071 見透かされる
自室にて、二代目ドラゴ大佐とじゃれ合っていたところ、私の部屋が遠慮がちにノックされた。反射的にドアに顔を向ける。
「ルシア少佐、いますか?」
扉の向こうからドラコ大佐と先程まで話題にしていた人物。ロドニールの声がした。
「いるよ。空いてるからどうぞ」
「ドラゴ大佐は?」
「いる。だから早く入って」
騎士科出身が陥りやすい、紳士的な態度に、私はイラつく。何故なら戦場では一瞬の判断で生死が分かれるからだ。
そして忠実なる下僕であり、仲間でもあるロドニールは、いつも私の事を優先しがちだ。
その事に関し、私は常日頃から彼に、「自分を優先しろ」と言っているのだが、どうにも彼は言う事を聞いてくれないのだ。どうやら、忠実なる下僕にも反抗期はあるようだ。
「失礼します」
「あのね、私には変な気を遣わないで」
ロドニールが部屋に入ってきた途端、私は小言をぶつける。
「了解です、少佐」
笑顔で答えるロドニール。
(絶対効いてない)
いくら私が冷たい態度をとっても、ロドニールは決して嫌な顔をしない。
ルーカスしかり、ロドニールしかり。私の周囲をうろつく男性は、どこかM気質なのかも知れない。
(いや、むしろそういう人以外は私を避けてるとか?)
その事に気付いた私は、今の気付きを無かった事にしようと、思考を切り替える。
「少佐とか、それもなし。今は就業終了なんだから」
「わかった」
「まぁ、座って」
ロドニールはもはや私の部屋における、彼の定位置となる、机の前に置かれた椅子をこちらに向けたのち、深く腰を下ろす。
ベッドの際に腰をかける私と向かい合うロドニールは、白いシャツと緑色のパンツ。それから黒いブーツというラフな姿だった。
服装から判断するに、緊急召集などの知らせを持ってきた、というわけではなさそうだ。
「それでどうしたの?」
「しょう……ルシア様の怪我の具合はどうかなと思いまして」
「あ、これ?」
私は目元に当てていた布を外す。
「うわ、かなりザックリいってますね」
ロドニールは眉間にシワを寄せながら、私に身を寄せると、傷口を覗き込んできた。思いの外、近い距離にいるロドニールの顔を観察する。
一年前に出会った時と比べ、すっかり大人びた顔立ちになった彼は、その整った容姿と相まり、まるで絵本に出てくる王子様のようだ。
(相変わらず綺麗な肌してるなぁ)
それに比べ、私はこの一年傷ばかり作っている。別にどこに傷ができようと、心臓さえ動いていればいい。そう思い戦っているからだ。
「痛くないんですか?」
「うん、痛み止め飲んでるし。見た目ほど酷くない」
「そうですか。傷口が綺麗に治ると噂の薬を持ってきたので、塗らせて下さい」
「ありがと」
私は素直に礼を言う。
「いえ」
満足気に微笑むロドニール。
「ねぇ、やっぱり女の子は顔に傷があるとまずいの?」
ドラゴ大佐に続き、ロドニールにまで傷口を心配された私は、何気なく尋ねる。
「統計的に見たら、やはり気にする人は多いでしょうね。私は気にしませんけど」
ロドニールは、取り出した小瓶から薬を人差し指の上に乗せる。
「気にしない。それなのに、どうして傷口が治る薬なんて持ってきてるの?」
「薬を持ってくれば、ルシア様に会えるからです」
そう言って、ロドニールは私の左目のキワに出来た傷口に、そっと薬を乗せる。私は反射的に両目を閉じた。
「そんなせこい事しなくても、私はいつでもロドニールならウエルカムよ」
「そういう、気を持たせるような事は、あまり言わない方がいいですよ」
「気を持たせてるわけじゃないわ。本当の事よ」
私は目を閉じたまま、口角を上げて笑う。するとロドニールの息を飲む音が聞こえてきた。
「それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味」
私はゆっくりと瞼を開く。
「あなたも、モリアティーニ侯から聞いたんじゃないの?」
「…………」
私の指摘は図星だったらしい。
ロドニールは前かがみになっていた体を起こすと、視線を床へと向ける。
「私は好きとか、そういう気持ちが良くわからない。だけどフォレスター家に生まれた者の責務として、子を成すこと。それから、今の混乱した世の中を引き起こしたこと。少なくともその二つの責任は、感じているつもりよ」
言いながら、ルーカスの事が頭をよぎる。
「ルシア様、しかし」
「それに、ロドニールならいいかなとも思う。この一年、何度も私を助けてくれたし。あなたになら、背中を任せていいと思えるし」
何か言いかけたロドニールに言葉をかぶせる。
今口にした言葉。これは本当の気持ちだ。ルーカスがいない今、相手を選べと言われたら、私は迷わず、いつも側にいてくれるロドニールを選ぶから。
返事を待つ私に、ロドニールは困ったような顔になる。そしてため息を一つ付いた後、形の良い、その口を開いた。
「ルシア様、そのお気持は嬉しいです。私もあなたを好きですから。けれどあなたは目の前に積み重なる問題を片っ端から仕分ける。それと同じ気持ちで、私と結婚しようとしていますよね?」
ロドニールがこちらに向き直り、私に問う。
探るような視線に耐えられず、私はスッと視線をそらす。
「ルシア様、お茶の用意ができました」
絶妙なタイミングでドラゴ大佐が、私に声をかける。
「こちらに置いておきます」
ドラゴ大佐は、自慢げな顔で机の上にティーセットを置いた。
「ありがと」
感謝を込めた視線を、ドラゴ大佐に送る。
すると、ドラゴ大佐は心得ているとばかり、私にウインクを返してきた。
「もしかして私は」
私は立ち上がり、机の上に置かれた逆さになった紅茶カップをひっくり返す。
「……ロドニールを傷つけているのかな」
「いえ、傷ついているのは私ではなく、あなたですよ」
「なんで?」
「ルシア様は、優しい方ですから」
「そんな事ない。私は優しくなんてないわ」
私はティーポットの隣に置かれた、茶葉の蒸らし時間を測るための砂時計を見つめる。
「正直、ルシア様はこの一年。正しくはルーカス殿下が行方不明になってから、まるで死に急ぐよう、生きているように見えます。祖父が言う、私との話だって、そんなに急いで事を運ぼうとしているのは、あなたのその美しく、青く澄んだ瞳には、未来が見えていないからですよね?」
ロドニールの言葉は、私の心の奥底を的確に突いていた。
サラサラと落ちていく砂時計の黄色い砂を眺めながら、私はこの一年を振り返る。
確かに私はルーカスが消えてから調子が悪い。
(いつも、迷惑だって思ってたし)
今までルーカスが私を好きで、彼が私を追いかけているのだと思っていた。
だけど、実際は私が彼に依存していた。
その事に気付いた時にルーカスはもういなくて。
私の中の何かが崩れ落ちた気がする。
自分に課せられた罪と、責務。それに必死になる事で、誤魔化している。だけど、結局のところ今の私は惰性で生きている。
「そうかもね」
私は短く答える。
「ルシア様、私はあなたに幸せになって欲しいと思っています。そして、そのためには、もっと自分を大切にして下さい」
「ありがとう、努力する」
私は砂時計の最後に残る、さらさらとした細かい砂が落ちきったのを確認すると、ポットを持ち上げる。
「だけど、何となくわかるの。私には立ち止まっている時間はないって」
紅茶カップにゆっくり紅茶を注ぐ。
「だから、私とのこと。出来たら前向きに考えて欲しい」
私はロドニールの前に紅茶カップを置く。
「ルシア様……」
掠れた声でロドニールが私の名を呟く。その声を耳にしながら口をつけた紅茶は、何故か、あまり美味しく感じなかったのであった。




