お孫さま、鯛実食 2
ちょっと短めです。
基本的に和食のイメージがある塩釜焼きだが洋食にならないわけでもない。隣国ヤマトの料理だと認識されつつアレンジが加わって。
「他の皿や食材の都合もありプレリア風となりましたが……」
セルジュはヤマト料理のイメージしかなかったのだろう、バトラーとして実力も自信もあるだろうセルジュにしてはめずらしい表情だ。
「これが精一杯だと、申しておりました」
「無理を言ったのにうまく仕上げてくれました」
料理長としては検討してくれたそうだ。ヤマト料理の塩釜焼きかプレリア風か。悩んだ挙げ句、自信を持って腕を揮える方を選んだと。
「私が居たところではね、色々折衷っていうか、入り交じっていたんだ。ケーキで緑茶を飲んだり、餡にバターや生クリームを合わせることもあった。だから私にはプレリア風かヤマト風か、大きな問題じゃないんだ。だから気にしないでおくれ」
この時零した、餡にバターや生クリームを合わせるというのがのちに揚羽屋考案新しい組み合わせだと広まるとは思いもしなかった。粒餡に合わせるのか漉し餡に合わせるのか信吉から訊かれたがまさか、商売に繋がるとは。
塩釜焼きは、卵白を加えクリーム状に練った塩で下処理をした鯛を包んで焼く、塩の殻で蒸し焼きにした料理だ。中の鯛に塩が直接触れると塩が強く効き過ぎる為昆布を間に挟んだりする。今回料理長はその役割を葉物野菜とハーブで凌いだ。
薬葉を用いた軽めのサラダ、この辺りはまだセルジュによる体調を気遣うものが窺えた。少しでも異状を見つけたらすぐさまディナーを中止して寝かしつけられていたのだろう。スープはニンジンのポタージュ。肉料理として付け合わせの野菜がたっぷり添えられたローストビーフ。そのあとで塩釜焼きが出てきた。ちなみに、今回も部屋で提供されている。事情はクエの時と同じ。
「お割りになりますか?」
塩を割るかと木槌の柄を差し出されるが任せることにする。加減がわからず身をへこませてしまってはいけない。
セルジュはきれいに塩を割ってくれた。取り分けてもらって、食べる。
「へぇ、これは、プレリア風の塩釜焼きもなかなか」
同席しているのは信次と。
「身がふわっとしてますよ! すごい!」
信吉だ。信次はカトラリーを使っているが信吉は箸だ。
昆布の代わりの葉物野菜はたぶんキャベツだ。塩と一緒に外されたので食べてはいないが合っているだろう。更にキャベツと鯛の間にタイムの枝が置かれていた。抜いた腹にはやはりタイムとローリエ。
「うん。美味しいね」
信次は吟醸酒、信吉はまだしたい仕事があるからとアルコールではなくレモンを搾った水、自分はセルジュが合わせた白ワインをいただいている。
「これは他の肉でも使えそうな組み合わせだね」
ハーブ類はフレッシュのものも乾燥したものもそこそこ持っている。肉もある、肉なら魚一尾使うより大きさを調節出来るから一人分も作りやすい。
体調を案じるセルジュが許したのはグラス一杯。本当はその一杯すら飲ませたくなかったのかもしれない。鯛に合うアルコールを訊いた時にやや、間があった。
信次にはそのまま飲んでもらって、自分と信吉はデセールに移る。信吉の皿にはガトーショコラ。クリームと豪奢な飴細工が添えられていた。自分には、アップルパイ。いや、これはほぼ、飴がけ焼き林檎に焼いたパイ生地を添えて、だ。
「そんなに心配しなくてもお腹は平気ですよ」
「今日一日は、用心でございます」
塩釜焼きを堪能したあと、珈琲をもらいながら話す。
「混乱を抑える為、お約束の日の数日前に発表する予定でございます」
極力ぎりぎりまでスターシアが今の地位を去ることは伏せるそうだ。信次からの話に頷きながら、素朴な疑問をこの機会に持ち出してみる。
「特別神司の方は花を生まれに持つのにどうして還俗と呼ぶんだい? 俗世に戻るわけではなく寧ろ、俗世に下るのだろうに」
還俗という言葉は、元は俗世に居たから使う言葉だ。インストールという単語と同様通りのよい単語に勝手に変換されているだけかと思ったがそうでもなさそうで疑問だった。
その答は、還俗した聖職者を親に持つセルジュから得られた。
「花が野と喩えられ、野は俗世をも示します。故に野へ足を下ろすことから還ると呼ぶと、聞きました」
なるほど、そう言われるとなんとなく理解出来た。
「還俗ではなく限定となられるのでしたら特別神司殿の神性は微塵も損なわれず、されど立ち入り無用の聖域もなく護衛の騎士も居なくなります」
あの白い布は、特別神司の行動を制限するだけでなく防御の意味でも役に立っていた。あれを踏めるのは特別神司のみ。だがそれ以外の侵入を禁じてはいても罰は特にないそうだ。ただひたすら、聖域を踏み躙ったとして周囲に凄まじく蔑まれるだけ、どの土地へ行っても日のある内に出歩けないレベルで。それはそれで教会が及ぼす影響の大きさが窺える。更に欲を持って踏み入った際には当然神罰が下る。これは恐らくだが、界渡りを見据えた対策だろう。自分のように、ただの布としか見ていない者が無防備な聖職者に手を伸ばそうとした時守れるのは時も場所も関係ない神罰。合流したのち、神罰が下されることのないよう自分が気を払わねば。
この決意はのちに無駄となるのだが、この時は本当にそう思っていた。
逆に特別神司があの布から出ることはどうなのか。スターシアは禁を破るという言い方をしていた。
答は、わからない、だった。
「……考えたことがない、の方が正しいでしょうか……」
セルジュの言葉に信次も信吉も頷いていた。三人同様に困惑した表情だ。
「あー、なるほど」
「若旦那………もしや、お使いになったんで?」
信次の表情がやや険しくなるが否定しておく。
「知識は引き出していないよ。三人が揃って考えたことがないと口にしたことで、合点がいったんだ」
言葉選びに配慮せず言ってしまえば、こちらの世界はそう作られたのだ。
特別神司はあの布から出ようとはしないしそう考えることすらない。周囲もあの布へ進入しないし、もししてしまえば恥と悔いで己を苛み世界中から拒絶される。
「理、いや、摂理と言った方がいいかな、そうしたものが根付いているんだろうと思ったんだ」
頭の回転も求められる職にある大人三人が揃って考えたことがない、なんらかの意思を感じる。
「若旦那はつまり、思い込みだと仰るので?」
「おや、思い込みを侮っちゃいけないよ」
強い思い込みでひとは何だってやってのけてしまうのだ。
「そうと思い込めばただの小麦粉も霊薬になることだってある」
プラセボだ。信じきる力というのはすごい。
信次と信吉は顔を見合わせていた。訊けば、それに近いものが彼らの間にはあるとのこと。共通して名前に入る、信の文字。
「師からいただきましたものでして、弟子全員が持つわけではございません」
信次によると、本当に近しく師が認めた者にだけ授けたそうだ。それは優秀さに限らず、どちらかというと師による偏屈認定だそうだ。
「強みを持たぬ商人なぞただのぼんくら、というのが師の言葉でして」
「特徴のあるお弟子さんが名前に一字もらったということだね」
「一癖二癖ある者が揃っております」
信次や信吉の他にも信の一字を持つお弟子さんは何人も居て、世界のあちこちに散らばっているそうだ。ヤマトに縁を持たない場合は信では合わない、近い単語でコンフィアに代わるとも。信次も信吉も元々違う名前だったが、一字を授けられて改名したそうだ。そしてその一字が、さっきの思い込みによる理に繋がる。
「ひとつの、宣誓のような意味を持ちまして」
信の字を持ち出して誓った内容は、聖職者立ち会いの誓約ではなく神罰もないが非常に重い意味を持つ。
「師匠信之助が申しておりました。信の字に恥じる行いをした者に後悔は与えられない、と。どういう意味か、師亡き今確かめる術はございません。されど、手前はこう考えます。信の字に誓った覚悟を己と周囲が知ってさえいればいい」
後悔とは、命があるから出来ること。
後悔とは、正しきを知らねば出来ぬこと。
いずれにせよ、後悔は与えられないという言葉はひどく重い。
「ところで、信吉さんの強みは生き物に強いことかと思うけれど信次さんの強みはいったい……」
答は信吉がくれた。
「師匠は大旦那さまと五分に渡り合える破天荒さでしたが、大番頭は師匠とタメを張る頑固さで」
「信吉っ!」
アヴィルダも言っていた、最後には思う通りにしてしまう、その為の根回しやら策を講じることに信次は長けているのだろう。一頻り笑ったあと、気になったので訊いてみた。
「おじいさまって、そんなに破天荒だったのかい?」
餡バターってなんであんな美味しいんでしょうね、甘いとしょっぱいの融合…




