アイドル、走る。
お孫さまの隣の楽屋だった、アイドル事務所所属の彼視点です。
収録を終えて楽屋に戻る。いつものところが水漏れかなにかあったらしく今日は普段とは違うフロアで一室もらっていた。このあとランチがてらにデパ地下弁当の食リポ撮りだ。そのあとは雑誌のインタビューと撮影で移動する。少し間がある、一ゲームするかとスマホで動画を見ながらぼんやりしていると。
「おわ!」
寝転がっていた為揺れがよくわかった。起きあがろうとしたところまでは覚えている。
(おー、なにここなにここ、なーんもない! もしかしてこれきたんじゃないの、きたんじゃないのー! あれっしょ、これ、ラノベで見る異世界転移とか転生とかそういうんっしょ! ヘイ神! レッツ神! オッケー神! カモン神!)
何の反応もない。
(こういう時には神が出てくるのが定番だろ? ダイレクトに召喚先に行くんじゃなかったら大抵神が間に入って説明とかスキルとかくれんじゃん。行く先はどんなとこかなー、剣と魔法のほにゃららって感じだったらオレねー全属性魔法と全属性耐性とー状態異常無効とー、容量無制限のインベントリかアイテムボックス、あ、時間経過なしかありなし選択出来るやつね、それと鑑定。このあたり必須だよね。隠蔽も欲しいな。そいでもってポジション的にオレ何だろ? 出来るんならスキルもらえたうえでの巻き込まれがいいなぁ、勇者よ魔王を倒せとかって呼び出すのは十中八九だめなあれじゃん? そういうの全部面倒くさい。てめぇの世界の問題をよその世界の奴に片付けさせるなって感じ)
やっぱり反応はない。
(あれ? 神ー? おーいさぼってんのかー? わかるわかるオレもさばりたい。だって諸先輩方見てたらオレの将来見えてくんじゃん。五十過ぎてやっと退社って形で自分がやりたい方向に向けるんだぜ? しかも向けるだけで、うまいこといく保証なんてないし。第一線で五十まで残れる実力でそれだもん、オレなんか、その途中でポイされそう。いやされるね間違いなくされる。オレ身内もいねーし一人で喰ってくのに都合いいからこの仕事してただけなんだよね。夢とか希望とか誰かに与えるよりオレの方がガチで欲しいよ。まあそんなこんなの諸事情につき、やべぇ奴隷にされるとかじゃない限りオレは元の世界に戻れなくてもオッケーよ神ー)
それでも反応はない。
(え、マジで居ない、とか? オレ一人芝居? 独り相撲? イタい奴?)
「色々心の準備が出来ているようなので単純明快にいく。ほにゃららはわからんが剣や魔法を用いて生活している世界にお前は送られる。生憎と今回やらかした奴はお前のいうだめなあれだ。隙を見て逃げろ」
(なんだよ! 居んじゃん! 早く出てきてくれよ! 寂しかったろ!)
「全属性云々の希望は受け付けられない。基本的に元々身に付けていた技術が向上して発揮出来る程度だ」
(スルーして話進めんのかよ! って、え、なに、スキルもらえないの? オレ、それ死んじゃわない?)
「歌って踊れる、とかいう生業をしていたのなら身体能力はかなり向上する筈だ」
(そんだけじゃ無理! 剣と魔法のってことはモンスターとか居るんだろ? 勿論人間もやばいの居るだろし。日本と同じくらい治安がいいんなら話は別だけどさ)
「お前が想像している世界観とそう差はないだろうな。街には衛兵が立ち、門番が常に見張っている。治安組織はあるが地域差もあるし外に出てしまえば管轄外だ」
(身体能力の向上だけとか絶対無理じゃん!)
「そう思ってわざわざここへ留め置いたのだ。最初に自分で言うておったろうが。神が間に入って説明すると」
(あ)
「ただ全属性云々は本当にやれんからな。なにもなしに送ってお前が死んだとて、我に何の支障もない。ただこちらの世界の不始末故気まぐれに慈悲を与えただけのこと、ゆめ忘れるでないぞ」
(はいっ!)
「お前の意識を読んで鑑定だのインベントリだのは把握した。要は、お前に知識を植えればよかろう」
(え? うわっ………………おぇええええええええ、頭ぐるぐるする……)
数分だったのか一瞬だったのかわからないが、頭のぐるぐるは落ち着いた。
(おわ、マジ神じゃん、ごめん、適当ふかして)
唐突に理解した。だが今更畏まった口調にするのもなんだか手の平返しのようで据わりが悪い。
「理解したのなら話を進める。インベントリとやらを利き手に施した。似た機能の道具はこちらにもあるがかなり高価な品となる。下手に知られれば利き手を奪って調べようとするやもな。用心しろ」
(えええええええ物騒!)
「修練すれば利き手以外でも可能になろう。腕を失う可能性を考え、励め。そして本名は名乗るな。死んだあとまでこき使われることになる」
(真名ってやつだな。契約とかで縛るやつ。オッケオッケ、絶対名乗らない)
「あぁ、お前をここに留め置くのも限界が来たようだ」
(あ、待って。一個だけ教えて! オレの隣の楽屋に居たひと、無事? あのひとオレ個人的に好きなんだ。オレたちよりめちゃくちゃ忙しいのにすんげぇ気遣いが出来ててさ、局のカフェテリアでぼけっとしてたら疲れが取れるサプリチョコとか自分で買ってオレにくれたりして。そんでもって芝居めちゃくちゃ上手いし、あ、いや、歌舞伎役者さんだから芝居が上手いのは当然っちゃ当然なんだろうけどさ。なのにオレより四つ下とか、もうマジ人間出来てて尊敬してんの!)
「………………」
(え、なに、沈黙? え、もしかして、)
「会うことがあれば直に言うといい」
(おい、まさか、マジで、巻き込んだんじゃ)
「茶化した言動で己を保とうと足掻くのもいいが、程々にな」
(神ぃいいいいいいいいいいいい!)
そうして気付いたら石造りの部屋で、足の下には魔法陣。きゃぴっとした女子、でっぷりしたおっさん。勇者さまとかなんとか言って女子が首に抱き付いてきた。完全アウト。万単位の女の子の視線受け止めてきたからこそわかる。この女だめ。
「お待ちしておりました、是非ともお名前を」
「ゴエモン」
案の定、ゴエモンの名前を使って首輪を嵌めてきやがった。
「馬鹿な男、これで界渡りの力は我が国のものですわ。さあ跪きなさいな」
「………………偽乳に綿はねぇんじゃねぇかな」
せめて水風船、と思ったがそもそも風船なんかあるのかね。
「なっ!」
首輪をぶちっとしてさっさとおさらばした。
迷惑料として走り抜けざま、キンキラ高そうなものに右手で触れていく。
「うっは、吸引力の変わらないただひとつのあれだ!」
身体能力向上は本当だった。途中何度か兵士と鉢合わせたが走れば逃げられた。
「お? なんとなくキンキラの気配?」
立っていた兵士をボコった奥の扉を蹴破ると、宝物庫みたいな部屋だった。絵は価値がわからないし足が付きやすい。キンキラをメインに右手に吸い込んだ。
「最後に厨房通って飯もかっぱらっておきますか」
パンやら肉やら果物やら。大きな鍋にシチューみたいなものがあったのでそれも味見してからいただいた。ついでに包丁とかおたまとか調理器具と食器ももらう。このあと一生キャンプかもしれないし。隅でガタガタ震えるコックを振り返って。
「めちゃうま! もらってく!」
親指を立ててウィンクしておいた。
窓から見たら外は夜。五階くらいの高さがありそうだが、行けるかもと思ったら行けそうな気がした。
窓から飛んで、本気で走った。
足が蹴るのは水面、沈む前に次の足を出す。数歩で陸地に辿り着いた。魔法陣の上に居たのは自分だけだった。ラノベだと巻き込まれ召喚は違う場所に出ることもある。捜さねば。
まずは身を隠し、この土地を抜け別の場所で準備する。冒険者ギルト的なものがあれば入って、回遊生活者の身分を得よう。
「あー、二十食限定の焼肉弁当、地味に楽しみだったのに!」
お孫さまと違ってスタートがハードモードとなっておりますが、
持ち前のバイタリティというか、なんだかんだでうまくやっていきます。
彼の中では食べ物をくれるひとは正義です。特にチョコは高ポイント。