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お孫さま、山小屋到着

 つづら折りの道が這う急勾配も青藍は難なくショートカットしていく。行く先を見ても誰も居ない、昨日出発していた登山者すら追い抜いたか。誰も居ないのなら道に戻させたいのだが青藍が楽しそうにしているのでそのまま登らせる。なんとか姿勢を合わせて落馬せずに済んでいるが絶対に歩いた方が楽な筈だ。速さは勿論、青藍に軍配が上がるが乗っている自分は一瞬も気が抜けない全身運動。今夜はよく眠れそうだ。



「だめだよ、青藍」

 不服そうだったが最後の斜面は越えさせず道へ入らせた。斜面を行かせると突然山小屋の前に飛び出すことになる。

「あら、お早いお着きで」

 山小屋のスタッフらしき女が籠を手に納屋から出来たところだった。

「馬が急くのを無理に抑えてしまうのも可哀想で」

 よかった、飛び出していたら相当驚かせていた。

「まあまあ立派なお馬だこと! お泊まり……ですよね?」

「ここがトンルゥから登ってきた先の山小屋であっていれば」

「えぇえぇ、トンルゥからの山小屋で間違いございませんよ」

 厩は今掃除中だから少し待って欲しいとのこと。

「その間、荷捌き用の広場で休んでいてくださいな」

「荷捌き用?」

 案内されたのはなにも置かれていない平らな場所。山小屋で使う食料や日用品等麓からあがってきたあと、ここで荷下ろしするそうだ。かなり広い、真冬なら雪をここへ集めてしまうのである程度の広さを維持していると説明される。雪を焚いて水にしてしまうにも限度がある。今も日が当たらず誰も通らないような隅には雪が残っている。山小屋とは冬になったら閉じるものと思っていたがここではそうではないらしく冬も規模を縮小しつつ営業しているそうだ。

「閉じるところもあります、そういうところは元々小さめの山小屋で登山口自体が閉鎖されるんですけどね」

 トンルゥからの道は比較的穏やかだから冬も開けている、と。

 今日の荷物が来たら邪魔になるのではと思ったが毎日届くわけではないそうだ。

「この季節だからまだ月に一回くらいですよ。臨時で頼むこともありますが今日はなかった筈です。次に歩荷さんが来てくれるのは半月後ですね」

 歩荷、簡単にいえば荷運び人だ。主に山小屋等、高地の施設に荷揚げする専門の職人というか、職業だった筈。採取メインで生計を立てる冒険者が居るなら歩荷を活動のメインにしている冒険者も居そうだ。ただこちらでは本職というか、専門の歩荷と契約しているそうだ。

「おぉい、どこまで芋を取りに行ってるんだー?」

 男の声だ、野太く、だがどこかのんびりした口調。

「あ、そうだった。これ渡さなきゃ」

 持っていた籠の中は芋らしい。

「居た居た、いったいどこまで取りに行ったのかと思っ……」

 裏口から回ってきたのか、建物の影から大柄な男が現れた。山小屋という場所にとてもよく似合う。髭もじゃで、がっしりとしていて、手にしている包丁が小さなナイフに見えるくらいだ。

「ひえっ!」

「え?」

 ぴゅっと、元居た方へ引っ込んでしまった。スタッフの女がカラカラ笑う。

「気を悪くしないでくださいねぇ、すっごい人見知りで」

 長く、歩荷をしていた人物だそうだ。山と向き合う日々は己に向いていると日々荷物の運搬がない日も山を彷徨いていたそうだが唯一といっていいほど打ち解けていた山小屋の主が年齢と健康上の理由で引退する時、あとをやってみないかと声を掛けられ今に至る、と。

「私は先代の頃からここで働いてましてね、あのひとが歩荷の頃から知ってるからわりと会話出来てますけど新人の子たちとまともに会えるようになったのは半年は過ぎてからで。だからそのうち変な話が出来ちゃって」

 トンルゥルートの山小屋の主を見た者には幸運が訪れる、なんて噂になっているとか。レアキャラ扱いだ。

「あれ?」

 人見知りなのに客商売とは、山が好きでも苦労が多いだろうと建物の方を見ると手首から先だけを出して手招きしている。

「お呼びでは?」

「あら、ほんとだ。ちょっと行ってきますね。あ、お水、湧き水なんで冷たいですからお馬にやる時は気を付けてあげてください」

 飼い葉桶のようなものに絶えず水が流れ続けている。なるほど、湧き水らしい。無理に止めることは出来ない。触れてみると本当にキンと冷えていて、これを胃に流せば腹を下すんじゃないかと思うくらいだ。青藍には魔法で水を出して飲ませることにしよう。

 話が終わったのか、スタッフの女が戻ってくる。

「あの、お客さん……もしかして、特一、ご予約くださいましたか?」

「手続きをした者がそんなようなことを言ってましたね」

「あー、ご自分で手続きをなさっていない時点で確定です。すぐにお部屋のご用意済ませますね!」

 どうやら入山届は基本的に登山者本人がするものらしい。代理がするのは特段の事情があるか、ある程度以上の身分があるかだと。

「お馬も立派だしお召しものも上等だから、特一の方じゃないかって言われて」

 気付かずすみませんと謝られるもののそもそもまだ今日出発の登山者が到着する時間ではないだろうから、気付かなくて当然だ。






 部屋よりも厩の方が先に入れた。蹄の手入れとブラッシング、飼い葉におやつの葉を添えた。部屋はまだでもリビングというか、休憩する為の場所なら解放されているそうでそこで茶をもらうことになった。

「珈琲もありますけどどうなさいます?」

「では珈琲をいただきます」

 トンルゥに来てからはずっと茶だったのでたまにはいい。

「はいはいすぐお持ちしますねぇ。お部屋、入れるようになるまでこちらどうぞ」

 案内されたのは眺めのいい窓際の小さなテーブルだ。

「特等席ですよー、トンルゥが見下ろせるでしょう?」

「あぁ、本当だ」

 珈琲を淹れてもらっている間に外套を片付けておこう。動きづらいから防寒具も外して、脚絆も迷ったがそれは部屋に入ってからの方がいいか。ゴーグルを忘れていた。それも外して、一息。すぐに珈琲のいい香りを感じる。

「お待たせしま……」

 何故か女の声が途中で止まったので振り返ると、湯気の立つカップを載せた盆を持ったまま固まっていた。

「? ……もし?」

「………………あ、すみません。失礼しました」

 さっきまでの気さくな雰囲気がなくなった、なにかしくじっただろうか。

「その、お顔が見えず、御無礼な真似を」

「無礼?」

「高貴な方とは、存じず、」

「あー、確かによい品々を身に付けさせてもらってますが私自身は大したことない若造ですから」

「い、いえ、ご謙遜を」

 待て。彼女は顔を見て、と言った。となると装備品や着衣のことではなく、顔になにかあるのか。

「そういえば、顔が見えずと仰ってましたが私の顔がどうかしましたか?」

 首を傾げれば女は盆を盾にしてまた謝ってきた。

「え、本当にわからない。私の顔って、文化的になにかまずいところが」

 トンルゥでは特に言われることもなかったし、シャンの文化でまずいものがあるわけではないだろうが、こういうのは意外と地方限定の事情があったりもするからトンルゥで平気だからといって山頂近くでも平気とは限らない。そう思っての確認だったのだが。

「ととととんでもないっ、おっ、お美しくて、そういう方はまず間違いなく身分の高い、高貴な方だと」

 なるほど、単純に身なりに気を配れるくらい経済的に余裕のある立場と思われただけのことか。納得した。

「特一をご予約でそのお美しさならもう十中八九、お貴族さまなのだろうと」

「私は貴族じゃありませんよ。確かに祖父はかなりの資産家でしょうが、私自身は違います」

 成り行きで土地ごと老舗料理屋を買う羽目になったりはしているが重郎とは比較すら出来ない筈。

「は、はぁ……えっと、あれですか。ご身分ではなくご自身を見ろっていう」

「ですから身分自体が貴族ではないので、本当に」

「……本当に?」

「本当に。ただただ、祖父が大金持ちなだけです」

「……そういうことに、しておくってことで……?」

 これ以上続けるのが不毛だ、長く付き合うわけでもないのだから無闇矢鱈に恐縮されなければそれでいい。

「そういうことにしておいてください」

 ゆっくりと頷けば、女も戸惑いつつ無理に納得したように数回頷いた。






 珈琲をいただきつつ部屋に入れるようになるまで待つ。夕方近くになって続々と登山者が到着した。

「いや、本当にすごい登りっぷりだった」

「あんな山越えがあるとは」

 登山者たちは共通の話題で盛り上がっているようだ。

「何故あれで振り落とされないのか」

「下りも見てみたいものだ」

 スタッフが入山届の控えを見て予約内容の確認をしている。自分はされなかったので通り掛かったスタッフに声を掛けて控えを見せようとしたが不要だと言われてしまった。

「特一予約を騙るような命知らずには見えませんし」

「命知らず?」

「山小屋で予約内容を騙ると平地で同じような罪で罰せられるより重いんですよ」

「あー、そっか、環境的に洒落にならない」

「えぇ」

 予約を騙って部屋に入り、正しい予約者が部屋に入れず被る不利益は、かなりの確率で命の危機に繋がる。十分な休息が取れず山での事故に繋がる可能性がある。限られた環境下であるからこその、厳罰となる。

 そのうち部屋の用意が出来たと声が掛けられる。

「ただ、魔石の支度がまだでお風呂は使えません」

「自分で湯を出せますので魔石は大丈夫。場所だけあれば」

 どうせ一泊だし魔石の節約にもなるだろう。



 基本的に、山小屋では雑魚寝だ。ただ平地の雑魚寝の宿よりも管理は徹底されているとか。面積の問題で省スペースの雑魚寝になるだけで平地の木賃宿とはワケが違う。寝具はふかふかで清潔、夏は高地だから涼しいのは勿論、冬場もしっかりと薪代を惜しまず暖かい。雑魚寝にしては高いが、値段相応の対応をしてくれると。それでもセルジュに教わった宿のランクが、そのまま山小屋の部屋ランクにも適用出来そうだ。雑魚寝、二段ベッド等を活用した相部屋と、個室。そして、その上。

 雑魚寝の大部屋では当然風呂はない、相部屋も同様。個室になって初めて部屋に湯を運ぶ場合があり、その上の特別室になれば浴室を設けている、と。特一はその中でも最上級、だがあくまでも山小屋での最上級だ。部屋は満天楼での部屋と似ている、調度品の質が劣るくらいか。それでも若造の一人旅には十分過ぎた部屋だし貴族やらの宿泊にはここを使うというのも頷けた。

 山小屋での売り、それはやはり、眺めだ。

 眺望が抜群だ。珈琲をもらっていたテーブルでは登山者が到着するのが見えたが部屋からはそれが見えない。視界に誰かが紛れることなくただただ風景を独り占めしている。

「すごいな……」

 これは、平地では得られない贅沢だ。トンルゥの街とその周囲が茜色に染まっていく。暫しゆっくりと味わった。


山小屋の営業や荷捌き場所等については完全に捏造なので

その辺りはスルーしてください。

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