070 ルーカスのいない日々
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フェアリーテイル魔法学校を退学し、山積みになる問題を一つずつ解決していく。そんな日々を繰り返しているうちに、気付けば三年ほど経っていた。
十九歳になった私は、王族派あらため、解放軍と名乗るモリアティーニ侯と、父の下で兵士として働いている。
勿論、戦闘職として全線で。
そのお陰で、ローミュラー王国内で、私に賭けられた懸賞金はうなぎ登り。グールにとって、最も恨み、恐れる者として名を馳せているという状況だ。
今思えば三年前。私はフェアリーテイル魔法学校を卒業した後の進路をどうするか漠然と悩んでいたように思う。
あの頃の私は今よりずっと世間知らずで、周囲の思惑通りになるのも嫌だった。
何よりローミュラー王国が抱える問題を他人事だと据えており、幼い頃より抱えていた、自分の復讐心を満たす事を、将来の目標としていたはずだった。
けれど、私が王立学校で起こした事件をきっかけに、グールに都合の良い法案や政策が、議会で次々と承認されてしまった。
その中でも特に問題視されているのは、グール達による人間狩りが合法化されてしまったことだ。
食料として、そして一介の使い捨ての兵士として人間はグールに襲われるようになった。
次第に、グールになれば今よりもっと楽に生活出来ると吹聴され、自らグール化を望む人間の声もあがりはじめているという有様。
グールと人間が敵対し、真っ二つの勢力に分断された現在。ローミュラー王国はもはや、平和な国ではなくなっている。
結局のところ、私が解放軍に参加しているのは、そうせざるを得ないから。
私がギルバートを殺害し、グールが一つにまとまってしまったことへの後ろめたさ。そして、ランドルフを倒すためには、同じ目的を持つ解放軍に所属していた方が、都合が良いから。
そんな理由で現在私は、解放軍に所属する兵士として生きている。
***
グールに住まいを奪われ、王都から逃げ出した人間達は、解放軍の本拠地となる、モリアティーニ侯爵領を中心とする、西側の地域に続々と避難し、新たな生活拠点を築き始めている。
そんな中、私が住むのは王都から少し下った場所にある、解放軍の本拠地となる要塞だ。
ローミュラー王国各地に点在する魔法転移装置がある場所の一つで、王国内の人間達がグールから逃げる為に。そしてクリスタルのある、白の園へと転移出来る場所として、とても大事な拠点となっている。
王都へ向かう為に渡る、大きな川を見下ろす岩山を、削り作られた要塞は、自然そのものに溶け込んでいるかのような、風貌をしている。
玄関口となる正門は重厚な鉄製で、その上には、我ら解放軍の紋章の入る、ブルーの旗が凛々しく風にたなびいているのが印象的だ。
そんな要塞の中庭では、かつてローミュラー王国に属していた騎士団の面々、それから王立学校の騎士科に所属していた、人間の生徒達が中心となり、日々鍛錬を積んでいる。
王城を彼方に据えるその場所との間には、グール達側の、魔法転移装置が置かれた要塞が存在し、常に緊迫した状況が続いている。
つまり、私が居を構える要塞は、グール対人間の間で繰り広げられる戦争の、最前線といえる場所。とは言え、一時に比べると、西側への移住希望者の数も落ち着き、グール側とは、膠着状態が続いているといった感じだ。
そんな要塞の中、現在私は、自らに与えられた部屋にいた。
むき出しの木の床の上に置かれている大きな家具は、ベッドにクローゼットに小さな机だけ。決して豪華とは言い難い部屋ではあるが、そもそも寝に帰るだけ。そんな私にとってみれば、個室を与えられている事の方が重要で、十分満足する日々を送っている。
「いったーーい」
私は目元に激痛が走り叫ぶ。
「化膿したら困りますので」
「大袈裟なのよ」
ベッドに腰を下ろす私の顔めがけ、ピンセットで挟んだアルコール綿を、ペタペタと突く相棒を睨みつける。
「ルシア様は女の子なのですよ。怪我をするなら見えない所がよろしいかと」
「あら、ドラゴ大佐。女の子だからという考えは時代錯誤も甚だしいわ」
私は肩に乗り、ミニチュアサイズの軍服に身を包む、ドラゴ大佐の背中をつまむ。
「では言い方を変えます。ロドニール少佐がまた悲しい顔をしますので、お控え下さい」
「ロドニールはもっと関係ないじゃない」
私はドラゴ大佐をそっとベッドに下ろす。
そして解放軍の常装。深緑色に染まる、軍服の第一ボタンを外す。
「関係ありますよ。ルシア様の婚約者ですからね」
「まだ婚約してないし」
「えぇ。しかし、いずれはご結婚なさるのですよね?」
「……わかんない。周囲がそう願っているだけだし」
私は袖口のボタンを外しながら、ルーカスの事を思い出す。
ルーカスが忽然と表舞台から姿を消して三年。
王位継承権第一位。ランドルフ唯一の跡継ぎであるルーカスの行方について、報じる新聞は皆無という状況だ。
(グール達にとってみれば、跡継ぎの王子が行方不明だなんて、大問題だと思うのに)
グール達が騒ぐ様子がない。
その事を私は、ルーカスが何処かで生きている証拠だと思う事にしている。
何よりクリスタルの中にある、ミュラーが管理する、亡くなった人間の、人生を記録したデータが格納される部屋の本棚に、ルーカスの生涯を綴った本が、未だ収納されていないのだ。
(だから何処かで生きてる)
私は相変わらず左手にはまる、マンドラゴラの葉がモチーフとなった金色の指輪を眺めた。
(生きている限り、きっとまた会える)
そしてルーカスに会ったら、「心配させるな!」と、私は必ず一発殴ってやる。とまぁ、私自身は、ルーカスに会えると信じている。
けれど私のそういった事情とは関係なく、主にモリアティーニ侯を中心とし、私とロドニールの婚約話が持ち上がっているという、幾分困った状態である事も確かだ。
『全線で戦うお主はいつ死ぬかわからん。フォレスター家の子孫を早めに残せと、神も願っておるじゃろう。それにロドニールとの結婚は、人間に希望を与えるだろうからな』
先日、モリアティーニ侯に個人的に招集され、そう告げられてしまった。
以前ルーカスと結婚しろ。そう言っていた口で良く言うよ、と思わなくもない。
しかし、この変化が現実なのだ。
グールと人間が平等。
そんな呑気な未来はもう見えない。
暴走するグールを倒し、人間がこの戦いに勝つ。
それしか、人間が人らしく生き残れる道はないのだから。
「おいたわしい。まだルーカス元帥のことを」
目に涙を溜めたドラゴが、私に温めた布を差し出す。私は布を受け取ると、ゴシゴシと汚れた顔を拭き取る。
目のキワの傷口が開き、みるみるうちに、白かった布が赤く色づく。
「あああああ。もっと優しく拭いた方が」
「確かに」
私はとりあえず、布で出血した目元を押さえておく。
「ルーカス元帥の事を未だ忘れられないのですね」
「同郷のよしみ。その程度で心配なだけよ。だからあなたが気にする必要はないわ」
「またまた、強がりを。この三年間ずっとルシア様に付き添ってきたのですから。私には全てお見通しですよ。あぁ、切ない!!」
私が育ててしまったせいか。それとも温室を飛び出し、苛烈な生育環境に置かれているからか。
一代目ドラゴ大佐より、人間味溢れる二代目ドラゴ大佐は、ポケットから取り出した小さな布を目尻に当て、おいおい涙を流している。
「はいはい。気持ちの代弁ありがとう。でも本当に大丈夫だからさ。それよりも何か新しい情報はあった?」
私がドラゴ大佐に尋ねた時。
コンコンと部屋のドアが叩かれた。
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