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お孫さま、弓を引く

短めです

 列車の話も一段落して落ち着いた。セルジュから次に出されたのは色とりどりのベリーがクリームと一緒に添えられたシフォンケーキだ。飲み物はミルクティーに変わった。徐々に重めのものを出して様子を見ているようだ。角までしっかり焼き色の入った淡く優しい色合い、フォークを沈ませるのが惜しいほどの柔らかさだ。口に含み香ばしさと同時に素朴な風味を味わう。次にフォークの先に少しだけ白いクリームを取ってから。メレンゲで含まされた泡に緩めのクリームが甘さを加えていく。ベリーもひとつずつ酸味と甘みが変わっていい。

「信次さん、プレリポトに発つのは今日じゃないんだよね? 今日の夕食をさっき言った塩釜焼きにしちゃってもいいかな?」

「ご相伴に与ります」

 前に信吉にも誘いを掛けていたが都合はどうだろうか。信次に訊くとセルジュが使いを遣ってくれるという。札での連絡で訊いてもいいが驚かせるだろう、有難く甘えておく。

「そろそろ訓練施設が空いている頃かな?」

「よい頃合いかと」

 出掛ける前に料理長へ鯛を渡して塩釜焼きにしてもらうよう頼んだ。塩釜焼きにする為に塩や卵を買い込んでいたがそれは別で使うことにする。幸いにも調理する肉はたくさんある。あまり大袈裟にならない程度にと一言付けて料理長に他の皿は任せることにした。






 宿泊するクリスティア一行を案内してきたサイラスがロビーに居たのを伴って、セルジュの先導で冒険者ギルドへ向かう。セルジュが受付で職員と話す。さすがに今回は不躾に絡んでくるような者は居ないようだ。

「信吉さんから伺っております。ルフを狙われるとか。その為に、弓を?」

 僅かな待ち時間にも気を遣ってサイラスが話し掛けてくれる。お抱え冒険者とはこうした接遇のスキルも求められるのかもしれない。

「えぇ、食用可能な生卵が欲しくて、今ちょうど近くに居るそうだからなら行って直接もらってこようかなと。刀でもいいけれど遠距離の攻撃手段を試しておくにはいい機会だとセルジュさんの勧めがありましてね。弓を引くのは久し振りです」

 セルジュが受付から戻ってくる。

「鍛錬場の使用許可を取りました。人払いも済んでおります」

 貸切にしてくれたようだ。

 職員の案内で進んだのは地下。

「ここプレリアトの冒険者ギルドでは地下と、街の外に鍛錬場を設けております。今回は人目がない方がよろしいかと思い、地下の方に致しました」

 己の技術を明かしたくない冒険者が鍛錬場の貸切を望むことはめずらしくなく、空いていれば使用料を払って職員立ち会いで使うことが出来る。但しそれは、別枠ランクの冒険者にだけ許されることだ。今回はセルジュもサイラスも別枠なので、問題はない。ちなみに、外の鍛錬場だと貸切にしたところでどこからでも見られてしまうので広く使えるだけであまり意味が無いそうだ。

 鍛錬場には意外にも、解体職人が居た。案内してくれた職員は書類を手渡すと、すぐ戻っていった。

「お前さんが使うって聞いたからな。他の職員より回数顔合わせてる俺の方がいいだろうってなったんだ」

 この職人は解体部門のトップだと先日聞いた。責任のある立場だから、専門外の仕事もしなければならないのだろう。



 早速始める。まずは、賜った弓を確認。矢を番えずに引いてみる。

「使ったことのある弓と似た強さだな……」

 あちらでは本当に囓った程度だったが、剣道や柔道がそれぞれ剣術や体術に転換されて身についていることを考えればそれなりに使えそうだが。

 離れた位置にある的を見遣る。

「本物の矢では的がいくつあっても足りません」

 持っている矢と比較して、同じくらいの長さの練習用の矢を用いる。鏃が丸い、造りも簡素だ。よく見れば的には無数のへこみがある。

「変わった弓だな、ヤマトの弓か。矢も普通じゃねぇな、こりゃ何の金属だ?」

 職人は武具に興味津々、いやどんな得物で魔物を仕留めるのか、の方か。

「いただきものなので、詳しいことは」

 賜った弓で、練習用の矢を番える。手順を思い出しながら、教わった通りに。

 コン、と乾いた音で的に当たった矢が落ちるのを予想していたが。

「丸くてもちゃんと刺さるんですね。中って終わりかと思いました」

 解体職人は目を丸くしたまま的を見ていた。真ん中を射れてよかった。

 的の中央に残った矢、続けて同じ位置を狙えば矢を破損する。上に少しずらして二本、下にずらして二本放つ。縦一直線に五本並んだ。

「うん、なんとなくだけれど感覚を思い出せたみたいだ」

 セルジュが的に刺さった矢を抜いてくれる。

「かなり、リラックスなさって弓を引かれたようですが今度は魔物を仕留めるのと同じ感じでなさってみてください」

 変なところに力が入らないか見てくれるのだろう。だがその前に。

「一応訊いておきたいんだけど、的や矢を壊してしまったら弁償で済むのかな?」

「鍛錬場での備品破損はある程度見越されておりますのでご安心を」

「よかった。念のため的の後ろに壁を傷付けないようなにか置いてくれるかな」

 目を丸くしたまま解体職人が的の後ろへ近くにあったものを置いていく。突進の訓練でもするのか、何かが詰まった麻袋や扱いを学ぶ為か盾なんかを。あのくらい的と壁の間にあれば力んで外しても大丈夫そうだ。

 姿勢を正し、矢を番える。

 一息で、仕留めるよう心掛けて。

「!」

 直後、地震が起きた。ごく短いものだが。地震というより大きなトラックが傍を走り抜けたような局地的な揺れだ。

「今の、地震?」

「いえ………………若旦那さまです」

「へ?」

 矢を放った先の的はなく、盾には穴が空いていた。

「あれ?」



 セルジュ曰く、的は粉砕、盾は貫通、その後ろの麻袋も貫通した。放った矢は、壁に刺さっていたが抜こうとして触れた瞬間、限界が来たとばかりにほろほろ塵となって崩れたと。

「手持ちの矢でないと弓の力に耐えられないみたいだねぇ」

「弓よりも、射手の方でございましょう……ともあれ、弓については十分お使いになられるご様子。これならばルフも仕留められましょう」

 射手、この場合自分だ。大した段位も持っていなかった筈だが。まあ使えるならそれに越したことはないだろう。

「この機会に試していない武器を試してもいいかな?」

 槍を出すが、それを振るえば壁と、建物の基礎が崩壊するからと止められた。






「大物を無傷同然で仕留めてくるのも納得だ……規格外なんてもんじゃねぇな」

 職人はしみじみそう言った。サイラスは乾いた笑いを、セルジュは黙って頷いているだけだった。

「えー?」





クリスティアは本来教会に泊まるところを宿に入っています。

少しでも神気を感じるところに居よう作戦なのです。

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