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尾行

 インターに乗ったときには、連絡は、まだ無かった。わたしは、エンジン全開で、加速した。FZRはうれしそうに叫び声を上げた。どうせこのバイクは飛ばすように出来ている。カウルが空気を切り裂いてメーターは百四十を超えた。まだ交通量の少ない高速道路を、まっすぐに加速していく。百八十のメーターを振り切って、さらに加速する。電話が鳴ったとしても絶対に気がつかないだろう。バイブレーション機能はオンだったけどバイクの振動でよくわからない。

 たぶん、黒のビーエムなんていう目立つ車、見落としたりはしないだろう。

 二百キロでしばらく走った後、さすがに疲れてスピードを落とした。百キロちょっとで流しながらポケットから携帯を引っぱり出す。着信は無い。

 また加速した。


 ビーエムと白いワンボックスを発見した。

 遠くからも、黒いワゴンはよく目立った。とりあえず、距離を保ったまま、わたしはビーエムのあとをついて走り出した。

 すぐに、白いワンボックスはサービスエリアに入った。出発してから、だいたい五十キロといった地点だった。計画性のある人物なら、目的地との距離の半分くらいで休憩をとる。だとすれば、目的地は、あと五十キロの地点ということになる。

 ま、二回休憩、かもしれないけど。

 ビーエムは、ぴったりとワンボックスの後ろについてサービスエリアに入って行った。ちょっとまずいなあ、と思いながら、わたしはその後を追った。

 バイク専用の駐車スペースがあったから、わたしは、そこにバイクを停め、黒のビーエムを探した。その時、ワンボックスがサービスエリアを出て行くのを見た。

 まずい。尾行がばれていたのだ。最初から、尾行の有無を確認するためにサービスエリアに入ったに違い無い。わたしは、慌てて携帯電話を取り出した。

 途端に、それが鳴り出した。

『あ、ワンボックス、走ってる・・・。』

そう言う佐久間を遮って、わたしは、

「ええ。追わないで。尾行は、ばれていたようだから。後はわたしが追うわ。田辺くんに連絡しておいて。後の指示は彼から聞いて」

それだけ言うと、わたしはすぐにヘルメットを被り、バイクをスタートさせた。


 黒のビーエムも目立つだろうけど尾行のしにくさで言えば、このバイクも大して違いは無い。ぎりぎり視界に捕えられるだけの距離を保ちながら、わたしは尾行を開始した。

 何処まで行くつもりだろう。

 あんまり遠くに行かないで欲しいわ。ガソリンも出て来たときにすでに半分しか入っていなかったし、第一、高速料金だってあやしいものだ。財布に、あんまり、お金、入ってないのよ。

 不安な気持ちのまま、わたしはバイクを走らせた。

 時速百キロの風が、わたしの体温を奪っていく。寒くて、何処かで温かいコーヒーを飲みたかった。

 ワンボックスは、急ぐふうでもなく、走行車線をピタリ百キロで走っていく。

 時折、大型トラックが、わたしの後ろにくっつかんばかりにして追い越して行った。怖いから、本当は、もう少しスピードを出したい。

 追い抜いたトラックは、再び走行車線に戻り、それからまた、前方でワンボックスを追い抜いていく。

 辺りの空気が、さらに冷たくなって、道路がワインディングになったころ、ようやくワンボックスは左のウインカーを点滅させ、インターチェンジに向かった。


 高速料金は、なんとか足りた。財布の中には、お札は一枚も残っていなかった。これじゃあ、コーヒーさえ飲めるかどうか。

 こっちの都合には関係無く、相手はどんどん山の中に進んで行った。

 わたしは、それを追い続けた。

 交通量は絶望的に少なくなって、尾行するのも大変だ、と思った。少なくても、相手は尾行されることを前提にしている。

 これ以上は、無理かもしれない。

 そう思ったけれど、他にいい案は浮かばなかった。いっそ、カローラバンで出て来たほうが良かったかもしれない。

 でもなあ、それだと、追いつけなかったしなあ。

 そんなことを考えていたら、エンジンの調子が悪くなってきた。ガス欠。

 リザーブに切り替えた。

 これで、後は時間の問題だ。


 アストは、電話の向こうでため息をついていた。

「ちょっと、それって、わたしを馬鹿にする時のため息でしょ?」

わたしがそう言うと、笑い声が聞こえた。

『ああ、そうだよ。ガス欠で尾行に失敗したなんて新人じゃないんだから』

「だって、仕方無いじゃない。わたしのバイク燃費悪いんだもの」

くねくねと曲がりくねった道を、白いワンボックスは走って行き、わたしはガス欠で立ち往生したわけ。

『それで、迎えに来て欲しいわけ?』

笑いながら、アストは言った。

「そう」

わたしは、仕方無くそう言った。あたりにガソリンスタンドなんて見当たらなかった。と言うより、人家さえ見当たらなかった。見えるのは、木ばかり。あ、あと草。アスファルト。

『しょうがない。行くよ』

「本当?」

『どうしようもないだろ?』

「うん。ありがとう」

わたしは、うれしくなってそう言った。

『じゃあ、二時間ほど待っていてくれよ。そのぐらいはかかるから。携帯は繋がるんだよな?そこ』

「うん。今、かけてるから」

『近くまで言ったら、電話する』

「ありがとう。急いでね」

『出来るだけ頑張るよ』

そう言うと、アストは電話を切った。

 わたしは、電話をバッグに仕舞うと、あらためて辺りを見渡した。車もほとんど通らなかった。国道でないことは、はっきりしていた。県道か、市道か。それとも、そんな番号もついてないのかも。

 アスファルトの舗装は所々壊れていて、砂利が浮いていた。センターラインの無い道路で、車同士は擦れ違えるほどの広さはあったけれど、ところどころ道の両側から樹木の枝が伸びてきていて、狭くなっていた。

 木もれ日が美しい。芽をふきはじめた枝が重なって、春を迎えようとする息吹が感じられた。枝と枝が何重にも重なって、空にたくさんの線を書き入れていた。その空は、まだ冬の抜け切らない、白っぽい水色。寒そうな空。

 事実、少し寒かった。

 首に巻いたバンダナを外して、巻き直す。

 遠くで、水の流れる音がしていた。

 これから二時間、することはない。

 ワンボックスは、もう全然見えないし、時間を潰すコンビニも無い。

 水の流れる音がする。

 わたしは、それを探しに行くことにした。

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