカスの体を破壊するような事をした父親。そんなやつが、ルーカスに受け入れられるはずがない。


(だってルーカスは、ホワイト・ローズ科の生徒だった人だもの)


 悪に心を染める事はない。


 私は「ランドルフめ、ざまあみろ」と、心の中でほくそ笑む。


「BGを断てば、ルーカスは化け物になり、死を迎えるという事ですか?あいつ、それをわかってて、俺たちに頼んだのかよッ!」


 後ろを振り返ると、ロドニールは顔を伏せたまま、拳を強く握りしめていた。どうやら私が拾った手紙に目を通してしまったようだ。


 私は彼に何と言葉をかけるべきか悩み、結局は無言のままロドニールの辛そうな表情を見つめる。


(そっか……)


 私にはロドニールの気持ちが痛いほどわかった。何故なら、私たちが今していること。BGをこの世界から消滅しようとしていることそれは、ルーカスを殺す事に等しいからだ。


 重苦しい空気が、部屋を支配する。


(今更、その事に気付くだなんて)


 しかし、ここまで来て引き返すわけにはいかない。私は拾い上げた手紙をたたみ、ポシェットにしまい込む。


「……行こう」


 小さく呟き、私はロドニールと共に、足早に部屋を後にしたのであった。

お読みいただきありがとうございました。


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