082 ミュラーの謎かけ
私達がハーヴィストン侯爵邸で手にしたBGにまつわる証拠。
それらに目を通したモリアティーニ侯爵は、長らく続いた戦争を終結させる大きな機会だと、やる気に満ちていた。そして、最終決戦は王城で開かれるルーカスとリリアナの、晴れやかなる結婚式の日に行う事が決定した。
なぜなら、結婚式にはグール派を名乗る面々がこぞって王城に集結するからだ。それに、お祝いムードで浮かれる民衆の前で、国王と王妃。そしてハーヴィストン侯爵をまとめて始末する事も出来る。まさに終戦を迎えるにピッタリな機会だと、私も同意したのだが――。
未だ私の手元にある一通の手紙に書かれていた事実。それがずっと私の心に重石となり、ズッシリとのしかかっている。
BGの供給を断てば、いずれルーカスは死んでしまう。しかも、ただ死ぬだけではない。人としても、グールとしてでもなく、ただただ人間を捕食したいという思いに囚われた、化け物となり、その命を終わらせる事になる。
それは、あまりに悲惨な結末だ。
「クリスタルに吸収される方がマシに思えちゃうよね」
私は要塞にある、自室のベッドに寝転がりながらドラゴ大佐に愚痴る。
もし、この手紙に書かれた事が真実ならば、ルーカスを助ける方法などない。
「私がルーカスに食べられたら、いいのかもだけど」
正直、それは「人間に戻れるかも知れない」話であって、確実ではない。
「そんな不確かな情報のまま、食べられたくないし」
「やめて下さい。食べるだの、食べられるだの。不吉ですよ、ルシア様」
ドラゴ大佐が、プンプンと怒った声を私にかけてきた。
「はいはい。食べられないから大丈夫よ」
ドラゴ大佐に適当に答えつつ、内心このまま何もしないで、ルーカスが怪物になってしまうのを見ているだけ。そんなのは無理だと感じた。
何故なら、ルーカスは白の園で密会した時に言っていた。
『俺たちだって、人並みに寿命を終えたいからだ』
その言葉を、ルーカスが絞り出すように呟いていた姿を思い出すたび、私の胸は苦しくなるからだ。
「どうしたら良いんだろう」
(やっぱり、私の生命をあげて助かるなら、迷わず差し出すのが正しいのかな)
先程と真逆な思いに駆られる。
一度は食べられる事を覚悟した事がある。
あれは運命に翻弄される私の唯一の意志だった気がする。
「もう流されたくないな。自分の運命は自分で好きに決めたい」
私は口にした言葉をかなえる方法を、石壁の天井を見上げながら考える。
「……あ、そうか!」
ある事を思いついた私は勢いよく起き上がる。
「やだ、何でこんな簡単な事に気が付かなかったんだろ」
となると善は急げだ。私は急いで部屋を出て、廊下を走る。目指す先は勿論、あの人の所だ。
***
私が大急ぎで向かった場所はこの国にあって、この国ではない場所。
そう、白の園の中。クリスタルに住む、自称神の遣いで観察者を名乗る悪魔こと、ミュラーの元だ。
その時によって、姿を変えるミュラーの不思議な部屋。
今日は、以前訪れた時のように美しい庭園ではなく、なぜか砂漠にある小さなオアシスだった。
湖の周りには緑豊かな植物が生い茂っており、そこにはたくさんの野鳥や昆虫などの生物が、生息している気配を感じる。湖の水は透き通っており、その奥には小さな魚たちが泳いでいる様子がうかがえた。
「なぜに、砂漠?」
本日のミュラーは、日焼けによる肌へのダメージを防ぐためか、長袖のシャツに、通気性の良さそうなワイドパンツ。それから、巻き起こる風に乗って舞い上がる砂が入り込まないようになのか、足首をしっかり固定するブーツに首元にはスカーフを巻いている。頭にはツバのついたハットをかぶり、黒いサングラスをしっかりとかけているという念の入れよう。
「探検家ごっこでもしてたの?」
見た目から浮かぶイメージそのままを口にする。
「探検……まぁ、あながち間違ってはいないな。ルドウィンとキャンプをしていた」
「父さんと?」
「期待するな。容れ物に入る君には見えない」
「……チッ」
私は期待させられた分、悔しくて舌打ちする。
「案ずるな、君がそのチンケな容れ物から解放されたら、また会える」
「母さんには……」
「それは無理だ」
「……やっぱり、そっか」
分かっていても、現実を突きつけられると悲しい気持ちになる。そんな私の気持ちに共鳴するように、今まで昼だったオアシスの上空に星空が突如現れ、静かな夜風が吹き抜ける。
「きれい」
私は上を向き、満天の星空を眺め感嘆の言葉を漏らす。
大きな星空に囲まれ、まるでこの小さなオアシスが世界の中心であるかのような感覚に囚われる。それは、私の抱える問題など、まるでちっぽけだよと言ってくれているようだ。
「さあ、早く入れ」
私はミュラーに続いて、オアシスに生えたヤシの木の下に張られた小さなテントの中にお邪魔する。
テントの中には、旅の疲れを癒すための道具や食料が置かれていた。
(やけに本格的なんだけど)
その事に驚きながらも、ミュラーがいつになく上機嫌なのは、父という仲間を得たからかも知れないと密かに思う。何だかんだ、ミュラーと父は仲よさげで、気が合っていたからだ。
「適当に腰をかけてくれていい」
ミュラーに指示され、私は座る場所を探すためテントの中をぐるりと見回す。
テントを支える木の棒にぶら下がった魔法ランタンが灯す室内には、中央に大きな寝袋が二つ敷かれていた。その上には厚い毛布がかけられており、寝袋の横には小さなテーブルが用意されていた。テーブルの上には一本のろうそくが灯っている。
「では、お言葉に甘えて」
私は寝袋の上に腰を下ろす。それから程なくして、ミュラーがテーブルを挟んで向かい側。私と同じように寝袋の上に腰を落ち着けた。
「で、何の用だ?」
ミュラーは私に銀のコップに入った紅茶を支給しながら、尋ねてきた。
私は待ってましたとばかり口を開く。
「お願いがあるんだけど」
「嫌だよ」
肝心な事を伝える前に、即答された。
まぁ分かってはいたが、取りつく島もないとはこういう事だろう。
「まだ何も言ってないし」
「聞かないでも分かる。君の願いなど、ろくでもない事に決まっている。また妊娠させろとか言うんじゃないだろうな」
ジロリと睨みつけるミュラーに、私は頭を横に振る。
「今日は違う件。もっと大事なこと」
「後継者問題よりも、優先すべき問題などないだろう?」
「ルーカスの事なんだけど」
「ああ、君が惚れ込んでいるグールか」
ミュラーの「グール」というあけすけな言い方にムッとするも、ここで怒っていては話が進まない。私はグッと堪えて話を続ける。
「ルーカスはBGを接種し続けないと、理性を失って怪物になってしまうらしいの」
「知っている」
「だから、ルーカスを助けるために協力して欲しい」
私が目的を告げると、ミュラーは思い切り顔をしかめた。
「何を言っているんだ? 君は、あの化け物に魅入られて頭がおかしくなったのか?」
「どういう意味よ」
「そのままの意味だ」
ミュラーは私の質問をはぐらかすと、銀色のカップに口をつけた。
「じゃあ、質問を変えるわ。ルーカスを救う方法を知っているんでしょう?」
「知らない」
「嘘ばっかり」
「何を根拠にそう思う?」
「だって、あなたは観察者なんでしょう?」
「そうだ」
「だったら、そのくらい知っていても不思議じゃない」
「……」
私の問い詰めるような口調に、ミュラーは黙ったままだ。
「ねえ、教えて。どうすれば彼を救えるの?」
「断る」
「どうして?」
「言ったはずだ。私は観察者だと。全てを見届ける事が私の使命だ。それには、君の願いを聞き入れる事は含まれていない」
「ケチ」
私は口を尖らせた後、ミュラーをその気にさせる作戦を練り直そうと、一旦紅茶を口に運ぶ。
熱い紅茶の香りは、深い味わいとともに鼻腔を満たす。香りを十分に楽しんだ私は一口飲んでみる。するとふんわりとした口当たりと、紅茶の苦味と甘味が絶妙に調和していた。舌先で感じる温かさが、身体中に染み渡っていく。
ここの所、次々と起きる事件により、忙しない日々を送っていた。そんな満身創痍である私の体は、久しぶりに優雅で落ち着いた気分に浸る。
「なんと言われようと、私は協力しない。そもそも君は、己の運命は己で決めると言っていたではないか。しかも偉そうに」
「そうだけど……」
確かにミュラーの言う通りだ。私は白の園で彼に何度も、私の人生は自分の意志で好きに決めたいと主張した。
でも今私の意志は、ルーカスを何とか生かしたいということだ。
(生きててもらわなきゃ、復讐も出来ないもの)
彼をどうこうしていいのは私だけ。十二歳の時からずっと、私の獲物なのだ。
「やっぱり、私が彼に食べられたらいいのかな」
「BGなどという、怪しい薬を投与され、グールになってしまったからな。もはやお前が食べられたとしても、無理だろうな」
「そうなんだ」
ミュラーの言葉を受け、私は「食べられないで済むかも」と、少しだけホッとする。しかし、私を食べても人間に戻らないとなると、もはやなす術がないという事になる。それはそれで大変困る事態だ。
「ランドルフの手紙によると、私の魔力がルーカスの身体に干渉しているって話だった。だとすると、私の魔力でルーカスを浄化する事は出来ないのかな」
「不可能だ」
「……」
ミュラーは私の疑問を容赦なく、一刀両断する。
「何故なら、彼の肉体は悪溜まりに汚染されているだけではない、不愉快な薬により、悪溜りをより効率的に取り込み、吸収しやすい体になってしまっているからな」
「つまり、グールになっちゃってるからってこと?」
「そういう事だ」
「うーん」
私は腕を組んで考え込む。
ミュラーはルーカスが悪溜まりに汚染されていると言った。
(つまり、彼の中にある悪溜まりを浄化出来ればいいってことだよね?)
悪溜まりを浄化する物と言えば、クリスタルだ。
となれば、クリスタルを削ってルーカスに飲ませれば……。
「削るな馬鹿者!!」
私が頭の中で考えた事を察したのか、ミュラーが怒鳴り声を上げた。
「まだ何も言ってないけど」
「言わなくても分かる。君は今犯罪者の目をしていたからな」
「失礼な」
気を取り直し、私はもう一度ミュラーに尋ねる。
「じゃあ、他に何か方法はある?」
「しつこいぞ」
「でも私はルーカスを何とかしたいもの」
「さっさと子を産め」
ミュラーがしつこく私に後継者を作れと迫る。
けれど今の私にとって、ルーカスを生かす事以上に最優先な問題はない。
「ルーカスの問題が解決しない限り、子どもなんてどうでもいい」
私は本音を漏らす。そもそも、自分と同じような運命を背負う子なんて可哀想すぎる。
「ふむ。ならば、こうしようではないか」
「何?」
「君が私の言う通り、きちんと後継者をこの世に残すというのであれば、君に教えてやる」
先程まで頑なに私の要望を無視していたミュラーが、突然譲歩しだした。
どうやら後継者問題は私が思うよりずっと、ミュラーにとって頭の痛い問題なのかも知れない。とは言え、これはチャンスだ。
「分かったわ。ルーカスが、BGがなくとも生き続ける事が出来る方法。出来れば元の身体に戻れる方法を教えて」
「おい、要望が増えてるぞ」
「え、そうかな」
ミュラーの的確な指摘に、私は全力でとぼけた。
「ルシファーの子孫である君は、グールにならない」
「そうね。私はグールにならないし、グールを殺しても病むことのない冷酷な悪よ」
さり気なく前回ミュラーに言われた言葉を織り交ぜ、チクリと嫌味を足しておく。
「……意外と根に持つタイプなのだな」
「で、私はグールにならない。その事と、ルーカスが元に戻る方法の関係は?具体的に教えて」
「君はグールにならない。以上だ」
「は?」
私は思わず間抜けな声を出す。
「それだけ?」
「そうだ」
「それじゃあ、全く分からないんだけど」
「最大限ヒントを与えてやっただけでも、大サービスなのだが?」
あくまでとぼけるつもりらしいミュラー。私はイラつきながら、言葉を続ける。
「もう少し分かりやすくお願い」
「これ以上の情報を与えるつもりはない」
「はぁ?」
ミュラーの答えに、私は顔をしかめる。
「どうして? それだけじゃ良くわからないんだけど」
「お前に理解力がないだけだ」
「何よ、ケチ!」
「あぁ、私はケチだ」
「神様は全ての者に平等じゃないの?」
私はミュラーに身を乗り出す。
すると、ミュラーはニヤリと笑った。
「ああ、神は全ての者に公平だ」
「だったら……」
「悪いが私は神の遣いであって、観察者。つまり神ではない」
ミュラーは言い切ると、カップに残った紅茶を飲み干す。そしてムカつくくらい、美しい勝ち誇った悪魔の笑みを、私にわざとらしく向けたのであった。
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