表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
復讐の始まり、または終わり  作者: 月食ぱんな
第八章 別れと再会(十九歳)
71/125

071 見透かされる

 自室にて、二代目ドラゴ大佐とじゃれ合っていたところ、私の部屋が遠慮がちにノックされた。反射的にドアに顔を向ける。


「ルシア少佐、いますか?」


 扉の向こうからドラコ大佐と先程まで話題にしていた人物。ロドニールの声がした。


「いるよ。空いてるからどうぞ」

「ドラゴ大佐は?」

「いる。だから早く入って」


 騎士科出身が(おちい)りやすい、紳士的な態度に、私はイラつく。何故なら戦場では一瞬の判断で生死が分かれるからだ。


 そして忠実なる下僕(げぼく)であり、仲間でもあるロドニールは、いつも私の事を優先しがちだ。


 その事に関し、私は常日頃から彼に、「自分を優先しろ」と言っているのだが、どうにも彼は言う事を聞いてくれないのだ。どうやら、忠実なる下僕にも反抗期はあるようだ。


「失礼します」

「あのね、私には変な気を遣わないで」


 ロドニールが部屋に入ってきた途端、私は小言をぶつける。


「了解です、少佐」


 笑顔で答えるロドニール。


(絶対効いてない)


 いくら私が冷たい態度をとっても、ロドニールは決して嫌な顔をしない。


 ルーカスしかり、ロドニールしかり。私の周囲をうろつく男性は、どこかM気質なのかも知れない。


(いや、むしろそういう人以外は私を避けてるとか?)


 その事に気付いた私は、今の気付きを無かった事にしようと、思考を切り替える。


「少佐とか、それもなし。今は就業終了なんだから」

「わかった」

「まぁ、座って」


 ロドニールはもはや私の部屋における、彼の定位置となる、机の前に置かれた椅子をこちらに向けたのち、深く腰を下ろす。

 ベッドの際に腰をかける私と向かい合うロドニールは、白いシャツと緑色のパンツ。それから黒いブーツというラフな姿だった。


 服装から判断するに、緊急召集などの知らせを持ってきた、というわけではなさそうだ。


「それでどうしたの?」

「しょう……ルシア様の怪我の具合はどうかなと思いまして」

「あ、これ?」


 私は目元に当てていた布を外す。


「うわ、かなりザックリいってますね」


 ロドニールは眉間にシワを寄せながら、私に身を寄せると、傷口を覗き込んできた。思いの外、近い距離にいるロドニールの顔を観察する。


 一年前に出会った時と比べ、すっかり大人びた顔立ちになった彼は、その整った容姿と相まり、まるで絵本に出てくる王子様のようだ。


(相変わらず綺麗な肌してるなぁ)


 それに比べ、私はこの一年傷ばかり作っている。別にどこに傷ができようと、心臓さえ動いていればいい。そう思い戦っているからだ。


「痛くないんですか?」

「うん、痛み止め飲んでるし。見た目ほど酷くない」

「そうですか。傷口が綺麗に治ると(うわさ)の薬を持ってきたので、塗らせて下さい」

「ありがと」


 私は素直に礼を言う。


「いえ」


 満足気に微笑むロドニール。


「ねぇ、やっぱり女の子は顔に傷があるとまずいの?」


 ドラゴ大佐に続き、ロドニールにまで傷口を心配された私は、何気なく尋ねる。


「統計的に見たら、やはり気にする人は多いでしょうね。私は気にしませんけど」


 ロドニールは、取り出した小瓶から薬を人差し指の上に乗せる。


「気にしない。それなのに、どうして傷口が治る薬なんて持ってきてるの?」

「薬を持ってくれば、ルシア様に会えるからです」


 そう言って、ロドニールは私の左目のキワに出来た傷口に、そっと薬を乗せる。私は反射的に両目を閉じた。


「そんなせこい事しなくても、私はいつでもロドニールならウエルカムよ」

「そういう、気を持たせるような事は、あまり言わない方がいいですよ」

「気を持たせてるわけじゃないわ。本当の事よ」


 私は目を閉じたまま、口角を上げて笑う。するとロドニールの息を飲む音が聞こえてきた。


「それはどういう意味ですか?」

「そのままの意味」


 私はゆっくりと(まぶた)を開く。


「あなたも、モリアティーニ侯から聞いたんじゃないの?」

「…………」


 私の指摘は図星だったらしい。

 ロドニールは前かがみになっていた体を起こすと、視線を床へと向ける。


「私は好きとか、そういう気持ちが良くわからない。だけどフォレスター家に生まれた者の責務として、子を成すこと。それから、今の混乱した世の中を引き起こしたこと。少なくともその二つの責任は、感じているつもりよ」


 言いながら、ルーカスの事が頭をよぎる。


「ルシア様、しかし」

「それに、ロドニールならいいかなとも思う。この一年、何度も私を助けてくれたし。あなたになら、背中を任せていいと思えるし」


 何か言いかけたロドニールに言葉をかぶせる。


 今口にした言葉。これは本当の気持ちだ。ルーカスがいない今、相手を選べと言われたら、私は迷わず、いつも側にいてくれるロドニールを選ぶから。


 返事を待つ私に、ロドニールは困ったような顔になる。そしてため息を一つ付いた後、形の良い、その口を開いた。


「ルシア様、そのお気持は嬉しいです。私もあなたを好きですから。けれどあなたは目の前に積み重なる問題を片っ端から仕分ける。それと同じ気持ちで、私と結婚しようとしていますよね?」


 ロドニールがこちらに向き直り、私に問う。

 探るような視線に耐えられず、私はスッと視線をそらす。


「ルシア様、お茶の用意ができました」


 絶妙なタイミングでドラゴ大佐が、私に声をかける。


「こちらに置いておきます」


 ドラゴ大佐は、自慢げな顔で机の上にティーセットを置いた。


「ありがと」


 感謝を込めた視線を、ドラゴ大佐に送る。

 すると、ドラゴ大佐は心得ているとばかり、私にウインクを返してきた。


「もしかして私は」


 私は立ち上がり、机の上に置かれた逆さになった紅茶カップをひっくり返す。


「……ロドニールを傷つけているのかな」

「いえ、傷ついているのは私ではなく、あなたですよ」

「なんで?」

「ルシア様は、優しい方ですから」

「そんな事ない。私は優しくなんてないわ」


 私はティーポットの隣に置かれた、茶葉の蒸らし時間を測るための砂時計を見つめる。


「正直、ルシア様はこの一年。正しくはルーカス殿下が行方不明になってから、まるで死に急ぐよう、生きているように見えます。祖父が言う、私との話だって、そんなに急いで事を運ぼうとしているのは、あなたのその美しく、青く澄んだ瞳には、未来が見えていないからですよね?」


 ロドニールの言葉は、私の心の奥底を的確に突いていた。


 サラサラと落ちていく砂時計の黄色い砂を眺めながら、私はこの一年を振り返る。


 確かに私はルーカスが消えてから調子が悪い。


(いつも、迷惑だって思ってたし)


 今までルーカスが私を好きで、彼が私を追いかけているのだと思っていた。


 だけど、実際は私が彼に依存していた。

 その事に気付いた時にルーカスはもういなくて。


 私の中の何かが崩れ落ちた気がする。


 自分に課せられた罪と、責務。それに必死になる事で、誤魔化している。だけど、結局のところ今の私は惰性(だせい)で生きている。


「そうかもね」


 私は短く答える。


「ルシア様、私はあなたに幸せになって欲しいと思っています。そして、そのためには、もっと自分を大切にして下さい」

「ありがとう、努力する」


 私は砂時計の最後に残る、さらさらとした細かい砂が落ちきったのを確認すると、ポットを持ち上げる。


「だけど、何となくわかるの。私には立ち止まっている時間はないって」


 紅茶カップにゆっくり紅茶を注ぐ。


「だから、私とのこと。出来たら前向きに考えて欲しい」


 私はロドニールの前に紅茶カップを置く。


「ルシア様……」


 掠れた声でロドニールが私の名を呟く。その声を耳にしながら口をつけた紅茶は、何故か、あまり美味しく感じなかったのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ