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お孫さま、初めて刃を向ける

テンプレ的な。

 考えてみれば、踊ったのは央京で重郎に見せた以来だ。今回は決まり事もすべて無視してただなんとなく、誘われるようなあやふやな予感に従って好きに動いた。黒い靄は霧散し無音の空間に何故か謝意を感じた。それもすぐに消え、残ったのは澄みきった空気と。

「あー……たまには動かないとだめだな」

 反省だ。

 重郎に見せるくらいしか披露する機会がなくとも無駄に錆び付かせてしまうのは仕込んでくださった師匠方に申し訳ない。こちらでは、生き延びる為に戦う技術や食べられるものを見分ける知識が優先される。だが覚えているものをおさらいするくらいはすべきか。






 蹲踞の体勢から立ちあがり青藍に乗ろうとしたらドワーフから呼び止められた。こういう時にも、名は伏せた方がいいだろう。ゲオと名乗ったドワーフを疑うわけではないが、助けた相手が真っ当な者とは限らない。プレリアの森で遭遇した男女二人組のように振る舞われることもある。

 街道へ戻る頃には日が傾いていた。今日は無理せずゆっくり進もう。夜も走ればトンルゥには十分着くだろうが、青藍の速さで旅人が行き交う街道を突っ切るのは避けたい。

 完全に暗くなってしまう前に野営が出来そうな場所を見つけることが出来た。

「うーん……」

 天幕の敷地内に根付いてしまったおやつの葉の若木。しっかりと、あった。

「ま、植木鉢を持ち運ぶよりはいいか……」

 気にしたところでどうにもならない、不都合ではないしもしかしたらこちらでは木が己で植わる場所を選ぶことは不思議でもなんでもないのかも、いや、さすがにそれはないか。あったとしても、天幕セットの一部に加わるなんてこと。



「ポトで買った魚をやっつけちゃいたいなぁ」

 マグロのさくがある、大丈夫なのだろうがなんとなく自分で仕留めたもの以外の生食は抵抗がある。幸い、色々と野菜もあることだしハーブとニンニクとでマリネして明日焼こう。マリネにしない残りは角切りにして炊いてしまおう。たっぷりの生姜と醤油、砂糖、味醂と酒。今回はちゃんと米の酒を持っている。問題は今夜。鯛の切り身を塩焼きに、昆布とアサリ数粒水から煮出して吸い物にして。生野菜のサラダは合わない。ほうれん草っぽいものがあった、纏めて湯がいておけば簡単に使える。同じような野菜ならシュウ酸は落とした方がいいだろうし。卵と合わせてよし、お浸しも手軽になる。今日は胡麻和えにしよう。干し椎茸も戻しておこう、そのまましまっておけるのだから無駄にはならない。明日の朝はそれを使って炊き込みご飯もいい。

 鯛の塩焼きとアサリの椀、緑鮮やかな胡麻和えを食べて昨日炊いた白飯が終了。食べながらマグロの角煮を作る。沸いた湯に潜らせすぐ引き上げる、これで臭みが消える。クッキングペーパーなんてないから水気を乾燥しきらない程度に飛ばして鍋にマグロ、生姜の薄切り、調味料と水を入れて煮詰めていく。焚き火の傍だからこそ食べながら出来る。表面に熱が入り白かった身がだんだん醤油の色に染まっていく。

「うわー、これは、気を付けないと……」

 甘辛さっぱりの味付けで、白飯が進むことは間違いない。夕食を終えてゴボウやニンジン、油揚げ、蒟蒻を少し刻んでおく。米は水を吸わせておいた。それら全部纏めてしまっておく。あとは戻りきった椎茸を刻んで、その戻し汁と醤油等を加え炊くだけだ。マグロの角煮とは合わないがあれは一日置くつもりだ。その方が味も落ち着く。明日の昼は炊き込みご飯を握っておこう。弁当箱があればよかったかと思ったが自分の為に細々と作って詰めるのはあまり楽しくない。握り飯で十分だ。ぬか床にはキュウリを漬けておいた。昼に握り飯と食べたい。

 青藍も飼い葉とおやつの葉を食べ終えて寛いでいた。突然育った若木にも動じず排泄を木の後ろでするなどしていた。今夜は木刀を持っての素振りではなく天幕の中で記憶にある日本舞踊の稽古を思い出しつつおさらいをした。



 翌朝。

「不思議だなぁ……」

 おやつの葉の若木、天幕から見て後ろ側で青藍が排泄していた筈だがなかった。一晩で分解されたのだろうか。なら、根が抱え込んだあの植木鉢に落ち葉と一緒に野菜屑や魚の皮といった、あちらでいうところの生ゴミを入れれば、堆肥になるのだろうか。

「今夜試してみよう」

 マリネしたマグロのソテーに添えるつもりの野菜を処理する時に、焚き火に放り込む前に植木鉢に入れてみよう。マリネして残ったニンニクやハーブもある。



 この日は特に連絡することもなかったので街道の脇で昼食にした。時々こちらを見てくる旅人は居たが青藍が立派で目を惹くからだろう。順調に進めばトンルゥに入るかその手前で夜を明かすかだ。あまりに近いと開門待ちで野営している団体と遭遇するだろうからもし間に合いそうになければ早めに場所を見つけよう。

 のんびりと街道を行く。のんびりといっても何組か旅人を追い越したので青藍の足的にのんびりなだけだが。

 不意に拾った気配は、あまりよろしくないものだった。近付くにつれ揉めている声も聞こえてくる。






「……の、強情なガキがっ!」

 鈍い、撲つような音も聞こえてきた。

 横倒しになった、簡素だが大きな馬車、乗合馬車だ。乗客らしき者は街道の脇に跪いた状態で一列に並ばされ小柄な者が蹲り暴行を受けている。乗合馬車には護衛要員が居る筈だがと視線を走らせるとどうやら乗客の少女を人質に取られ脅されているようだ。強盗側の一名が少女を捕らえ刃物を突き付けもう一名が暴行、護衛と思しき装備の者は縛られている。

「くそっ、どっから来やがった!」

 こちらを見て強盗が怒鳴る。

 ただ街道を進んでいただけだが、青藍の速さを強盗側が知る由もなく。計算では誰も通り掛からない予定で決行したのだろう。

「そちらの方、助けは必要ですか?」

 強盗は勿論無視して、護衛らしき者へ呼び掛ける。以前の、男女二人組冒険者のように助けたあとに絡まれては面倒だ、幸い口は塞がれていない。

「頼む!」

 そう叫んだ直後殴られていたがまあ大丈夫だろう。軽く青藍の腹へ踵を当てる。足を速め、手前に居た暴行中の一名を蹴り飛ばす。弧を描いて地面に落ちた強盗の身体はぴくりともしない。失神しているだけならいいが。

「殺しちゃいけないよ」

 鼻息で返事をされてしまった。青藍からすればひ弱な人間への手加減は難しいのかもしれない。

「なっ、」

 驚いている間に、人質を取っている方の一名の足の甲を青藍が踏み潰す。悲鳴と同時に解放される少女を両親らしき二名が駆け寄って抱き留めていた。片足を踏み潰されただけではだめだ、立ちあがる前に抜刀して刃の先を突き付けておいた。







 覚悟だけはしていた、いずれ、人間相手に刃を向けることがあるだろうと。この世界は本当に、命が軽い。あちらとはまた違った事情でだ。

「乗客に紛れて乗り込まれて、どうにも出来なかった……感謝する」

 御者と、護衛から礼を述べられる。暴行されていた小柄な者はまだ少年で荷物を手放すことを拒否してああなっていたそうだ。強盗にあった時、生き延びる為にはまず財布の位置を教えまるごと渡してしまうことだと思うのだがこちらでは違うのだろうか。不用意に懐へ手を差し込んだりするのも武器を取り出そうとしていると見做され即殺される、海外公演へ出る時に先輩方にそう教えられた。



 乗合馬車の乗客は少女と両親、暴行されていた少年、女二人組、男女二人組の、計八名。乗合馬車としては小規模のようだ、護衛と御者を除いて定員十名といったところか。

「……ここまで痛めつけられても渡さないなんて」

 少年の手当てをしている女が呆れた顔でぼやいている。後生大事に守った荷物は財布ではないらしい。

「いったい何を抱え込んでいたんだ?」

 足を潰された強盗を縛り終えた男が女に訊く、どうやら連れのようだ。

「資料です……」

 抱えていた荷物、覆いを捲れば見慣れた紋が見えた。

「坊や、揚羽屋の子か」

「研修が済んで、店に戻るところで……」

 話は続いていたがそっと離れた。自分がここで関わるのはあまりよくない。

 青藍に蹴り飛ばされた方は意識を取り戻しはしたがどうやら背骨でも折っているらしく拘束せずとも動けない様子だ。

「本当に助かりました、それにしても立派な馬で」

 御者から重ねて礼を言われる。

「お侍さまはどちらへ向かっておられるのでしょうか?」

 ドワーフにもお侍と呼ばれたがこちらではこの出で立ちはそう見えるのだろう。身分制度での武士というよりは、剣士のヤマト版といった感じか。サムライ、その呼び方がヤマト国以外でも通じるということは、それだけ刀を持つ者が居るということだ。どこかで自分のような、なんちゃってサムライではなく本物に会えるかもしれない。

 ひとまずの目的地はトンルゥだと言うと、その手前の集落で強盗を突き出すのでそこまで同行して欲しいと頼まれた。運賃の遣り取りがない御者では出せる謝礼もないが乗合馬車の停車所があるところでなら出せるからとも。定期的に馬車を運行している側としては詳細な報告は欲しいだろう。謝礼はいらないがその集落は街道からすぐ、寄り道というほどでもない距離とのことで大した遅れにはならないのであればと頼みを聞くことにした。

 強盗二名は魔法の詠唱をされてはいけないので猿轡までされた状態で馬車の中、護衛の傍に転がされた。揺れが傷に響くのか時々悲鳴めいた呻きが聞こえるが気にしてやる者は居ない。殺され掛けたのだから当然だ。だが、何故強盗は乗客たちを殺さなかったのだろう。護衛に訊くと捕まった時のことを考える小物だからだと。

「捕縛され殺人の過去があるかないか聖職者から問われた場合、偽れば神罰が下り誤魔化すことは出来ない。だが暴力だけで命を奪っていなければ逃れられる。そうして少しでも罪を軽く見せようという浅ましい考えだ」

 実際には強盗している時点で殺人と罪の重さは変わらないそうだ。

「聖職者の方は、そういうお仕事もなさるんですか」

「あー、真っ当に暮らしてたら縁は無いから知らないのも無理はない。呼ばれれば一発だから大抵白状しちまうんだが、強情な奴はどこにでも居る」

「強情といえばあのお客さん、具合大丈夫でしょうか?」

 御者が気に掛けるのは少年だ。護衛が乗客の女に訊ねると今は眠っていると。

「揚羽屋の子、でしたっけ?」

「えぇ」

 御者から詳細が聞けたが、あの少年はトンルゥの揚羽屋の見習い職人で、ヤマト国での研修から戻るところだったそうだ。行きも乗せたことを覚えているそうだ。向かっている集落で店の上役と待ち合わせて合流する予定だとも。保護者的な者が待っているのなら安心だ。

「研修ねぇ………………」

 済んだ研修の資料をああまでして守るのは如何なものか。

「連中も荷物が紙束だってわかりゃあ、あそこまで痛めつけられることもなかっただろうになぁ」

「でも価値はある。そりゃ表立って買取はされねぇだろうが読んでわかるくらいの職人なら自分用に喉から手が出るほど欲しい筈だ」

 護衛の言葉を否定する形で発言したのは、強盗の拘束に協力した男だ。彼自身も職人らしいが建築関係だそうで、少年が持っていた資料をちらりと見たがちんぷんかんぷんだったと。

「だが揚羽屋に噛み付くような職人、居るか?」

「落ち目の奴なら居るさ。実際やらかしてしょっぴかれた奴を見たことがある」

「そいつ馬鹿だろ」

「馬鹿だから落ち目になるんだ」

 護衛と男の会話はまだ続いていたがだいたい聞けたので馬車からは少し離れた。併走している為青藍にとっては遅すぎるスピードだが我慢してもらうよりない。

「明日の朝は早めに出て思いっきり走らせるから、辛抱しておくれ」

 荒い鼻息が返された。

 今日は飼い葉とおやつの葉の他に林檎かニンジンもつけよう。






 集落は本当に街道から見えるくらいの位置にあった。トンルゥまでは、まだもう少しある。

 護衛と御者が報告する傍らで、求められれば言葉を足した。

「ご助力、感謝する。だが一応決まりなので身分を改めさせてもらいたい」

 衛兵の求めは当然だ、懐から札を取り出そうとしたところで。

「こ、の……っ、馬鹿野郎がっ!」

 大声に遮られた。振り返れば、あの少年が上役と思しき男に怒鳴られていた。

「口酸っぱく言われてきてたよな! なにもかも命あっての物種だ! 銭を持っていようが宝を持っていようが命と引き換えにするような真似だけはするなってぇ、店主見習い関係なく全員に言われてることだ!」

 激昂が止まりそうにないので仕方なくそちらへ近付く。上役の身なりは詰め襟、マオカラーというのが正しいのか、そういった服だ。ハイネックもそうだが、こうした首周りを一直線のラインで包むタイプの襟があまり似合わないので少し憧れはある。もう少し歳を経れば似合うようになるだろうか、と思ったがこちらではもう老けることは出来ないのだったと思い出す。儘ならないものだ。

「お前を研修に行かせたのは、お前の器用さを見込んでだ! それが、こんな、」

「よかった、資料を命懸けで守れなんて指示が出ているわけじゃなくて」

 言葉を遮るように声を掛けた。

 振り返った上役は、口を開けて目を見開いて、固まっていた。

「揚羽屋さん、こちらのお侍が襲撃直後に通り掛かって助けてくださっ……え?」

 御者の説明中だが、上役はその場で額を地面に擦り付けた。

「………………よしてくださいな」

 上役にはこの外套でわかったのだろう。

 かつて、揚羽屋重郎が翻していた外套だ、それを纏う者が誰か。

「……命懸けで守ろうとした忠誠心は立派ですけどね、守るべきものを間違えてはいけない」

「うちの小僧が、大変御無礼な真似を」

「叱ったあとは研修を終えたことを労っておやりな」

「はいっ……」

 御者、護衛、衛兵だけでなく一休みしていた乗客たちまで、こちらを見ている。かなり居たたまれない、上役には立ってもらった。

 揚羽札の登録をするかと思ったが、彼はそこまでの立場にはないので店で頼むと言われた。

「若旦那さまとの登録は店主と番頭、それに準ずるクラスに限定されております」

 順当にいけば番頭が次期店主になるし、その時番頭になる者は一度は央京にある本店に足を運ぶことになるのでその者の揚羽札の情報は本店で保持して自分はその情報を札へ写せば登録したことになる、と。確かに揚羽屋全店の全員とするのは、物理的に無理だ。覚えきれない。現時点で本店で重郎と信次、アトではトーマスと信吉、ポトではアヴィルダとアルフ。特にポトでアヴィルダの片腕ともされる女傑三人衆の札は登録していない。信吉は番頭が産休で不在なので番頭代理の位置だ。

「若旦那さまはこのままトンルゥへ向かわれるご予定ですか?」

「そうだねぇ、ちょっと道草しちゃったから明日の朝かな」

「早飛ばしにて、店へ知らせてもよろしゅうございますか?」

「かまわないけれど、泊まり込んでまで検問所で待たなくていいからね?」

 別途衛兵から身分を改められることもなく解放された。






 あとでわかったことだが、この二名の強盗は朽ちた神殿でドワーフを襲った者の仲間らしく、尋問でアジトを吐いて色々と余罪が見つかったそうだ。神殿を使った襲撃を、神殿はめと呼んで繰り返していたらしい。カモが神殿に居ないかと様子を見に行った仲間が戻らず、暇潰し程度の感覚で乗合馬車に乗って強盗したらしい。残りのその神殿担当だった一名も遺体で見つかったそうだ。魔物に襲われたようで遺体は無残な状態だったとか。

 もしかしたら、あの神殿の哀しみが祟ったのかもしれない。古典に触れて育つと特にそういった話を無下には出来ない。



 トンルゥの手前で野営をした。青藍には林檎とニンジン両方添えていつも以上の時間ブラシを掛けてご機嫌を取った。


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