偽りの正解と嘘の答え③
理解不能の現象が起きていた。
シェラはしっかりと、クラーブの最大稼動がロナを消し飛ばす瞬間を目撃した。
しかし実際に致命的な損傷を負ったのはクラーブであり、ロナは全くの無傷だった。
劇場の壁に背中から激突したクラーブは銀血をしとどに流していた。全身の装甲は砕け散り、右腕は根元から消し飛んでいる。回転砲と銃装甲、エイルミーズは矛と盾を奪われたのだ。
目の前で起きた光景が意味不明すぎて、シェラには推察のしようがなかった。
「シェラ、お困りのようですね」
シェラの狼狽を嘲笑うように、ロナはくすくすと含み笑いを漏らす。
「例えば、このエトゥンミュレには他の兵錬武から奪った物ではない、本来の攻撃能力があったとしたらどうします?」
シェラは愕然と同時に自分を叱責した。使用者と同じ容姿、他者の非環珠と能力を奪う機能、それらを矢継ぎ早に提示され、踏みこんだ追及を怠っていたのだ。
「そしてもう一つ、私が無傷であるのはこの能力のお陰」
ロナは横に退いて背後を見せた。舞台の中央に設置された『奈落』と呼ばれる舞台下に通じる穴、その中からもう一人のエトゥンミュレが飛び出してきた。
最初にいたほうのエトゥンミュレが、まるで雲の塊であったかのように霧散する。
「クラーブの最大稼動を受けたのは、身代わりというわけか!」
エトゥンミュレの本来の戦術は、この身代わり能力による撹乱だ。それもザッカーマンが考案した立体映像などではなく、物理的に接触できる精巧な分身である。
エトゥンミュレの徹底して簡素な容姿は、本物を模倣しやすくする意図もあったのだ。
銀血を操る能力に加えて、謎の攻撃と撹乱。こちらはクラーブが負傷し、弾丸は枯渇寸前。圧倒的にシェラの不利だった。
シェラは残弾表示を確認する。残されたのは両手首と両腕の一弾倉ずつ、計二四発。
(せめてゼフィラーダがあれば……!)
シェラが舌打ちせんばかりの苦々しさを見せた瞬間、
右脚が消し飛んだ。ささくれた断面から滝のように銀血が流れ落ちる。
しかし今度ははっきりと見えた。右太腿が爆裂して弾け飛んだのだ。エトゥンミュレの正体不明の攻撃は、爆撃能力だ。
だが、いつの間に攻撃した?
「機動力を失っては、ワタシからは逃げられないわよ!」
必勝の気勢を上げてロナが分裂した。ロナは数体の身代わりを生み出し、それぞれがシェラに接近。時間差で剣を構える。
シェラは弾丸を乱射して全てのロナを撃ち抜いた。身代わりは爆散して霧散し、銀血の鎧で防御した本物のロナはさらに接近、銀血の矛を突き出してくる。
シェラは左脚一本で横手に跳躍してロナの攻撃を回避。尻餅をつきつつ着地し、両腕からありったけの弾丸を連続発砲。しかし左脚が爆破され、体勢が崩されて弾丸は明後日の方向に逸れていった。破壊された左脚の破片と銀血が降り注ぐ。
「これでお仕舞いかしら?」
ロナは演技じみた仕草で剣をくるくると回し、シェラの首筋に突きつける。
「ロナ、どうしてだ?」
「どうして、とは?」
「私にはロナの豹変が不自然に思えて仕方がない。いくら親しい人物の復讐を手助けしたいからだとしても、ロナの執念は尋常ではない」
「それはそうよ。だってワタシは、アイゼリカ姉さんを殺されたのですもの」
憎悪を溢れさせたロナの言葉で、シェラは全てを理解した。ロナが行おうとしているのは復讐の手助けでも代行でもない。
有り余る憎悪のままに、ロナは「だから」と続ける。
「ワタシはアイゼリカ姉さんを殺したディード君を、ディードを殺します」
ロナの瞳に宿るのは協力者の感情ではない。復讐者のそれだった。
両脚を失い、弾丸も失い、シェラに起死回生の一手などない。ロナはシェラに突きつけた剣に力をこめ、
黒い影が飛びこんできた。戦うすべを失ったクラーブが、シェラを抱えてその場を脱する。
直後に二人は爆発に見舞われた。まるで二人の脱出を見こしていたかのように。
ロナは追撃の手を弛めない。劇場中に飛び散った銀血がシャルピニオの剣に集められ、空の底が抜けたように銀色の豪雨となって二人に殺到。直撃して呑みこんだ。
最大稼動によって放たれた夥しい数の銀血の弾丸は、まるで蝗の大群だ。その攻撃は穿つと言うより削り取る。
この弾幕に見舞われては、何者とて生き延びることなどできやしない。
辺りには濛々とした粉塵が立ちこめて、二人の無残な最期を覆い隠す。
「ぬおおぉぉぉぉぉぉぉぉおっ!」
その粉塵の一部が膨れて弾け、クラーブが飛び出してきた。気勢を上げるクラーブの変身は解除され、全身は血塗れだ。まるで天罰の雷を落とされた古代の塔のように、半ばで折れたエイルミーズを振り上げている。
ロナは最大稼動を放った直後で硬直していた。クラーブが目前に迫っているのに、一向に体が動かない。一瞬が一分にも一時間にも引き伸ばされ、そして時間が動き出す。
エイルミーズが振り下ろされ、床を破砕。一部が崩落して床下の鉄骨が露になる。
しかしそこにロナの姿はない。間一髪で逃げられていた。
渾身にして最後の攻撃を回避され、クラーブの体が傾斜した。支えきれずに膝をつき、その場に倒れる。全身からの出血が血溜りとなり、段差から滝となって流れ落ちていく。
「でかしたぞクラーブ!」
瀕死の重傷で倒れた夫へと、シェラは最大級の褒め言葉を送った。
「これで十分だ!」
シェラの会心の発言に、ロナは怪訝に首を傾げる。
「何を言っているのですか? ワタシたちが戦い始めてから、まだ四分程度しか」
「違う。聞こえないか?」
言われてロナは耳を澄ました。しかし何も聞こえない。
いや、微かに、何かの音が、遠く小さく聞こえた気がする。
「私が言ったのは、昨夜の戦いから十分間分の充電が終わった、という意味だ」
シェラの言葉の直後、その場に轟音が鳴り響いた。
それはまるで、巨人の足音だった。
それはまるで、獣の咆哮だった。
それはまるで、悪鬼の哄笑だった。
まるで何者かが何重もの扉や壁を突き破って、この場に辿りつこうとしているようだ。
そして次の瞬間、天井を貫いて真紅の繭が飛びこんできた。人間大の雨粒となって降り注ぐ瓦礫や鉄骨とともに舞い降りた繭が瓦解し、内部から銀一色の単車が姿を現す。
競技用を思わせる流線形の単車、ゼフィラーダ・モデルSに跨っているのは、右手に異形の得物を握った真紅の兵錬武、ディード・ド・ドレッドレッドだった。




