偽りの正解と嘘の答え②
「今回の事件の真相は、第三世代型試作兵錬武の実験だ」
悪霊の言葉に黒幕の表情が歪んだ。皺の刻まれた顔にありありと驚愕が浮かべられる。
「《白銀の影》がソニス市でしか犯行を行っていないのは、お前が兵錬武に組みこんだ制御機能が原因だ。戦闘情報収集用の信号が届かない場所、つまりソニス市外では兵錬武が起動できないように指示式が施されている」
黒幕の執務室で悪霊は独り言のように呟いた。それから小腹が空いたという風に腹をさすり、戸棚を漁って茶菓子を頬張り始める。
「第一世代型が劣化複製品、第二世代型が第一世代型の改善品であるのに対して、第三世代型試作は実験色の強い能力が与えられている。
聖銀の兵錬武《シャルピニオ》の銀血を操る能力、熱力の兵錬武《マグニクス》の他者の活動時間を短縮する能力は、兵錬武の天敵と言っていい特筆性だ。
そして二者の能力を最大限に活かすために、撹乱支援を目的とした魔鏡の兵錬武《エトゥンミュレ》を考案した」
目の前で悪霊が傍若無人に振舞っているにも関わらず、黒幕は一言も発さない。悪霊に全てを見透かされていることが不可解で、恐ろしくて、声帯が凍りついているのだ。
「三種の兵錬武を考案したお前は、実戦に投入して性能試験をしたい欲望を抑えられなかった。新しい玩具を手に入れた子供のようにな。
しかし問題があった。軍の兵錬武開発に関わるということは、裏を返せば兵錬武を民間に卸せないということだ。試験運用には軍よりも実戦機会の多いACCのほうが適しているからな。
そこでお前は、八年前のエルレイド革命と同じ手段を取ることにした」
悪霊の視線は、自らの椅子に縛りつけられた壮年の男に注がれていた。
「《白銀の影》事件の黒幕はアンス・ザッカーマン、お前だ」
遊園地は銀色に炎上していた。
フィオナが拳を振り抜き、膝を突き出し、蹴りを繰り出すたびに、銀の炎が流星群となって飛翔。スティは右腕からの出血を撒き散らしつつ、必死になって逃げ続けていた。
銀の炎によって遊園地の敷石や施設は抉れ、蒸発し、炎上している。熱気で肌は痛みを訴え、息を吸いこむだけで喉が焼けてしまいそうだ。
マグニクスが最大稼動を発動させてからの数分間、スティは防戦一方となっていた。運動性能と炎の収斂速度が跳ね上がったことで、一撃必殺かつ隙のない連続攻撃を繰り出してくる。
しかしスティは勝算を見失っていない。マグニクスの最大稼動は一見万能に見えるが、実は一つ大きな問題点を抱えている。
通常の兵錬武は最大稼動を瞬間的に発動させているが、マグニクスは継続的に発動させている。つまり一度の最大稼動で消費時間と継続時間の実質六分間を使っているのだ。
二人が戦い始めて四分程度が経過した現在、二度目の最大稼動はない。
しかし実はこのとき、レイティーセの活動時間は四分を切っていた。
熱と電気には密接な関わりがある。磁石を熱すると磁力を失うという現象を知っているだろうか? 逆に温度が低い物質は電気抵抗が小さいというのは?
マグニクスの能力はそれの応用である。
マグニクスの銀の炎は超高温であるために白色を放ち、さらに混入された重金属粒子の乱反射で銀色に見える。炎による高熱に加えて重金属粒子による切削という凶悪な二段構えが、銀の炎の異様な攻撃力の正体だ。
これまで炎の直撃こそ受けていないレイティーセだが、何の影響もなかったわけではない。空中に放出された重金属粒子は密やかにレイティーセの内部に侵入し、銀血に接触して蓄えた熱を放出。電力を強制的に弱めて兵錬武の活動時間を短縮させているのだ。
銀の炎を避けてスティが後方跳躍。その先にあったのは、観覧車を支える巨人の脚骨のような鉄柱だ。見上げると首が痛くなってしまう高さのそれを、スティは軽快な身ごなしでひょいひょいとよじ登っていく。とても片腕を失っているとは思えない。
「アンタは猿か?」
「田舎育ちだから木登りは得意なのよ」
「で、それが?」
フィオナは両腕を一閃。銀の炎が飛翔して鉄骨を瞬時に焼き切る、それより早くレイティーセが観覧車の軸部を外していた。巨大な輪っかの外部が地面に着陸し、スティが玉乗りの要領で軸部を動かして進路を取る。観覧車はフィオナを轢き殺す特大の車輪となって回転を始めた。
「ちょ、馬鹿すぎるだろぉがっ!」
マグニクスの炎といえど、これほどの巨大質量を焼きつくすことは不可能だ。フィオナは怒号を迸らせて横跳躍し、観覧車の進路から退避。
しかしスティが巧みな観覧車捌きを発揮してフィオナを追跡する。回避は間に合わない。観覧車がフィオナに覆いかぶさり、背後へと通過していった。
遊園地に刻まれた巨大な轍は、一瞬で小川が生まれたと言っても誇張ではない。轍の終点は隣接する駐車場にまで伸び、観覧車が倒れて轟音と突風が叩きつけられる。
その轍の底にフィオナが立っていた。
フィオナの全身は銀の炎に包まれていた。観覧車を焼きつくせないのなら、自分に激突する最小限の範囲だけを焼けばいい。
全身を包む炎が消え、フィオナはがくりと膝をつく。フィオナの防御法は自分自身を燃やしていたに等しい。耐火能力の高いマグニクスでも銀の炎を完全に克服することはできず、全身の装甲が焼け焦げて、熔け崩れていく。
「ちぇりぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
必殺の気勢は真上から聞こえた。フィオナは弾かれたように上を見る。
天空に人影、スティがフィオナ目がけて一直線に落下してきた。スティの手には身の丈ほどもある鈍器、棍棒に変形したレイティーセが握られている。
「観覧車は陽動だったか!」
真上から振り下ろされた棍棒の一撃を、フィオナは両腕を交差して受け止めた。フィオナの全身に亀裂が走り、露出した人工筋繊維が次々に断裂、足場の敷石が踏み砕ける。
永遠に続くかと思われた激突は、しかし呆気なく決着がついた。フィオナの膂力に押し返されてスティが弾き飛ばされる。
「継続発動だからって、甘く見てんじゃないよっ!」
敷石に墜落し、転がっていくスティに、フィオナの勝ち鬨が浴びせられる。ときを同じくしてフィオナの最大稼動がつきた。展開していた装甲が畳まれ、体躯が一回り小さくなる。
敷石の上を転がり続けていたスティは、いつの間にか回転から後方宙返りに変わっていた。後退が止まり、敷石に足跡を刻みつけつつ、両の脚で地面を踏みしめる。
「こっ! れっ! がぁっ!」
スティは左手に握った棍棒のレイティーセを、後方限界まで振りかぶる。
「私たちの最大稼動だっ!」
そして棍棒が投擲された。
全力を出しきった直後の硬直で、フィオナの動きは止まっていた。棍棒がフィオナの腹部に命中すると同時、レイティーセが活動限界を迎えて変身が解ける。
最大稼動を一瞬とはいえ直撃させた衝撃は凄まじい。後方に弾き飛ばされたフィオナは、浮遊感すらなく背中から時計塔に激突。時計塔の根元に人型の凹みが刻まれる。
仰向けにずり落ちたフィオナは口から内臓破裂の血塊を吐き出した。主が戦闘不能になったことでマグニクスの変身が強制解除される。
「がふっ……げふっ……。一発目は、最大稼動じゃなかった、ってわけか」
「ええ。アナタの最大稼動が切れていないのに切り札を出しても……ええと、そーさい? されちゃうから、アナタの最大稼動が切れた瞬間にこっちの最大稼動を出すつもりだったのよ」
「あと数秒で最大稼動が使えなくなる賭けに、アタシは負けたってわけか」
フィオナの口から恨み言は出てこない。泣き言すら出てこない。怒りも憎しみもない。ただただ虚しかった。復讐なんて、生きることですら、もうどうでもよくなっていた。
「……殺せ」
「駄目よ」
死を懇願するフィオナに、スティは冷たい言葉を投げかける。
「アナタはまだ死なせない。名簿を取り返して、証言台に立ってもらうまで、死なせてたまるものですか」
「はっ、あはははははっ。連中に法的な制裁を与えようってのかい? 無駄だよ、すぐに握り潰されちまう!」
「そうかもしれない。でもここで死ぬのと、やれるだけのことをやってから死ぬのと、アナタはどっちを選ぶの?」
煽るようなスティの言葉は、フィオナの逆鱗に触れていた。
「アイゼリカを殺しておいて、よくもぬけぬけと!」
「それがアナタたちのやってきたことでしょう?」
しかし逆鱗に触れられたのはスティも同じだ。
「アナタたちは、自分の行いが自分たちみたいな復讐者を生み出していないと思っているの?
彼が、ディードが、どんなに苦しみ抜いて彼女を殺したか分かる? 彼は新しい復讐者を生まないために、心を鬼にして犯罪者を殺し続けているのよ。それがせめて、被害者が立ち直るきっかけになることを願って、自分が辛い思いをしても……」
スティの言葉の最後は涙声になっていた。フィオナは答えない。沈黙の時間がすぎていく。
「……本当は気付いていたんだ。復讐なんかしたって、何も終わらないってね」
フィオナの表情は、まるで泣き出す直前の子供のように歪んでいた。
「だけど、どうすれば事件を忘れられるのか分からなかった。誰も教えちゃくれなかった。アタシらは一歩も進めないまま、気がつけば八年も経っていた」
フィオナの表情には後悔が渦巻いていた。フィオナには分からない。何をどうすればよかったのか、事件と決別できたのか、アイゼリカが死ななかったのか。
「アタシらとドレッドレッドは、どこから違っちまったんだろうね……」
「『最初から違った』、って言ってた。『復讐は十年前に終わってる』って」
スティが代弁したディードの言葉に、フィオナは面食らってしまった。弱さとは無縁だと思っていたあのディードが、まさか自分たちと同じようなことを考えていたなんて夢にも思わなかったのだ。
フィオナの驚きは、徐々に笑いに変わっていった。
「あはははは、そうかい! あいつは十年前に答えを出していて、アタシらは八年間もだらだらと先延ばしにしていただけってことかい!」
フィオナの表情は憑き物が落ちたように晴れ晴れとしていた。八年間も悩み続け、復讐を始めながらも悩みを抱えたままだった自分たちが、とても馬鹿らしく思えたのだ。
「……アタシの負けだ」




