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赤と銀①

 湖面の照り返しが真紅の兵錬武に反射して、まるで鬼火が燃えているようだった。

 ソニス湖を望むソニス記念公園に、異様な形状の兵錬武が姿を見せていた。長柄の両端に大斧と大鎌と薙刀と鉄鎚と槍を装った、《屍狩(かばねが)(むし)ペルテキア》の異形。

 まるで汎用性を求めすぎて、汎用性を切り捨てたと言わんばかりに矛盾した形状だ。

 それは武器という概念を徹底的に詰めこんだ、殺戮と破壊のためだけの存在。全長三m半超という巨大さも相まって、見ているだけで押し潰されそうな恐怖と威圧感を与えてくる。深紅の装丁も禍々しさを一層強調させていた。

「あぁ……こうも暇だと、無性に誰かを殴りたくなってくるなぁ……」

 公園の長椅子に腰かけて、天を仰ぐペルテキアの使い手もまた、赤一色の人物だった。

 若い男だ。赤い上下の服装に、頭髪も赤く染められ、全体として目に優しくない攻撃色で凶暴性を表していた。腰まで伸びた三つ編みの先っぽには黒羊のぬいぐるみが結わえられ、額から飛び出した二房の髪束は前方目がけて緩い放物線を描いている。

「仕事のない時間は太陽からの熱線を浴び続ける……何だこの拷問は?」

 ディード・ド・ドレッドレッドは、もう一度、やるせない呟きを発した。社会人一年目の二十二歳は、夏の暑さに根負けしたへばりようを見せている。顔から縁無し丸眼鏡がずり落ちていくが、ディードにはそれを止める気力さえ残っていない。

「では、くたばってしまえ凶暴眼鏡」

 無気力の極みにあるディードへと辛辣な言葉を放ったのは、銀色の人物だ。

 百八十㎝前半という均整の取れた肢体を、仕立てのいい縦縞の背広で包んでいるため実際よりも高身長、それこそ電柱が椅子に座っているような錯覚を起こさせる。肩で切り揃えられた銀髪と長方形の眼鏡も、無機物のような冷淡さを強調していた。

 後ろ腰に吊り下げているのは、一抱えほどもある巨大すぎる拳銃。銃型兵錬武《ゼドノギラス》は無骨な形状とは裏腹に、銀一色の装丁には蔦と蕾の美麗な彫刻が施され、実戦よりも観賞用や儀礼用を思わせる芸術性があった。

 シェラゼリエッテ・テキュラキスの人形のような無表情からは、何を考えているのか計り知れない。

「なんで俺がくたばるんだよ。お前が死ねよ冷血眼鏡」

「貴様がくたばれば、私は新入社員の教育係から解放される。どうだ、妙案だろう?」

 自画自賛にしては無表情で喋るシェラを、ディードは怒気を含んだ視線で睨んだ。いくらシェラが年上で社の先輩だからといって、聞き捨てならないものはあるのだ。

「俺はお前から教育係らしい指導を受けた覚えがないんだが?」

「貴様が私の言葉に耳を傾けないからだろうが」

「誰がお前の指図なんか聞くかっ!」

 一旦火がついてしまえば、大炎上までは一瞬だった。ディードは怒りに駆られるまま立ち上がって、その額にゼドノギラスの銃口が密着させられる。

「……何で銃口を押しつける?」

 ディードの危険薬品のような毒々しい色の青い眼と、シェラの氷点下の冷ややかさを宿した赤い瞳が、敵意の視線を激突させた。

「貴様のような猟奇殺人鬼面が急に動いたら、誰だって猟奇殺人が起こるだろうと予想する」

 ディードはただでさえ人相の悪い顔をさらに不機嫌げに歪めた。眉間と鼻頭には皺が刻まれ、地毛の黒い眉は振り上げた刃のように逆立てられる。両目を暴力的に輝かせていては、成る程確かに、いつ連続猟奇殺人を犯してもおかしくない風体をしていた。

「煩えんだよ冷血眼鏡」

「黙れ凶暴眼鏡」

 そこまで言って、二人はぷいとそっぽを向いた。まるで相手の顔を視界に入れるのも我慢できないとばかりに、負の連帯感で背を向け合う。

 今日もディードとシェラの仲は最悪だ。まるで火と氷のように、極端に性質の相容れない二人であった。

 こんなにも暑いのに、頭に血を上らせるのは馬鹿のすることだ。シェラは冷静さを取り戻すべく、脳内に微笑ましい動物のお遊戯会を思い描いて、そこで思い出した。

「暇が嫌なら、貴様を馬呼ばわりする例の友人に尋ねてはどうだ? その筋では情報通の」

「ああ、例の友人ね。あとお前、馬の競走のことを考えていやがったな」

 シェラに言われて、ディードは携帯を取り出した。友人の携帯に繋げて、

 怒号と悲鳴が響き渡ったのはそのときだ。

 ディードの視界に飛びこんできたのは、顔に恐怖を貼りつけて走っていく人々。皆が皆、我先にと形振り構わずに逃げ惑っている。ディードの表情は不機嫌に歪んでいった。

『ディードか、丁度いい。たった今ソニス記念公園で銀行強盗が』

「今その現場だ!」

 ディードは荒々しく携帯を切った。二人はローブーツと革靴を鳴らして騒ぎの発生源へと駆け出した。濁流となった人波に抗い、押しのけ、逆流し、銀行へと辿りつく。

 野次馬の人だかりが輪となった中心、鋸状の兵錬武を所持した中年男性が、両目を血走らせて威嚇の叫びを発していた。男のもう一方の腕には会社員らしき女性が捕らえられ、握った鞄は紙幣の詰めすぎで今にも破裂しそうだ。

「な、何だテメェはっ?」

 ディードのペルテキアは嫌でも人目を引く。それは強盗犯も例外ではなく、途端に表情が豹変した。しかしそれは敵意などという積極的な感情ではなく、もっと後ろ向きな感情、怯えだ。

「テメェら、まさかACCか!」

 強盗犯の顔から一気に血の気が失せた。

 兵錬武の登場による最大の側面に犯罪がある。

 規制法も抑止力もなかった黎明期には大量殺人や大規模破壊、億単位の強奪事件が相次いで起こり、挙句には各地で非合法の自警組織を生み出すまでに治安は悪化していた。このソニス市においても、《シュバリエ》と俗称される自警組織が活動していた時期がある。

 そこでかねてから軍と協力関係にあった民間軍事企業(PMC)を母体とした対兵錬武企業、略称ACCは合法化された。

 ディードとシェラもACCの一つ、《ブラック・プライド》に所属する兵錬武使いだ。

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