お孫さま、トンルゥを発つ
色々しんどいことがリアルでは続いているので、
美味しいものを食べたつもりでちょっとねちねち書いてしまいました…
支度を調えて部屋を出ると、既にクァシンが控えていた。このまま店に寄って、諸々受け取れば登山だ。スターシアとの約束の日まで七日程度。山を越えてすぐにシィルゥの街。そこからは多少起伏はあるそうだが平地だから国境まで三日程度。青藍の足ならば一日半程度で抜けられる筈との予想はユーチェン。プレリアトからプレリポトまで、特に急ぐわけでもなく行った場合で一日半と告げたら、だいたい距離的には同じくらい、更にハイグランドエクウスなら問題になるような起伏でもないとのことだった。下山してサントル入りまでに一日半、国境を越え広域本部があるサントル・エグリーズまでに半日。つまり五日で山を越えられれば間に合う。それに青藍はハイグランドエクウス、以前に増して足が強く、速くなっている。今ならプレリアトからプレリポト、朝から走れば一日で着いてしまうかもしれない。トンルゥからの登山道は比較的穏やかで青藍なら当日中に着く、順調に進めば十分余裕はある日程だが、衛星もないこちらでは天候ばかりは読めないのでこれ以上、トンルゥに逗留するわけにはいかない。
「おはようございます、若旦那」
まだ早い時間なので店は開いていなかったが信世もユーチェンもしっかり居た。
「おはよう。悪いね、私の都合で」
「とんでもないことでございます。大事なご出発の朝に寄り道をさせてしまって」
収納箱から購入品を受け取る。箱に触れて中身を把握したら、取り出さずに全部収めたのだがどうもこれがしくじったようで。プレリアトで食材を受け取った時も同じようにした。自分としてはデータ移行くらいの感覚だったが、一般的ではないらしい。だが収納箱から直接受け取るようなことは店を介しての時くらいだから、まあ特別気にしなくてもいいか。
「若旦那、ひとつお詫びがございまして」
クァシンによると会議で決まった、あの一覧以外の料理が入っているそうだ。
「うっかり昂ぶって、とびっきり気合いを入れた紙包蝦を作ってしまったと申しておりました」
紙包蝦、あちらでは確かウエハース包み揚げやオブラート包み揚げとも呼ばれる料理だ。米粉で作られるとても薄いシートであんを包んで揚げたもの。刻んだ筍と背脂を混ぜたエビのミンチを包むのが一般的な紙包蝦だが、これは大ぶりのエビを開きそこへあんを詰め、包んで揚げたそうだ。
「料理として出すには値段が合わないので完全に父とにいさんの暴走です」
にいさん、誰のことかと思ったらルイのことだそうだ。そうだった、クァシンの恋人はルイの妹だ。
クァシンのこともあり、色々複雑な葛藤もあったのだろうが料理に関しては互い尊敬し合っていたそうでかなり打ち解けたとか。
「あの二人放置しているとまだまだ暴走しそうだったのでねえさんと一緒に締めておきました」
「あー……」
なんとなく、ルイとスイランの力関係もわかった。
あの会議で決まった件については全部任せているので、もし追加料金が発生していても払うなりなにかで相殺するなりしているだろうから有難く味わおう。
「それと、こちらも」
クァシンが示すのは収納箱ではなく、袋の方だ。信世の私物を借りたとのこと。
「これは?」
「旅の途中でも食べやすいものを別途にいさんが。にいさんの月餅も入ってます」
見送りに来たかったけれど、元仙祥閣の者が彷徨くにはまだ人目を憚るそうで、もうしばらく自宅と元仙祥閣の往復だけに留めるとか。
「若旦那があそこを買ったと話が広まればにいさんたちも肩身の狭い思いをせずに出歩けるようになります」
その感謝も含まれているのだから受け取れと言われる。
中は本当に旅の途中で食べやすそうなものだった。一食分ずつ包まれたちまきや春巻き、串焼き、肉まん、そして月餅。いや一番多いのは月餅だった。クァシンによると仙祥閣の厨房で一覧にある料理を作って、帰宅すれば自宅でひたすら月餅を作っていたとか。黙々と作業しているのが一番落ち着くそうだ。細工物では増える一方、食べれば消える月餅は最適だと。
「差し入れのようなものとして、いただいておきます」
「えぇ、是非」
昨日も行った登山口。ユーチェンの解説通り、頂上を目指す者は午後に出発するらしく見掛けるのは軽装の者が多い。冒険者と思しき武器を携帯している者も。
「うぉ、」
「すげぇ……」
しっかり馬鎧まで纏った青藍はやはり目を惹くようだ。
信世とクァシン、ユーチェンの三名が見送ってくれる。
「ご滞在なさることはなくともシィルゥの店には必ず、お立ち寄りくださいませ」
信次が零した言葉を思い出す。トンルゥとシィルゥの店主は双子の姉妹だと。
「えぇ、札の登録もありますしね」
本人が忘れてくれと言っていたのでやはり口には出さないでおく。
「色々と騒がせました。あとのことは央京からの人員と相談しつつよいようにしてくださいな」
「はい。またのお越しを、お待ちしております」
長々とした挨拶は店で済ませている、三名の最敬礼を受けつつ登山口を通った。
ひとまずは登山道をゆっくりと進む。山に入って少し行けば、確かにハイキングコースといえそうな緩やかさ。だが更に進むと緩やかさは失せてハイキングというよりは、トレッキングといえるレベルになってくる。この辺りからが冒険者たちの稼ぎ場になるようだ。登山道から外れていく者も増えてくる。
「んー……」
道なりに進めば迷うことはない、とユーチェンは言っていた。ということは道に沿いつつ道ではない場所を進んでもよいのでは。なにしろ青藍は不完全燃焼もいいところ、足踏みに近いアイドリング状態だ。のんびりと景色を楽しみながら登っていくのもいいが走れると思っていた青藍の不満もわかる。
「青藍」
道を僅かに外させる。すぐに滑落しそうな場所ではない。逆にそういう位置まで進めば道の登山者も少なくなっている筈だ。登山者の頭の上を飛び越えていくのは簡単だがさすがに迷惑だし、驚かせてしまう。
「お先に失礼」
道の脇を追い越し車線のように使わせてもらう。横から突然現れる青藍に多少は驚かれるが馬体の大きさに納得されるらしく頷くような仕草を返す者も居た。
昼前には先を見れば白い部分がちらほらと現れ始める。それぞれ登山のペースは違う、この辺りにはまだ今日出発の登山者は辿り着いていないし昨日出発の者なら通り過ぎている。青藍を止まらせて装備の変更を行う。肌寒く感じてからよりいいだろう。
案の定、あっという間に冬の名残が強いエリアに差し掛かる。傾斜もかなり急になってきているが青藍は自分を下ろす気はなさそうで、ならば自分もそれに応えるまでと姿勢や重心を合わせ跨がったまま山を登る。当然舗装されていたり石や木で整備されていたりしない、ただ登山者が歩き続けて作られた獣道のようなものだ。石を踏み越え木の根を跨ぎ、そのうち岩に足を掛けるようになってくる。それでも青藍に止まる気配はない。途中見掛けた川は真ん中辺りは流れていたが両岸に近い部分はまだ凍っていた。登山道を行く限り水に落ちることはないだろう。あくまで道を行く限り、だ。
「うーん……」
これは、下山の時もおろしてくれないかもしれない。山は登る時よりも下る方が危険だ。
合戦中の戦国武者じゃあるまいし。そう思ったが覚悟せねばならないか。
他の登山者の邪魔にならなさそうな場所でなんとか青藍を止めた。水を飲ませておやつの葉を一枚。自分はルイからの差し入れを開く。
まずはちまき。もっちりとした米、柔らかく解れる煮豚はごろっと存在を主張し元は干しエビだろうか、小さなエビも入っている。刻んで混ざるのは岩キノコだ。旨味の強いものに負けじと全体的にしっかりと濃い味付けだが生姜も利いていて、しつこさはない。
次に春巻き。一本ずつ包んでくれているので剥きながら食べられる。ちまきとは違った似た葉が使われているが、結び方が違うのは具の種類が違うのだろうか。
一本目はエビと筍が具材のメイン。エビは刻まずまるごと一本入っていて筍との食感の違いがまたいい。
結び方が違う二本目。野菜がメインのようで岩キノコをはじめ数種類のキノコや黄ニラ、春雨が詰まっている。味付けは一本目よりあっさりしている。
まだ他にも結び方の違うものがあるが登山中の昼としては十分だ。
水分補給をして、登山再開だ。
例のゲームのたまごのようなフォルムのうさぎさん色違い、
オンラインと自前とでお迎え出来てます。




