お孫さま、計られる
かっこよく出発させてもらえないお孫さまです。
予定としては乗合馬車を使ってこの国を出る。
終点の街で下りて、その街の揚羽屋へ顔を出す。その次はそこで考える。
奇しくも揚羽屋の孫について設定された通りになったわけだ、あてどなく彷徨う流浪の身。
馬車の切符を銀五枚で買う。乗合馬車ということで移動手段にしてはかなり安い方だろう。二頭立ての箱形馬車。御者の他、護衛が前に一名、後ろに二名。荷台は屋根というか箱の上だ、荷をおいて布を被せる。定期運行ならこのくらいの規模が一般的らしい。
同じ馬車の乗客と思しき老婆が荷物を荷台に積み込もうとして苦労していたので手伝った。
「ご親切に」
「いえいえ」
隣町に住むお産を控えた娘のところへ行くのだそうだ。荷物がない普段なら半日歩いていくのだとか。馬車の中の座る位置は早い者勝ちだ、老婆と並んで座った。
「ここの馬車は定刻通りの運行で知られているの」
「へぇ」
あと定員一名だが、空いているまま出るらしい。老婆のように途中で下りる客も居る、途中で拾える客もあるのだろう。
「いいからとっとと乗せろと言っている!」
乱暴な言葉遣い、馬車の御者も他の乗客も声の方を見る。騒いでいるのは馬車の停留所スタッフに詰め寄る男。聞こえてくる怒鳴り声によると、馬車に乗りたいが一名分しか空きがない、一名下ろして自分たちを乗せろと要求している。怒鳴っているのは一人で、従者らしき男は諫めようとしているが主人が聞く耳を持たない。騒ぐ男が馬車の中を強引に覗き込む。
「誰でもいいから譲れ!」
なんと横暴な。だがよりによって男は老婆に目を付けた。
「そこの婆! どうせ大した用事じゃないだろ、おりろ!」
「ひっ、」
老婆に伸びてくる手を、彼女に届く前にその手首を掴むことで止めた。
「貴様!」
「外で話しましょうか」
男を老婆から離さなくては。手首を掴んだまま馬車を下りる。
「私がお席を譲ってもいいですよ」
「なに!」
「但し、あの御婦人に謝ってください」
「御婦人?」
「あなたが乱暴に掴み掛かろうとした彼女です」
「婆に謝れだと!」
従者は尚も男を止めようとしているが、男は癇癪を起こしたこどものように顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいた。
「俺はなぁ! 急いで商会に戻って報告せねばならんのだ! お前らも知っているだろう、揚羽屋だ、揚羽屋との商談予約を取り付けた!」
「予約を取り付けただけ?」
つい、呆れて呟いてしまった。
「取り付けただけだとぉ! 貴様、揚羽屋と商談することがどれほどのことか、」
騒ぐ男の声を遮るようにそのすぐ背後、あの瀟洒な輿とよく似た馬車が停まる。
「桐人さまも今日お発ちでしたか、奇遇でございますね」
嬉しそうに窓から話し掛けてきたのは、スターシアだ。恐る恐る振り返った男は地面にへたり込んでいた。従者はとっくに跪いている。
「スターシアさんも?」
ハッとして、街の方を見るとやはり。街と停留所を繋げる改札のような場所には見知った顔がずらりと並んでいた。親指と薬指でこめかみを押さえ、目を覆う。
「…………計りましたね? おじいさま」
「うちを訪ねてくださった聖職者殿のお帰りだ、お見送りくらいするだろう!」
聖職者一行が何故乗合馬車の停留所から出発するのか。ここはいわば高速バスのターミナルのようなもの。自前で馬車を持つ者が出入りする場所ではない。
笑う重郎の横から信次がさっと歩み出て、へたりこむ男を見下ろした。一瞥し、従者の方へ目を移す。
「そちらの会長へ伝言を頼みます。うちがそちらと商談してもいいと思ったのは、伴のあなたなら話が出来そうだったからです。けっしてそこでションベン漏らして泣く男の手柄じゃない。商談の件は一旦白紙にさせていただきます。うちの大事な若旦那さまを恫喝する男を身内に持つ商会は信用出来ません」
「わ、わかっ……」
従者の顔は真っ青で、いっそ憐れなほどだ。
「だ、だから、いつどこでどんな方に会うかわからないから、商人は常に腰を低く相手を尊重しろと、会長は、何度も、……なのにっ」
ぼろぼろと泣き崩れる従者とへたりこんだまま動かない男。
馬車の発車時間が近付く。
「よろしければご一緒しませんか? 乗合馬車よりは速く着きますし揺れも少ない筈です」
スターシアから言われ。
「若旦那さま、切符は払い戻してございます」
信次から銀五枚を渡され。
「そこの二人はさっさと商会に戻って此度の一件、上層部へと伝える必要がございますれば、どうぞ若旦那さまは席を譲ってやってくださいまし」
「信次さん。おじいさまと一緒に計りましたね?」
横暴な男と従者のことはさすがに偶然だろうが。
「さて、なんのことやら。一商人が聖職者の方を利用するなんて、ねぇ?」
とぼける信次、嬉しそうなスターシア。道理で乗合馬車に乗る予定だと言っても反対されなかったわけだ。完全にしてやられた。
「まったく………………」
盛大な溜め息と共に肩を竦めた。
改めて重郎の方を向き、姿勢を正す。
「おじいさま、我が儘を申します」
「なんの。お前は自由だ。だが途中いつでも帰ってきなさい。休んでからまた旅に出ればいい。たまには戻ってきて顔を見せておくれ」
「はい………………いってまいります」
「あぁ。道中、達者でな」
今の会社に入って数年、初めていただいた夏休みとしての連休でしたが
あっという間に終わってしまいました。
書けた分は予約投稿しておきますが、それが止まったら
「休みの間に書いた分が終わったんだな」とでも
思ってください。以降はちまちまときまぐれに投稿していくことになると思います。




